あの人に恋焦がれていることは、昔から自覚しているつもりだ。 小さいころから親に私の思いを打ち明けようと昔から思った覚えはないし、組織の連中に好きな人はと聞かれて名前を答えたことすらない。だけど、私はずっとあの人のことしか見えていなかった。恋は盲目。しかし、近づくことなんて困難で難解。近づいて話をすれば、私は周りから孤立する事が確定するからである。自己防衛本能が、脳内で警鐘を鳴らす。彼に近づいてもロクなことは無いと。そして、なによりも親に何と言われるだろうか。もしかしたら家から追い出されるかもしれない。私は弱い人間だ、と思いながら彼から逃げる人間たちをいつも遠巻きにして見ていた。その日もいつものように、小さな彼から逃げるように通り過ぎていく人間たちが巻き起こして行った風が、私の頬を気持ち悪く撫でる。しかし彼を放って置くなんて事、その当時の私には出来るはずがなかった。私は善人ではない、かといって偽善者でもない。どうしようもなく報われない初恋をしてしまった、一般家庭に生まれた女の子だった。
彼は、彼の姿を見て逃げようともせずに仁王立ちで向かい合う私に向かって問いかけてくる。
「君は逃げないの?」 「別に逃げるヒツヨウなんてないもの」
当時の私は子供なのに私は考え方が老けているとよく言われた。別にくだらないことに興味がないと言って何が悪いとよく思ってはいたが、そのとき私は愛想笑いと言う画期的な手段を思いついた。笑顔で子供らしくはしゃいで見せれば、大人なんてやすやすと騙されるのである。私がこの手を使わないはずがなかった。馬鹿で能無しの大人なんかに従うなんてアホらしいから。
「ボクが怖くないの?」 彼は不安そうに、何か不思議なものを見るように私を眺める。 「うん、あなた人間でしょ」 私と同じ、と言うと彼は驚いたように目を見開く。何か変なことでも言ったかと私が首をかしげると彼はそれを察したかのように、おずおずと口を開いた。
「ボクは『バケモノ』って言われるから」
「それがどうした」
まわりの連中の言ってる事なんて放っておけばいいのよ、と私が言うと彼は状況が理解できないとでも言うように何度となく眼を瞬いた。きっと私みたいな物好きなんていなかったのだろう。そして何より、こんなことを言われたのも初めてなのだろう。私はこんな事をしてはいけないのを知っている。彼に対して、言葉をかけてはいけないのを何よりも誰よりも知っている。知っていて、声をかけているのだ。私はもう既に、異端者だった。けれどもそんな事は、もうどうでもよかった。
「ボクと、友達になってくれるの?」 彼の期待と不安が混ざったような眼差しが、こちらを見つめている。 「当たり前でしょ」私はその質問が愚問だというように笑顔で答える。「私の名前は、よろしく」 右手を差し出すと、彼は左手を差し出してきた。…逆じゃないかと思って、右手を引っ込めて左手を出しながら彼の手を握る。なんてことはない、普通の手だ。
「ボクは我愛羅。よろしく、」 「うん」 この日ほど私が嬉しかったことはない。しかし、そのつかの間の幸せはすぐに壊れてしまう事になる。
彼と、友達になってひっそりと会い始めてから一週間がたとうとしていた。 親には内緒の、秘密の友達である。バレたらただじゃおかれないことも、どんな仕打ちが待っているかも分からないけれども、私はこれで幸せだった。私はもう既に二週間前に中忍試験を終えたので、立派な中忍としてちょくちょく任務に顔を出すようになっていた。この年で中忍になるなんて凄いと親に褒められたので、にこやかに作り笑いを返した。しかし私としてはやることをやっただけなので、凄いとかそういう実感はまるでない。
その中で彼と会うことは、私の密やかな楽しみでもあった。また、彼にとってもそれは同じだったのだろう。人気のない路地裏の空き地で、私が彼の後ろから声をかけると彼はにこやかな表情になって振り返る。私たちは人目のつきにくい所で待ち合わせて遊んでいた。私たちだけの秘密の隠れ家。二人だけの秘密だった。そのはずだった。
「今日は何して遊ぶ、?」 「そうね、どうしようか」
私たちがいつも通り遊ぶための計画について話し合っている中、何か人の気配がこちらに向かっているのに足音で気がついた。私は彼に、静かにするよう人差し指を一本口の前に立て、周りの様子を伺う。私の様子に彼は不安の表情を一瞬浮かべて、私と同じように周りを見渡す。とりあえず身を隠そうと、手ごろな二つの木箱の中に我愛羅と一人ずつ分かれて隠れる。どうやらこちらに向かってくる人数は二人。木箱の隙間から彼らを見れば、どちらも黒い服に身を包んでいた。その黒い服には、なにやら奇妙な雲のような模様が入っている。
「どうやらネズミがいたようだな」 「そうみたいですね、イタチさん」 「人気のない所を選んだが、誰に聞かれているか分からない。油断はするな」 「言われなくてもわかってますって」
どうやら、間の悪いところに居合わせたようである。私は少しばかり任務のおかげで耐性はついているが、彼がどうなるかは分からない。一応何があっても喋ったり動いたり物音を立てたりするなと注意はしたが、彼は私と同い年の少年。まだ下忍ですらなく感情もうまく殺せない彼がこの緊急時にどれだけ対処できるかどうかは定かではない。しかしだからこそ私が居る。私が彼を守らなくてはいけない。いざとなったら、それ相応の覚悟は出来ているつもりだ。私は首にかけてある額あてを握り締めた。どうか、彼らがそのまま立ち去ってくれますようにと。その刹那、ドンという破裂音。まさかとは思う。最悪の事態について考える。しかし、隣から聞こえる、すすり泣く音は私に物語っていた。このままじゃ、彼が犠牲になってしまう。
「そこか」 相手に居場所がばれてしまえば、ここに隠れているのは危険だ。 私は彼らの視線がこちらに向いた時点で、木箱を抜け出す。我愛羅はまだ、隣の木箱の中に居る。私は彼らが投げたクナイを避けると、彼らと対峙した。 「こりゃーまた小さな可愛らしいネズミさんですね」 「油断はするな」 私は両者を観察する。一人はまるで鮫をそのまま人間にしたような風貌をしており、その手には布でぐるぐる巻きにされた大きな刀らしきものが握られている。もう一人は、聞いたことがある。先ほどの、『イタチ』という名前からピンときたのだ。万華鏡写輪眼を有するといわれている、木の葉の抜け忍うちはイタチ。逃げろという防衛本能と、我愛羅を守れという戦闘本能が心の中で葛藤をしている。そんな自分よりも遥かに強いと思われる彼らを前にして、私は焦りを通り越し逆に頭が冷えて冷静になっていた。
「ごめんなさい、盗み聞きするつもりなんてなかったんです! 私の事は見なかったことにして、ここから立ち去ってください。私もあなた達の事は見なかったことにしておきます。お願い、何でもするから!」 こんな交換条件が成立するとは思えなかったが、出来るだけ穏便に済ませようと思っているのもまた事実。私の可哀想な女の子の演技で彼らがここから立ち去ってさえくれれば、私は我愛羅を守ることが出来るのだ。つかの間の空白の時間が流れて、私の緊張の糸は伸びきっていた。 「交換条件か」 「どうします?」 鮫のような人が、うちはイタチに問いかける。 「無駄な争いは好きじゃないが、」あの目を向けられそうになるという反射で、私は彼の足元に視線を移す。「戦闘と演技の筋はいいようだな」 思いきりバレている。やはり彼に演技などという愚劣な行為は通じないようだった。先ほどのクナイを避けてしまったことにもやはり原因はあるようだ。私は自分の不甲斐なさに舌打ちをこらえて、絶望の表情を浮かべる。もちろん演技だが、うちはイタチにばれなくともあの鮫のような人だけでも騙せれば多少の隙が生じるから。 「試してみるんですか、あんな子供を」 彼は馬鹿にしている、私の事を。 それは彼が騙されかけているという、いい兆候。でも彼らのほうが実力的に数段階上だということくらいは確実。私の目線からならチラリと見ることができる、笠の陰になっている霧の里の額あてに横線が一本入っている時点で彼が霧隠の里からの抜け忍だということも分かる。そしてあの鮫のような人は、うちはイタチと一緒にいるという時点で相当戦闘に特化した人だというのも一目瞭然だ。そのうえ、あんな大きな刀を振り回されるとなっては私のような小さな体では太刀打ちできないことが目に見えている。だから、騙せるなら今のうちに騙して彼の中の私をか弱い女の子に仕立て上げておかなければ、マズイ。状況から判断して、とてもマズイ。 「子供だからと油断して痛い目を見るのはお前かもしれないぞ、鬼鮫」 「まさか、冗談はよしてくださいよ…イタチさん」 あんな弱そうじゃないですか震えて怯えてます、と彼はほざいている。 子供がこんなに便利だと思ったことはない。自分よりも小さいものは弱いと勘違いしている馬鹿な大人はたくさんいるからだ。実際に私は彼よりは弱いのだが、まあそれは一般理論であってこの特別な例には通用するものではない。そう、これはとても特殊なケース。相手と自分に実力差がありすぎる場合には、私などの力量では通じる訳がない。そこらの下忍中忍は騙せたところで上忍以上となれば話は別だからだ。 キサメ、と呼ばれた男は私のほうから視線をはずそうともせず、格好の獲物だといわんばかりにこちらを見ているようだ。まさかこんな所で、こんな事になろうとは、やはり彼と話していた事に対する神様からの天罰なのか。というのは少し、考えすぎだろうが。 うちはイタチが何か呟いたところで、キサメは私に大刀を向けた。
「じゃ、私が少し手を抜いて死ななければ『暁』に献上品として持って帰る方向で」 信じられるだろうか。 こんな5・6歳前後の子供相手だというのに相手は私を殺す気でいる。ちょっとした遊び感覚なのだろうが、どちらにしろ私は戦わなくてはいけないようだ。そして、戦ってもし死ななかったとしても私はこの里にはいられない。生か死か。生還か存命か延命か絶叫か絶望か虚無か束縛か拘束か、一番悪ければ死亡または死滅あわよくば瀕死。最後に一度、彼の箱を振り返りたい衝動に駆られるが、今振り返っては彼の存在がばれてしまうので、今は振り返らないことに決めた。私はキサメの攻撃の仕方について何通りか予想を立てる。あの刀を使うことは目に見えていた。
「戦わないと、私が死ぬの?」 私は、彼の性格を掴もうと淡々と相手に話しかける。 「そういう事になるよ、ちょっと可哀想だけどね…」 そんな事を言いながら、彼は大刀をこちらに向けている。 「お兄さん、大人気ないよ?」 私は、駄目かと諦めて大人しく背中に装備していた私の身長の半分ほどある二本の刀を取り出した。 刃の形が、まるで三日月のような二本の刀。鎌を連想させる二本のそれは、私の愛刀だ。相手が私を殺す気なら、私は相手をミンチにして殺す気で行かなければ私の命は今日限りで終わってしまう。きっと爆音が響けばその内誰か駆けつけてくるだろうが、そんな事をしては私が我愛羅と共にいたことがバレてしまう。見つかるわけにはいかない。よって起爆札の使用は、私の都合により除外される。
「おー、恐ろしいもんもってるねお譲ちゃん。危ない危ない」 「お兄さんにココで殺される訳にはいかないの」 本気でお兄さんを殺しに行かないと私が死んじゃうから、とにこりと子供らしくない笑いを浮かべる。こんな表情、我愛羅に見せてたまるものか。彼が箱の中にいて本当に良かったと感謝する。今からは目をつぶっていて、なんて通じない。今は背している彼の箱だが、ここで戦闘してもし私が死んだら彼は確実にこの人たちを殺すために出てきてしまうだろう。何があっても彼には出てきてほしくない。リーチの差と、実力差がありすぎるから。 「お先に攻撃してきてもいいんだよ」 完璧に私を馬鹿にしている。 「遠慮なく」 私はゼロコンマ3秒で彼の背後に回りこむと、彼の首筋めがけて右の刀を振るう。その一撃は空しく、彼の影分身に当たってポンと消え私の右腕は空を切った。着地するや否や、彼の斬撃が上から迫ってきたので左に跳んで避ける。地面にめり込む大刀。私は着地すると彼の動きを見た。そのゼロコンマ2秒後に消えるキサメ。
上を見るといないので後ろかと振り返って、今度は右から来る斬撃を後方に飛んで避ける。少し右肩に刀が触れて、服の袖が破れる。 「なかなか俊敏な動き方ですね。この子甘く見てましたよ、イタチさんの言う通りだ」しかし、防戦一方ですよ。彼の言葉は、私が踏みとどまって数秒も立たぬうちに後方から聞こえてくる。後ろに移動したのかと今度は身代わりの術で攻撃を避ける。身代わりに使った木は、見るも無残に砕け散った。 「あの状態で変わり身か、やはり悪くないな」 イタチの声が聞こえる。私は、木片と彼の大刀を見ながら「鮫肌」と呟いた。私だから分かる、あの刀は間違いない。 「へえー、この刀を知っているとはお譲ちゃんは物知りですね」 『鮫肌』。まるで鮫が獲物を食いちぎったかのような無残な死体が出る事で有名な、あの伝説の七つの大刀。大刀故に、使いこなせるものはそれ相応の大刀使いでなくてはいけない。大刀は隙が大きく、重たいので動きも鈍い。しかし重くて鈍い分、相手に当たった場合のダメージは計り知れない。私の持つ刀の比ではないのだ。だから、進んで大刀を使おうという奴は大方まともではないのは確実。要するに私は、今とても危ない危機的な状況だった。 「じゃあ、ちょっと遠慮をなくして行きますよっと!」 向かい合って三秒、私は彼の言葉とともに放たれた斬撃を飛んでかわした。一撃まともに当たりでもしたら命はない。私はその斬撃と同時に彼に突っ込んで隙のある左肩を攻撃。そのまま彼のその左肩を軸にして刀でその左肩をえぐるように体重をかけ重心移動し、キサメの背後に回りこんで距離をとる。私の体重が少ない分、彼から出ている血の量は少ないが、その黒い装束の破れた左肩の部分をドス黒い鮮血が染めているのは目に見えている。 私は僅かに息を整えて、彼の血管が浮き出たのを見計らって攻撃が来ることを読み右にかわした。 私のいたところは見るも無残に地面が落ち窪んでヒビ割れており、ちょっとしたクレーターと化していた。 ぞわりと、身の毛がよだつ。 さて、相手の表情はもう既に本気モードのようである。血管が浮き出てニヤリとした表情、何か企んでいる様子だ。私のダメージはまだ少ないにしろ、あの手を抜いている相手よりもダメージを受けていることに変わりはなく。子供相手になんて事を、なんていう冗談はもう通じない事だけは確実だという絶望的な事実しか見えてこない。 「あーあ。今のはちょっと、油断しましたねー」 左肩を気にしながら、彼は私を敵意むき出しの目で見ている。S級犯罪者と戦っているだけでも気が触れてしまいそうなのに、どうしてこうも平然と振舞っていられるのかと私に問われれば、それは現実感がなさ過ぎるからと答えるしかない。人間、ここまで現実的ではないと頭が自己防衛を始めるらしい。状況は理解したくないと駄々をこねる子供のようにして、相手の力量を知りながらも脳に理解させない。そんな複雑な行動をとって思考回路に混乱を招き、相手をただ殺すことだけに専念させる。 相手が私を本気で殺そうと、私が反応できない速度で背後から大刀を振り下ろそうとしたところで、うちはイタチが彼の腕を止めた。
「そこまでだ」 「何をするんですか」キサメが不機嫌そうに背後で言っている。 「目的を忘れるな、お前の悪い癖だ」 冷たい声でイタチが言うと、キサメは素直に引き下がった。
「お前は連れて行く、箱の仲間にお別れでも言っておけ」 「バレてたんですか」なんでもお見通しなんですね、と私が言う。「手紙だけ書いておいておきます」 「ならばオレの言った言葉を、手紙に書いておけ」 「…分かりました」 消して箱の中の彼には聞こえないだろう音量で、イタチは私に話しかける。私は、その条件に了承の返事を出すと、彼が呟いた言葉をポケットの中に入っていた便箋の一枚に。
『あなたとはもう友達として会えない。さようなら。』
イタチは私が書き終わったのを見ると一通り目を通して、私にそれを返した。私は封筒に入れて箱のそばまで言って箱にしか聞こえないように小声で話しかける。
「ごめんね。私、行かなくちゃいけないんだって」 「え?」私の声に、不安げな反応。 「ごめんね」 「…待って」 「ごめん、ね」 「待ってよ、ねえ、どうして」私の足に、砂が絡みついてくる。 「あなたが大事だから」 「、行っちゃ嫌だ!」彼が、叫ぶ。 「我愛羅、…ごめん」私は箱に優しく囁く。 「ボクを一人にしないで!」 心が揺らぐ。涙が出そうだ。こらえて、こらえるんだ私。ここで踏みとどまって泣いてこの箱にいる彼にすがり付いたところで、彼も私も死んでしまう。殺されてしまうのだ。それは背後の二つの人影と殺気が物語っている。
「実は私、あ、あなたが…嫌いなのよ」 自分でも、何を言ってるかわからない。矛盾している。でも、彼に私を嫌いになってもらわなければ彼は私から離れないだろう。ショックのせいか彼の砂が、私を放した。私は「ごめん」と謝る。涙が出そうで声が、うまく出ない。
「グズグズするな」 イタチの声がする。行かなくては殺される。手紙にあんな事は書きたくなかったけれどイタチが見ていた中で、彼にそれ以上の言葉を伝えることなんて出来なかった。気が動転して、考える気力も何も起きない。私は先ほどイタチがつけた抜け忍としての証でもある一本傷の入った砂の額あてと手紙を、箱の前に置いて立ち上がる。
「はい」
返事をして、彼らの元へ。私の想いは深い海の底へ。それでも、彼は私の大切すぎる存在だから忘れることなんて出来ないということを知って。最後に聞いた彼の叫び声を、生涯背負うことに命をかけて。箱を振り返ることなく、彼らの後に続く。彼一人を残してきてしまったという事実に当時の私は、引きちぎられそうなくらいに後悔していた。
(▲)(20090328:chapter of accidents)
私が、暁に来て数日間は誰とも会話などしなかった。喋る必要性も感じられなかったし、周りはみんな敵のような気がしたからである。うちはイタチは正直トラウマだったし、鬼鮫にいたっては『鮫肌』が脅威すぎて近づく気にもなれなかった。その上、組織の人もやはりS級犯罪者だからだろう。全員が鋭い目つきをしているように見えて、私という新入りの小さな女の子を品定めでもするかのような鋭い視線が刺さるようだった。あまりにも視線が鬱陶しかったので、つい勢いで睨み返してしまってから彼らはS級犯罪者だったと後悔する。正直、ストレスだ。それでも、うちはイタチと鬼鮫以外の他の人に話しかける気にもなれなかったので、私はイタチの後について回っていた。イタチの着ている暁の服の裾を握って、迷子にならないようにしながら彼に着いていく。どうやら彼が私の世話係のようなものに任命されているようで、私は彼に暁の装束を新調してもらい、よくわからない指輪のようなものをもらって首からペンダントにしてぶら下げていた。本来なら指につけるはずの指輪だが、指輪が大きすぎて指に入らなかったので、ペンダントのように紐を通してもらったのである。アジトの中は歩くたびに、カツンカツンと足音が響いてとても不気味だった。道もまるで迷路のようだ。 私は、周りをキョロキョロと見渡しながら道を覚えようとしていたが、12回目の分かれ道の時に右の道を進んだ所で意味が分からなくなったのでやめた。こんなに複雑な迷路みたいな道を迷わずに進めるイタチに、少し感心した。20回目を越えたと思われる分かれ道の時に左へ曲がると、彼は今まで閉ざしていた口を開いた。
「ここがオレの部屋だ」彼は、扉を開ける。「慣れるまでは、ここに居るといいだろう」 まず初めに目に留まったのは壁一面の本棚。思わず彼の服の裾を握る手の力を緩めて離し、本棚に惹きつけられるかのように向かっていく。タイトルを見れば分かるが、ここに並んでいるのが大方難しい内容のものであることに間違いない。医療関係の忍術の本から、色々な攻撃方法、印の結び方について書いてある秘伝の術などの本が山ほど置いてある。
「すごい…」 こんなの初めて見た。私は思わず思った事を口走っていた。イタチが後ろに来て、私の頭の上にポンと手を置いて屈みこんだ。本に夢中になっている私は、彼の行動にあまり気を使っていなかった。変な意地も、この瞬間だけは何処かへ行っていた。それほどまでに、この部屋は魅力的だった。
「気に入ったか?」 こくりと、本に視線を向けたまま無言で頷く。 「好きなだけ居るといい」 彼の言葉に敵意は感じられない、ように聞こえた。私は本のタイトルを目で追いながら、一冊の書物をおもむろに本棚から抜き出した。パラパラとめくり内容を頭に入れる。元に戻して、もう一冊取り出す。パラパラとめくる。元に戻す。ふと、イタチが私に問いかけてくる。
「今、どれくらい覚えたんだ」 「この二冊に書いてあること、全部」 私にとっては訳もない事。造作もなく、まるで人が息をするように単純で簡単な所作。私が小さいころからずっと本しか読んできていないのだから、速読と暗記だけは唯一胸を張って得意ということが出来るものだった。彼は少し呆気にとられたような表情をすると、首を傾げる私に対して微笑みかけた。初めて、この人が笑うところを見た気がする。
「凄いな、」 「呼吸と同じなの、普通よ」ここに来てから、この人の前ではあまり気を使う必要はない事をなんとなく知った。いつの間にか自然に会話に乗せられて彼と話してしまっている私だったが、彼に対しての発言に遠慮など元から無い。私は、発言を続ける。「ここに書いてある技なら、もう出来るわ」それは強がりではなく、事実。 「じゃあ、試してみるか?」 「別に、やってもいいわよ」 私は本に載っていた周りに影響の無い術をしようと、すばやく印を組んで発動。私の姿は、彼の視界から消える。そのまま、彼の後ろに移動。そして解除。彼の後ろから、ポンと彼の肩に手を置く。
「土遁、『土隠れの術』よ」一冊目の第二章76ページに書いてあった術だ。
「…やられたな、一度読んだだけなの術なのに完璧だ」彼は、振り返って微笑み私を見る。 「そんな事は無いわ、完璧なんてありえない」私は首を振った。「人間なんて存在が不完全だもの、愚かな生き物だし」 「そんなに否定するもんじゃないぞ」オレ達も、その人間の一人に過ぎないんだ。と、彼は少し苦笑して言った。私は、そうだけど、少し違うんだという事を彼に伝える。彼は聞き手に回る。 「大人が、私と同じ人間だってことが理解できないの。自分勝手で、子供を自分の言いなりにしようとして丸め込もうとして。己の欲望には忠実なくせに、人の気持ちを汲もうとしない。けじめをつけろと言うくせに、自分のけじめすらつけられない。彼らが言っている事と、やっていることの矛盾点なんていくらでも挙げられるわ。あの人たちって金と権力にしか目が無いもの、汚い世界よ」 私は、俯いて奥歯を噛み締める。
「人間だって色々な人種がある」イタチが私を諭すように言う。「時には、裏切る事も必要なんだ」 「あなたみたいに」 「、お前は鋭いな」
参ったよ。なんて冗談を飛ばしてくる彼は、まるで私を組織に引き入れた人とは別人のように思えてしまって。なんだか彼に丸め込まれそうになってしまっている私は、無性に悔しくて恥ずかしくて、複雑な気分になりながら膨れっ面で彼を見上げた。立ち上がった彼は少しかがんで、私の額を人差し指と中指で小突いた。…痛い。
「じゃ、オレは任務に行ってくるから。そこで大人しく待っていろよ」 そう言って扉を開けて、ちょっとカッコよく立ち去っていくイタチを私はぼんやりと目で追っていた。何を考えているのか分からない人だと、思いながら。それでも、そんなに悪い人ではないような気がして。けれどもすぐに彼は犯罪者だという事を思い出して、今まで平然と話していた自分が恐ろしくなった。
(▲)(20090321:How dare you say such a thing?)
第一印象は、傀儡。 変な人だと思った。まず話しかけようとも思わず、私はイタチの後ろにぴったりとくっついて隠れた。私はイタチの身長の3分の2あるかないかぐらいの身長しかないので、余裕で隠れる事が出来る。傀儡の様子を伺う。それにしても、あの不気味な傀儡はなんなのだろうか。私は砂忍だったので人間離れした傀儡を何度も見てきたが、傀儡の中に入って行動している人など滅多に見る事がないので驚きが隠せなかった。そんな物好きな事をするのは赤砂のサソリぐらいだとしか、私の記憶に無い。でもまさか、あのいかめしい面構えをした傀儡の中に入っているのが伝説の傀儡使いである赤砂のサソリなんて信じられなかった。 はたして、どうやらその憶測は当たっていたようだった。イタチが彼の名前を呼ぶと、その聞き覚えのある名前が鼓膜を伝って脳まで情報を伝えにやってきた。…なんてこった。
「よォ、イタチ。…そいつが例の新入りか?」 「ええ、そうです」 短い、単調な会話だがピリピリとした緊張感が漂っている。押しつぶされそうな圧力、殺気が伝わってくる。私はイライラしてイタチの後ろから彼を睨み返した。目線は、傀儡の中に入ったサソリのほうが下にあるが殆ど変わらない高さにある。傀儡人形の特徴を観察しながら、確かアレはチヨバア様曰く『ヒルコ』だったかと憶測する。
「ビビってんのかァ…ククク…情けねえのが入って来やがったな」 品定めをするかのような、刺さるような視線が私を刺す。彼の発言にカチンと来るものはあったが、私は顔をしかめてイタチの影から出るだけにとどまる。逆らってはいけないと本能が疼く。命が惜しくて入ったような、この組織で厄介事を起こしてはいけない。
「言いたい事があるなら言ってみろよ」 相手は私を挑発している。それに乗ってしまったら私の負けだ。 「安い挑発に乗る気はありません」 そして今後一切あなたと関わる気はありません…という言葉は胸に留めるだけにして発言は控えておいた。が、傀儡は不機嫌そうに言った。…ように聞こえた。
「良い度胸だな…」彼はクククと笑っている。「気に入ったぜ」 気に入られる筋合いは無い。私は彼を睨む。 「オレは、赤砂のサソリだ…覚えておいて損は無いだろうな」 損は無いどころか、よく覚えている。何度も聞く名前だから、忘れようも無いのだ。彼に対する参考文献なんて腐るほどあるし、傀儡に関しての本に彼の名前が載っていないことのほうが珍しい。そして昔、三代目風影を手にかけているという噂も立っている大犯罪者。それは事実かどうかわからないけれども、聞いた当時はとてもショックだった。だから、忘れようも無い。恐ろしい大犯罪者、赤砂のサソリ。 「です」 私が名前を言えば、彼は少し驚いたような様子を見せる。 「。…そうか…サラの娘か」 「孫よ」 そう、それは祖母の名前。彼がなぜ知っているのか分からないが、砂の人間ならば彼女の存在は誰でも知っているという事を思い出す。祖母は、凄腕の医療忍者だった。今も、まだ現役でバリバリと働いている。私がチヨバア様と面識があるのも、祖母が彼女と仲がいいからという理由だった。ちなみに、私の母も医療忍者として最近活躍し始めていたようだ。ホウ、と感心した様な表情で「もう孫の代まで来たのか」と呟くサソリ。 一族は性別で血継限界を持つか持たないかが決まっている。だからチャクラをコントロールする能力も生まれ持ったチャクラの量も男女の差は歴然だ。本来ならば一族の男が戦闘系の血継限界を持ち合わせており、女は医療系のチャクラコントロール能力を持ち合わせている。しかし私は、女として生まれてきた子にしては珍しく血継限界を持ち合わせて生まれてきた。戦闘能力が高いと言われている一族の血継限界は、その気にさえなれば一瞬にして何百人と殺す事ができるため殺戮兵器に近い。しかし一族の人柄と医療忍者として活躍している祖母のおかげで、差別的なものは何も無かった。
「お前、血継限界を持っているのか」 「答える義理はありません」 彼を睨むと、「持っているんだな」と言われたので、なぜバレたのだろうかと考える。ぐっと驚きをこらえる。 「そうか、持っているのか」 し、しまった。カマをかけられただけらしい。相手の策略に、嵌ってしまったということに気づいた私は心の中でとても落ち込んだ。しかし、ここで落ち込んでいても仕方が無い。悔しさも交えながら威嚇の目的で、彼を睨む。
「そうだなァ…悪くは無いが少し小さいかもしれねェな」 何がだ、という私の心の中での疑問に答えるかのように彼は続ける。 「オレのコレクションになる為には、十年後ぐらいが丁度良いだろうな…」ククク、と彼は笑うと私に近づいてきた。私の話を聞いてすらないらしい。一歩、後ろに下がるが、私は彼から視線をはずさない。彼は距離を詰める。手を伸ばせば、触れることのできそうな距離だった。触れる事はしない。チヨバア様には、『ヒルコ』には毒があると聞いた覚えがあるから。緊張と殺気で息が詰まりそうなのをこらえて、彼の目を睨む。今、私にできる精一杯の威嚇。
「あぁ、まあ暇つぶしに遊んでやってもいいけどよ」 「傀儡に入っているだけのあなたに、かける言葉などありません」早く行こう、とイタチの服を引っ張って彼を急かす。
「それでは、失礼します」 イタチが彼に一礼する。私は礼をする気も起きなかったので、ぷいと彼から顔を背けてイタチの後に続いた。第一印象は、傀儡。思い切り大犯罪者に喧嘩を売ってしまった気がするが、背後から聞こえるクククと言う笑い声に彼は狂っているのかと思わざるを得ない。殺されたらどうしようという思いが、ぐるぐると頭の中で回っている。もう二度と、彼とは係わり合いになりたくないと心の中で思った。
(▲)(20090322:A funny fish)
イタチの部屋の中にある半分ほどの書物を読み終わった頃、私は背後に人の気配を感じて振り返る。誰か一瞬分からなかったのだが、その聞き覚えのある声に私は目を見開いた。
「よォ、久しぶりじゃねーか。」
「何の用ですか、サソリさん」 彼と会うのは三ヶ月ぶりだったろうか、それにしても傀儡を取ると私よりも頭一つ大きいぐらいの背格好をした少年の姿をしている。そしてその赤毛は、まるで彼のような綺麗な赤毛。一瞬、気を緩めそうになってしまった私は読みかけの本に栞を挟むと気を取り直して彼を睨んだ。
「オレの事、覚えてるみたいで何よりだ。褒めてやるよ」 「あなたの傀儡には、なりませんよ」 敵意むき出しの私に対して彼はそれを嘲笑うかのように一歩近づいてくる。ゆっくりとした足取り、たぶん一歩間違えれば私はお陀仏だろう。それは初めて会った時に感じた彼の異常さが物語っている。たくさんの罪無き人を殺してきた、あの目。 「ククク、…敵意剥き出しだな。嫌いじゃねぇぜ」 「…何のつもりですか」 私が立ち上がると彼は既に私との距離を、すぐ近くまで詰めていた。私はこれ以上下がると本棚にぶつかるのでそのまま動かない。彼は、一歩近づく。私は、逃げ場が絶たれている。一言で某彼女風に言うならば、後ろは断崖絶壁一歩下がれば海の底へ引きずりこまれてさようなら、みたいな!…と言ったところだろうか。兎に角、私はピンチだ。身体が危機的状況に瀕している。ついでに言ってしまえば生命も危ない。
「そうだな…くだらねぇものと弱い奴に興味はねーが」 肩に置かれる、右手。赤い髪、思い出すのは彼の面影。 何を考えているんだろう、私は頭にある考えを振り払う。サソリはまだ言葉を続けている。 「てめーの『血継限界』には、興味があってな」ゾワリと、肩が震える。「フン…ビビってんじゃねーよ、興醒めだ。てめーはなんだろ」 「ビビって無いわ、」私は彼を睨む。「あなたなんかに」 彼は首をかしげる。カキリ、というカラクリ特有の音。まさかとは思ったが、彼は間違いなく傀儡。 「一度手合わせしてやって、傀儡の調子を見ようと思ったんだがな」 ククク、と彼は笑う。「オレが恐いなら、やらなくてもいいんだぜ?」 何なのだろう、この焦燥感は。戦いを強いられている事は分かった。傀儡の実験台として、戦闘しろと言われている事も分かった。正直、彼は恐ろしいと思うけれどもそれ以上に脅威となるのは彼の、その容姿。違うと分かっていても、重ね合わせてしまう不条理。私にとって、苦手で戦いにくい相手の1・2を争うほどに彼は脅威だった。そして、なによりも勝てる気はしない。彼が手を抜いていたとしても、私の今の実力では実力差がありすぎる。
「じゃあな、」サソリは出て行こうと私の肩から手を離して踵を返す。「腰抜け」 「誰がやらないと言ったの?」 私は完璧に完全に、今、彼の手のひらの上で踊らされているようだ。 サソリは私のほうを、ニヤリとした表情で振り返る。外へ出ろ、と言われて私はヒルコの中に入ったサソリの後をついていく。イタチの部屋への道のりは、覚える事ができたので帰る事はできるだろう。無事に生きていればの話だが。
外へ出ると、太陽の眩しい日差しが目をついた。一瞬瞳を刺す様な痛みに、思わず顔を右腕で覆って目を瞑る。普段、蝋燭や裸電球で過ごしているので久しぶりの太陽の光は目に染みた。 私が目を細めて右腕の影から前を見ると、ヒルコ…いや、サソリがこちらを覗き込んでいる。
「こんな所でくたばってんじゃねーぞ、。大丈夫か」 「久しぶりに外に出たから目が慣れないだけ。そのうち慣れるわ」 敵に心配されるとは何事か、と頭の片隅で私が叫んでいる。数秒すると、目が周りの環境に慣れてきたようで活動を再開し始めた。 「引きこもってばっかいるから、そうなるんだぜ」 呆れたように彼は言うが、そもそも私には今まで上から任務が来たという覚えはない。それに、下手に外に出て殺されるなんてのは御免だ。ただでさえ、この服は色々な意味で目立つ。私の今の実力では殺されかねない。サソリが言う血継限界だって、まだ私は一族の中では弱い。最弱だ。というのも、私以外の一族のほぼ全員が上忍あるいは暗部だからだ。私は、非力だ。
「外に出る機会なんて、ないもの」 「じゃあ、オレがこれから毎日引っ張り出してやるよ」 「そんな馬鹿な」 私はそんなに体力はない。彼相手に戦っていたら体がいくつあってももつはずが無い。今回ですら、死ぬかもしれないというのに。彼は私を何だと思っているというのか。…ただの玩具か。
「広いところに移動するぞ。ここで戦ったら周りのモン全部ぶっ壊れちまうからな」 私は頷くと、彼の後ろに続く。しかしサソリと戦うと言ってもこのヒルコ相手だとしたら、私が明日まで生きている保障は確実にない。攻撃に当たれば御陀仏だ。私は、売られた喧嘩を安く買ってしまったのを今更ながら後悔する。とんでもない喧嘩を買ってしまった。ノークレームノーリターン。クーリングオフ制度なんて使えるはずは無い。私は死なないように、どこにいるか分からない神様に祈った。こうなったら神頼みぐらいしか手は無い。 死にませんように死にませんように死にませんように。
「この辺りでいいだろ」 広い開いた土地。地面には雑草が生えているが、ほとんどは土や砂。半径一キロメートルぐらいはあるだろうか、とても広々としている。ここならば、少しぐらい派手に戦闘しても大丈夫かもしれない。地の利は、砂が存在している時点で私にある。彼はヒルコから外へ出る。ヒルコをしまう。そして土地の真ん中まで本体で歩いていく。 「ヒルコは使わないのね」 「今、お前に壊される訳にはいかねぇんだよ」 どれだけ過大評価しているのか。 「そう」土地の真ん中辺りまで来た私は立ち止まって短く答えると、彼は巻物を一つ取り出す。 「今日は新しく増えたコレクションのいくつかをお前で試して、使い勝手を確かめようと思っただけだ」 巻物を開いて印を結ぶと、彼の隣に傀儡が現れた。 「基本操作は変わらねぇが、」彼は一拍の間をおいて続ける。「コイツはちょっと面白い技が、使えるからな」
「…やっぱりサソリさんが殺ったのね」 私が彼を相手にするにあたって、嫌な理由がもう一つ。人傀儡を使っているということ。それは人を傀儡にしてしまうという特殊な能力を持っている彼だからできる技。そんな事は、百も承知だ。だから、私は彼という存在が苦手だ。人が、傀儡という戦闘人形にされてしまうから。人道を外れたその行為に、私は嫌悪感を隠しきれない。一年前に戦死したと聞かされた、叔父。私の目の前にいる傀儡人形は、まさしく殉職したはずの叔父。私と同じ髪色、私と同じ目、私そっくりな風貌。長く美しい煌きを放つ白銀の髪に、紅の瞳。左目に眼帯をしていて女顔。切れ長の甘い瞳、優男で二枚目。叔父さんは里の女性たちのアイドルだった…ようである。知った事ではないが、叔父は父と瓜二つの双子だ。
「殺したいか、憎いか、オレが」 クククと笑う彼。「オレは昔から一族をコレクションにしようと狙ってたぜ。そんな時だ、ちょうどよく死にたそうな奴が来た」 「あなたの噂は叔父から聞いていたわ。まさかその叔父があなたに殺られてたなんて思いもしなかったけど」 強くて、人柄もよくて、優しくしてくれた叔父は、もう既に彼の手中にある。死んでしまった叔父に会えたのは嬉しいが、再会を喜んでいる暇などは無い。分かっている。死んでしまったらもう戻る事は無い、と。人の命なんてやすやすと散ってしまうのだ。
「三代目の敵、って叫びながらオレを殺しにかかってきたのは傑作だったな…ククク」
返り討ちとは、無残な。討ち取れないとは、無念な。しかし、考えてもみれば三代目が負けた相手に立ち向かうという時点でどうかしている。実力差を考えていないのか、それとも感情にまかせて攻撃をしかけたのか。どちらにしても、負ける事は目に見えていた筈だ。一族として、状況判断力に欠けている行動。恥ずべき愚かな叔父。叔父の事を一方的に悪い方向へと考えているのは、私が彼と戦えなくなって負けて死んでしまうから。ごめんなさい叔父さん、と謝罪の言葉を心の中で唱えると、私は戦闘体勢に入る。叔父さんの無念、私がはらしてあげる。
「じゃあ、そろそろ行くぜ…オレは長い御託は好きじゃねェ…」 「いつでもどうぞ」 私は彼を睨むと、いつも背中に装備している二本の愛刀を抜いた。私の身長の半分ほどある、まるで三日月のような二本の刀。鎌を連想させる、しなやかな曲線は先日研いだばかりなので切れ味は抜群だろう。
「ソォラァ!」
叫び声とともに、サソリの傀儡から仕込み刀が15本。いきなり毒刀なんて聞いてない。一本目を上に飛んで二本目をそのまま左にかわし三本目は下に屈んで四本目五本目六本目七本目と右にバック転で避ける。八本目はそのまま後ろに下がって避け着地、九本目と十本目も同じように連続して避け、十一本目と十二本目は刀で弾き返し十三本目十四本目を左に跳んで避ける。最後の一本を刀で斬り落として、即座に私は彼に斬りかかった。何の反応もしないサソリではない。 「フン…やるなァ、。しかし…甘いぜ!」 傀儡の腕で防御、カンと乾いた音が響く。私は距離をとる。次の攻撃をかわす。隙を見て攻撃、防御され距離をとる。次の攻撃をかわす。攻撃を防御されて攻撃をかわす。一進一退の戦闘。体力の削りあい。このままでは私の体力が尽きるほうが早い。戦い辛い事この上ない。チャクラを使うのは好きではないが、そういうことを言っている場合ではない。埒が明かない。
「術を使わずにここまでとは、まぁ骨は無い事もねーが…」彼が、傀儡を仕掛けてきた。「クク…これで終わりだぜ!」 叔父が迫ってくると考えてはいけない。アレはただの傀儡だ。私は刀をしまって印を素早く組む。 『秘術・白流砂』 白い砂が地面から湧き上がるようにして傀儡に絡まって固まり、傀儡の動きを封じ込める。あまりあの叔父の顔をした傀儡を壊したくは無いから手加減はした。しかし、彼の動きでミシミシと音を立てて傀儡が軋んでいる。目が当てられない。でも見なければ攻撃は読めない。
「チィ…ここで使うかよ普通…」 「私、この術あまり好きじゃないのよ。だから、あまり使いたくなかったの」 「追い詰められてんのか? …クク…ガキがオレ相手になめたマネしてんじゃねーよ」 「似たような背格好の奴に、言われたくないわ」 両者、動かず。
動けず。バキバキメキメキ、という傀儡の悲鳴が、私に突き刺さるように響いている。傀儡が動き始めようとしていた。彼は、また何か仕掛けてくるつもりだ。
「オレは、待たされるのが大嫌いなんだよ…」 彼は不機嫌そうな目を私に向けると、私の術をコピーしたかのように、『白流砂』を傀儡で発動させた。私に、砂が巻きついて私を粉砕する。パラパラとその後に残るのは砂。
「砂分身かよ…めんどくせェことしやがって」 「そうね、とても面倒」私はサソリの背後に回りこみ彼が振り返ると彼の眼を見て、口元だけでにっこりと笑う。 「何…!? …瞳術だと」 油断した彼は、すでに私の眼を見た後。
「終わりね」私が言う。 「クク…てめーが、な」 後ろに差し迫っていたのは、叔父の傀儡。しまった、油断したらしい。しかし、これなら大丈夫。私の分身をグシャリと潰した傀儡と傀儡使いは私の姿が消えた事に少しばかり苛立っているようだ。
「全く、我ながら呆れるな…」 彼は私を見つけると、ため息をついて頭をかいた。 「やめだ、帰る」
「え」
刀を構えようとしていた私は、首を傾げる。…良かった、私生きてる。神様ありがとう!
「コイツはまだ試作品でメンテナンス不足だ。…まだ改良の余地があるって言ってんだよ」 彼は、叔父の傀儡をしまうとヒルコを出して中へと入る。 「、てめーには手を抜いてやったからな。オレも少し油断したが…クク…まぁ、筋は悪くねーな」 刀の柄から手を離すと、私は彼の隣に並ぶ。 「もう、戦闘はしないわよ」 「じゃあオレのコレクションにでもなるか?」 「嫌よ、心残りがありすぎるもの」
私が言うと、彼はまたクククとだけ笑った。訳が分からない。歩を進めてアジトへと帰る。
「あと、叔父さん。いらないなら私に頂戴」 「…オレの傀儡だ。てめーには渡さねェよ」 「頂戴」 「駄目だ」 「…じゃあ、私が暁を抜けるか、あなたが死んだ時に貰うわ」私は、いかめしい面構えのヒルコもといサソリを睨む。 「オレに喧嘩売ってんのか…いい度胸だな…クク」そして彼は続ける。「オレは、寿命では死なねェんだぜ」 「力尽くで、…っていうのは無理そうだから」 「自分の力量、ちゃーんと分かってるじゃねェか」 「無駄死になんてしたくないもの」 あなたみたいにスペアは無いから、と言うと、彼は再び「オレのコレクションになるか?」と言って笑った。
もちろん、私が全力でお断りしたのは言うまでもない。
暁という組織に加わることになって、早幾年。彼を裏切ってしまった幼い日の記憶は、私を絡めて離さない頑丈な鎖として私の中に根付いている。どれだけイタチの奴を恨んだか、わからない。しかしそれも今となってはどうでもよかった。私は彼の信頼を無くしてしまったにも関わらず、まだ未練たらしく彼のことしか見えていないのだから。自分で自分が馬鹿みたいで、自分を嘲笑した。
「、いつまでそうしてる」 「気が変わるまで」 珍しくヒルコから出ている状態のサソリに話しかけられる。 私は部屋の隅で、もう着る事にも慣れてしまった暁の黒装束に身を包んで幾重にも積み重なっている本の山を貪るように読んでいた。この本は全部差し入れである。私は暁に来て以来、一度しか外に出たことはない。しかし、あれから何千何百という本を読んだし、戦闘経験も彼らによって相当積ませてもらった。しかし、心の飢えと渇きが満たされないのは恋の病のせいであろう。想いは日に日に募っていくばかりでどうしようもない。
「そうか」 彼はいつものように、私の隣に居座る。少し我愛羅に似た髪色。中身は別。思わず本から目を離して手を伸ばして触れたくなるが、思いとどまる。重ねても重ねても仕方のないことだ。そんなことは、百も承知のはずなのに。私は彼のことを、我愛羅を重ねてしか見ていない。いや、そうやって見ることしかできないというのが、正しい。サソリは私の気持ちに気づいているのか、はたまた気づいていないフリをしているのか行く先をなくして空中をヒラヒラしている私の手を見ながらクククと笑う。少しカンに触る。彼は隣で本を一冊手に取ると、パラパラとページをめくり始めた。
「こんなモン読んで、面白いのか」 「暇つぶしには、なるよ」 私はページをめくる。 「まあ、どうでもいいがな…ククク」 彼は本を元の場所に戻す。私はページをめくる。
「お前が死にそうになったら、」彼は、私の背中に腕を回す。「オレの傀儡コレクションにしてやるよ」 「ああ、そう」 活字を頭に容赦なく叩き込みながら、彼が何か言ったのに対して生返事を返す。 「聞いてンのかよ」 「聞いてなかった、ごめん」 本から目を離して顔をあげれば、彼の顔はすぐ近くまで迫っていた。逃げ場なんてない。
「オレの一番の口説き文句、聞き流すなんていい度胸だな…」
「え」 しまった、と思ったときにはもう既に主導権は彼が握っていた。ゾワリと身の毛がよだち、身の危険を感じる。まさかまさかなんて感じる間もなく、気づけば両手は彼の両手によって取り押さえられ、私は読んでいた本を取り落としていた。ページが元の状態に戻ろうとして、パラパラと音を立てて閉じる。ああ、どこまで読んだか分からなくなってしまった、なんて呑気な考えが頭をよぎる。彼という人(傀儡)がとても気が短いという事をうっかりして忘れていたという私も悪いが、まさか人が本に熱中している間に口説き文句言ってただなんて気づかないだろう普通。
「もちろん、責任は取ってくれるんだよな」 サソリの奴は、ニヒルな笑みを浮かべている。ああ、私も笑おうとしたが口元が引き攣る。誰か来てくれないかな、ホントお願いだから。
「取らないと言ったら」 私が言うまでもなく、きっと答えは決まっているのだろうが、時間稼ぎぐらいはほしいところだった。先延ばし先延ばしにしていれば、状況が何か変わるかもしれないなんて、淡い期待。しかし、そんなものは裏切られるためだけにしか存在していないのだろう。天命は、時に残酷であるということは身をもって体験しているので冗談ではないほどに身にしみて分かっているつもりだ。
「取らせるまでだ」
今までで一番いい笑顔に見える笑顔だ。私は、もうこれは駄目だなと覚悟を決めた。
思い切り覚悟を決めて叫んだ私の悲鳴で、何事かと部屋に飛び込んできたデイダラがとばっちりを食らったのは言うまでもない。
(▲)(20090318:Cry for the moon)
「どうしたんですか、こんな薄暗いところで」
その声に振り向けば、鬼鮫がこちらをまじまじと見て薄明かりの部屋の中での私の行動を不審そうに眺めていた。暁に入ってはや一年が過ぎ去ろうとしていた今になって、多少の相手方の警戒心は少なくなり、私も相手に対しての警戒心は全くではないが以前よりは少なくなったのは確かだった。それに伴って自然と口数も増え、日常会話程度なら平気でこなせるようになっていた。これは何というか、ものすごく進歩である気がする。
「ほら、あれ」 私が指差したところには高くて手の届かない、私にとっては宝の山のような本の一群が巣食っていた。先ほどから読みたくて読みたくて仕方ない気持ちでいっぱいで、必死に椅子に乗って手を伸ばしていたのだが手が届かない。うんうん、と唸って何か良い案が無いかと思案に暮れていたところに丁度良い救世主が来たわけだ。全くタイミングのいい奴だと、私はひっそりと思った。
「ああ、アナタじゃ届きそうにもありませんね」 と彼は少し私の身長を見て嫌味に似たような言葉を発した後に、「ほら、とってあげますから少し退いてくれますか」とにこやかに微笑んだ。どこからどこまでがにこやかな微笑なのか分からないが、多分これは微笑んだと形容してもよい笑みだと思いたい。私は彼に「じゃあ、お願いするわ」と一言。大人しくその場を退いた。私は椅子の上に座って靴を履いてから、自分の身長ほどもある椅子を引きずって、ずるずると左へ移動。彼は、先ほど私のいた位置にすたすたと歩いてくると、ひょい、と言う効果音が付きそうなほどいとも簡単にその本の群れを掴み取り、私がタイミングよく伸ばした両手の上に乗せていく。
「。これで全部ですよ、満足ですか?」 「ええ、ありがとう」私は両手いっぱいの10冊程度の分厚い本をにこやかに抱きしめた。「大満足」 「そうですか、それはよかった」彼はニコリと笑うと、続ける。「それはそうと、その本も全部読む気ですか。また物好きな」 「ええ、だって読まれないのは可哀想でしょう? 本も読まれて本望なのよ」 「アナタらしいですね、」
でも一つだけ文句があるとするならば、私があんなに散々苦労して取ろうとしていた本を鬼鮫がいとも簡単に取ってしまったということ。少し悔しくて、嬉しいのに苛立っている自分に私は自嘲した。
「で、その本全部今から読むつもりですか」 「今日中には読み終わると思うわ」 私は時計を見ると言った。一冊三十分ないし一時間だとして、日付が変わるくらいには、読み終わるはずだ。 「…そりゃ、まあ、頑張ってくださいね」彼は呆れたようにため息をつくと、「勉強熱心も程ほどにしておかないと体を壊しますよ」と去り際に言った。 「言われなくても」 私は、片手で本を支えながら、もう片方の手で鬼鮫に手を振った。
(▲)(20090821:Till late at night)
目が覚めれば、暁の黒装束がすっぽりと掛けられていた。どうやら私は本を読み終わってすぐに絨毯の上で寝ていたらしい。その事を示すかのように私の視線の先には本が二・三冊置きっぱなしになっていた。もそもそとその大きな黒装束から身を這い出して伸びをする。
「お目覚めですかね、お譲」 「おはよう、鬼鮫」 鮫肌をソファにもたれかけさせる様に立てかけて、その横に堂々と座っている鬼鮫のほうを向く。どうやら、暁の装束は彼のもののようだった。私はちょこんと、その場に座る。 「これはあなたが掛けてくれたのよね、礼を言うわ。ありがとう」 「、アナタも口が悪くなったようで。最初の面影はドコヘ行ったのやら」 「遠慮がなくなっただけ、元からこうよ」 腕を組んで彼を見る。彼は呆れたようにため息をついた。 「もう少し、年上と先輩に対して敬意を払うとか努力したらどうです?」 「猫かぶりは得意なの、」私は口調を少し敬語に変える。「努力するまでもありません」 ニコリと笑えば苦笑いを返されて、末恐ろしい子ですね、と反応が返ってくる。私は、クスクスと笑う。
「私は、この組織に入っている時点で末恐ろしいのよ?」と、私。 「まあ、アナタにとっては違いないですね」と、鬼鮫。
この組織のほぼ全員がS級犯罪者として里から追われており、多分私もその犯罪グループの一員としてみなされているのだろう。きっと里に今帰ったところで散々な扱いしか受けない事なんて目に見えている。それに、最近分かってきたが、こうして普通の会話をしているだけならば彼らも普通の人なのだ。ただ、彼らは一歩その道を踏み外してしまっただけであり、その一歩が彼らの運命をことごとく犯罪者への道へといざなってしまっただけである。その衝動を掻き立ててしまったのは、彼らの血。血に飢えて、行ってしまった殺人行動。その他全般。一見常識はずれなこの行為だが、怨みつらみが重なってどうしようもなくなると、最終的には普段それをしないように止めている防波堤が崩壊してしまうらしい。その結果、犯罪に手を染めてしまう。一歩、その衝動を抑え切れなければ、最後。犯罪者だ。この間読んだ本に書いてあったことを思い出す。そういえば、最近私にも任務が下った。
「人柱力を捕獲するっていう任務、アナタも参加するんですか」 鬼鮫は鋭い。彼は、私に我愛羅を殺せるかと遠まわしに問いかけているのだ。私は他の人柱力の捕獲については名目上参加はするつもりだが、我愛羅に手が掛けられるとなれば全力で謀反を起こすつもりだ。今の私の力では暁を全部敵に回して止められるという保証など無いという事など、分かってはいる。しかし、それでも彼に危害が加えられるなんて事は私にとって許されてはならない事だった。私が止めなければ誰が止めるというのか。今、彼がどうなっているかは分からないが、順当に行けばもうそろそろアカデミー卒業間近といったところだろう。あの悲鳴が、私の脳裏をよぎる。
「…ええ」私の幼いながらの覚悟の決まったような視線に、彼はソファから立ち上がって私の前に屈む。 「そうですか」 彼は何も問いただしてこない。だけど私の演技が見破られていないとは言い切れない。
「でも、そう簡単に人柱力が、集まるとは思えないの」 「上の言う通りにしていれば、大丈夫。心配なんてイラナイですよ」 ぽんと、俯いている私の頭に手を乗せる鬼鮫。その様子からは私を気遣ってくれる様子が伺えるが、私はといえば鬼鮫を裏切ろうとしている。 私は暁の情報収集能力を馬鹿にしているわけではないのだが、世界中に散らばってしまった人柱力を簡単に集められるとは思っていない。しかし、この組織の連中が死に物狂いで探してしまえば彼らは簡単に見つかって、いずれ殺されてしまうのだろう事は目に見えている。私は自分の考えに、悪寒を覚える。ごめんなさい、鬼鮫。私は、頭を撫でてくれる鬼鮫に心の中で謝りながら頷く。 「うん」 「ほら、元気出してくださいよ。イタチさんもの機嫌が悪いと不機嫌そうな顔になるんですから」 「うん」 ごめんなさい。ごめんなさい。いくら懺悔しようと、それは彼には伝わる事のない心中。伝わってはいけない、隠しておかなければならない。それはこえてはならない、一線。心の内は、見せてなどいけない。だから、心の中でしか、まだ謝れない。だから、作り笑顔を装って、模倣。
「には笑顔のほうが似合いますよ」 「ありがとう、鬼鮫」だから、慰められたフリをして、偽装。
まだ、彼らに悟られるわけにはいかないと。心に決めたからには隠し通さなければならない。彼らを信用してしまったら、ここから抜け出す事なんてできないから。信頼なんてしない。それは幼い私の、唯一つの抵抗。
それは些細な娯楽行事で、暁にしては珍しくそこそこの地位にいる奴らが任務と立場を忘れて阿保みたいに参加していた。私は毛頭参加する気も起きなかったのだが、デイダラに無理やり部屋から引きずり出されてしまったので仕方なく参加することにした。本来の予定ならば、『早朝と朝靄』を読みながら胸を躍らせて犯人は誰か推察しているはずであった。しかし犯人は未だ分かってはいない。おおよそ私自身の予想はついているが、その答えあわせはまだ少しばかり先である。途中で放り出された可哀想な文庫を机の上に置き、名残惜しく『早朝と朝靄』に別れを告げた私はアジト近くの少し見晴らしの良い場所からドンドンと大きな音を立ててヒラヒラと空に咲いている火花をただぼうっと眺めていた。現在の私は、悲しきかな夜もすがら花火大会なるものにうつつを抜かしている。
「、またつまんなさそうな顔してるぞ、うん」 「あなたが『早朝と朝靄』を読ませてくれなかったのが悪いの」 「だって、本なんていつでも読めるけど、こんなイベントとか滅多に無いから」うんうん頷きながら彼は自分の中で意見を完結させているようだ。 「絶対にこっちのが楽しいって、うん。間違いない」 それはこっちが決めることだと思いながらため息をつく。彼に言っても無駄なので、あえて何も言わないがそろそろ帰りたい。本はいつでも読めるが、推理小説のオチが読めないときの悶々とした気持ちはしばらくしたら冷めてしまうかもしれないのだ。なので私としては早く帰って本が読みたい。
それに花火は、嫌いだ。私は花火を見ると、父親のことを思い出して無意味なホームシックに陥ってしまう体質なのである。父親の事を思い出すのが悪いとは言わないが、あんなに苦手だった父親の事を思い出して妙に懐かしく恋しい気分になるのは些か変な気分だった。それは私の置かれている状況が状況だと思うが、それはともかくとして最近妙にこの空気に慣れてきてしまっている自分がいることに対して若干の嫌悪感が沸いてくる。他にも理由はあるが、とりあえずつまらないので割愛させていただく。
「じゃ、あっち行って花火打ち上げてくるから、うん」 ちゃんと見てろよ、と言い残して彼は去っていく。私は興味が無いので生返事でそれを受け流した。こんな事なら、本の一冊でも持ってこればよかった。ぼんやりとそんな事を考えていると無性に犯人が気になって仕方なくなってきたのでやめる。ふと背後から何者かの気配がしたので、そちらのほうを振りかえって返り討ちにしてやろうとしたが相手に敵意がなさそうだったのでやめた。
「おおよそ、無理矢理デイダラの奴に引っ張られてきたんだろう。いつもにまして仏頂面をしているぞ」 「放っておいてよ」 「図星だな」 彼はくすくすと笑いながら私の隣に腰掛けた。 「……」むすっとした表情で私は渋々頷く。「何の用なの?」 「気分転換に外に出た感想はどうだ?」 「まあまあね」 適当に相槌を打って花火をぼんやりと眺めてみる。 無駄に哀愁が漂ってくる彼らはまるで生き物のように儚くも無残に散っていく。その姿はまるで人間のようで私は少し物悲しくなった。そんな私の心のうちを知ってか知らずか、イタチは私の頭をくしゃくしゃと撫でる。 「何するの」と、私。 「楽しくなさそうだな」 それは図星である。私は口を尖らせて不貞腐れた。 「そうね、無理矢理デイダラの奴に引っ張られてきたから」 「俺もだ」と、イタチの意外な反応。「任務だと言われたて連れてこられたが騙されたらしい」 「え?」 なんとも間の抜けている声を出してしまい、それはイタチの苦笑を買った。
ぱあんぱあんぱあん、とデイダラがあげたのかあげていないのか分からない花火が、あがってはある程度の高さで弾けてきらきらと火花と哀愁を撒き散らせながら無残にも散っていく。私が音に釣られて花火を振り返ると、「芸術は爆発だ!」なんて声が聞こえてきた。芸術は爆発だ、と書かれた花火があがったが、術の字の点が無いのに気づく。イタチもそれに気づいたようで、二人で苦笑した。
「ちょっと詰めが甘かったみたいね」 「アイツのことだから仕方ないんじゃないのか?」 そんな会話をしながら、私は若干楽しいと思ってしまっている自分に気づいていたがそれを無視して立ち上がる。
「たーまやー」ぱあん、とあがった花火にどこと無く呟くと、隣のイタチが「かぎやー」なんて呟いた。
いまさら言い訳がましい事を言って、迷惑をかけるくらいならいっそのこと誤解が解けないままでいい。想いは違えど、あなたに想っていてもらえるならば、私は恨まれたってかまわない。歪んだ愛情。歪んだ慕情。歪な、その感情にしても想ってもらえていることに変わりはなく。歪んでしまった自分の心に、歪んでしまったあなたの心に。正しく導いてくれる人が、出来ていたあなたに。正しくない道に進んでしまった私は、話しかける事すら躊躇われ。私はあなたに、まだ背を向けたまま。
「」
「ごめんなさい」
暁の一人である、鬼鮫の分身体が私のいる背後に現れて私の名前を呼んだ。私は振り返るつもりはない。攫われてきた彼から一尾を引きずり出すなんていう行為に参加なんてする気はさらさらなかった。そんな事、するくらいなら私は死んだほうがマシだとすら考えている。組織を抜け出す事だって考えているくらいだ。どうしようもなく、身勝手。言い換えるまでもなく、自己中。そんなことは知っている、私がこの組織に入った時点から私は彼の叫びを背負って生きているのだから。私は、影から彼を助ける人たちを手助けする事だけしか考えていなかった。そんな私が、今回の作戦に参加するはずなんてない。彼のために里のみんなを敵に回したようなものである私は、もはや暁全部を敵に回すことになったとしても、そんな気はなかった。私は、彼さえ救うことができれば、自分の事なんてもうどうでもよかった。見ていてくれなくてもいい。無事でいてくれればいい。私は殺されてもいい。
「来ないんですかね、あなたは」 鬼鮫の問いかけに私は振り返らない。答えるまでもないということは彼にもわかっているはず。彼が問いかけているもの、それは愚問。それでも問いかけるのは、私の意志を確認する目的のため。私が何のために組織に入っているのか、彼はイタチの次ぐらいによく知っているはずだ。 「全く、イタチさんに怒られるのは私ということもきちんと理解してくださいよ」 「ごめんなさい」 あなたを敵に回したくはないんですけどね、と言う呟きが最後に聞こえた。私も、鬼鮫みたいな大刀使いを敵に回すのは御免だけどね、と彼の気配が消えた後に呟く。私は、新しく三年前に新調してきた愛刀を背負うとそれを最後にその場を後にする。ズシリと肩にかかる重圧が心地よい、伝説と言われた七つの大刀の一つ。七本の刀の中では一番小さいと聞いているが、それでも今の私には丁度いい大きさ。名前は『紅梅』。日本刀のような形状をしているが、日本刀よりも太くて長い大刀だ。そしてその刃は、その名の通り赤黒い煌きを放っていた。移動を開始して数分が経過した時、突如何かが飛んでくる。クナイか。
私はそれをひらりと右に飛んでかわすと、それはどうやら仕組まれた罠のようで着地したその場所には起爆札。しまった油断したと思いながら、その場から慌てて逃げる。ドンという爆破音。…間一髪といったところか。 「やった」 「まだだ」 そんな単調な会話を、私は小耳に挟んだ。地面に相手方にも分かりやすく着地すると、敵であった彼らは眼前に姿を現した。
「私は君たちと戦うつもりはないんです」 笠をかぶったままの私は、ひらひらと両手を振る。敵意がないことを表現したつもりだが、もしかしたら逆の意味で挑発しているように見えるかもしれない。表情が見えないからだ。しかしこのタイミングで笠を取ればそのタイミングを見計らって攻撃を仕掛けてくることは目に見えて分かった。あえて、まだ笠をとることはしない。 「どういうつもりだ」コピー忍者のカカシが、私を睨んでいる。無理もないだろう、まだ私は暁の服装をしているのだから。無論、それ以外の服を持っていないという理由があるからなのだが。 「今回の作戦に関しては、反対なんですよ」 「どういう意味だ」まだ彼は問いかけてくる。殺気は全員から感じられる。 「里を抜けたところで裏切れないものと助けたいものは変わらないからと言っても、そんな様子じゃ信じてもらえてないですよね、チヨバア様」 「…か」
「お久しぶりです。お元気で何より」 一瞬だけ全員の殺気が緩み、チョバア様へと視線が集まる。知り合いかと目線で問いかけているようだ。 「里を裏切ったお前が何の用じゃ。まさか今更寝返りに来たとでも言うのか」 「仰るとおりで反対の言葉が見当たりません」 「ギャハギャハギャハ、老いぼれだからと言ってお前の詐欺に引っかかるワシではない!」 「…」 私は、彼女は全く変わっていないのだと思いながら押し黙る。私は冗談を言っているわけではないし、彼女の言っている事に付き合っている暇もない。私は棒立ちのまま、笠の隙間から彼女を見つめる。 「…急に静かになりおって。死んだフリはワシのネタじゃ」 若いもんが使っても、死んだようには見えん。と、言うと彼女はまたギャハギャハと笑った。 「ふざけないでください、何のために私が来たと思っていらっしゃるのかわかりませんが、もし私が全員殺す気で来たのなら、もう既にあなたたちは全員その地面で仲良く白骨となって死んでいる事をよく考えて発言してください」 木から降りて地面に立ったその時点で、お命はありませんよ。と、私が笠を取ると彼らは一様に息を呑んだ。 「同い年ぐらいにしかみえねーってばよ」 「油断はするなナルト、年齢がどうであれ彼女は暁だ」 驚きながらも気を抜かないところを見ると、やはり木の葉の忍達といった所か。 「お前が里を抜けたのが今から6年ほど前じゃったか」 「8年です。私は、まだ7歳でした」 的確に突っ込みをいれると、もうそんなになるのかと彼女の答えが返ってきた。 「お前の血継限界は、そんな事まで出来るようになったか」 「ええ、といっても暁のおかげですけど」 私がクスクスと笑うと、彼らは一様に複雑な表情になった。それもまあそうである。というよりも、まだ彼らは私の言っている事が半信半疑なのだろう。いきなり敵の格好をした奴が出てきて、協力するなんて言って簡単に信じるほうがどうかしてるからだ。そんな甘い奴らだったら、彼らはきっとお陀仏だろう。これは冗談ではなく、事実だと確証を持って言うことが出来る。
少しの間を置いてカカシが私に問いかけてきた。 「それで、奴らはどこにいる」 「この近くにあるアジトです」 ここからアジトに一番近い道を案内します、着いてきてください。と私が言うと、彼は一瞬いぶかしげな目をこちらに向けたが、しぶしぶながら了承した。彼の教え子だろうか、女の子が驚いたように彼を見る。まあ、そんなもんだろうなと私は自嘲した。 「信じないなら、別にいいんです。私一人で乗り込んで彼を助けに行きますから」私は踵を返す。「信じていただけるなら着いてきてください。戦力は多いほうが比較的に楽です」 私が走り始めると、一瞬間をおいて足音が続く。どうやら信用してもらえたようだ。完全にとは行かなくとも、戦力になる人がいるのは心強い。もう既に、彼らは尾獣を引き剥がしているころだろう。急がなければ。私は、手に持っていると邪魔になる笠をかぶりなおす。
「…さんと言いましたよね」ピンク色の髪の女の子が、私に話しかけているようだ。「どうして、私たちに協力するんですか?」 「君たちと目的が一緒だから、と言う理由じゃ駄目ですか?」私は、声のトーンを落とす。「私、今回の作戦には反対だもの。こんな酷い事するなんて間違ってる」 ギリ、と奥歯をかみ締める。そう、私は彼のためなら地位や命なんて惜しくないもの。 「組織よりも、」カカシが言う。「君は我愛羅を助ける事のほうを優先するのか」 「そうよ」私は躊躇いなく答える。彼らだって同じはずだ。「私が彼を助けようと動いているのは、あなた達がうちはサスケにこだわっている理由と似たようなものだから」
彼らのことは、組織にいれば自然と耳に入ってくる単語だった。大蛇丸がいた時に色々と噂は聞いている。といっても私は彼が大嫌いだったので、一言も口を利いたことはない。しかし九尾を持つ少年と『うちは一族』について、私が大方の情報を得るのにそれほど時間はかからなかった事は言うまでもないだろう。大体が情報漏洩。垂れ流し状態だ。驚いたような、息を呑む声が後ろから聞こえる。 「誤解しないで。暁にいた時に風の噂で、あのヤバイ大蛇丸から君たちがうちはサスケを奪い返そうとしてるっていう話を聞いただけよ。彼らの居場所なんて知らないから」
口を開いて、九尾の少年が「サスケの居場所は」なんて言いかけていたので先手を打っておく。カカシのほうは、大蛇丸が暁にいたと言う情報は入っているらしく、納得してくれたような反応が振り返ったときにチラリと見えた。隣まで来た九尾の少年が、私に問いかけてくる。 「なあ、じゃあどうして暁なんかに入ったんだってばよ」 ずけずけと言いたいこと言ってくれるな、なんて思って顔をしかめる。 「私だって、里を抜けたくて抜けた訳じゃないし暁なんかに入りたくて入った訳じゃない。それに、自ら進んで入ったとしたなら、あなた達に協力なんてしてない」 「じゃあ、どうして! 何でだってばよ! 入りたくないなら、最初から入らなければ…」 「ナルト」 カカシが、九尾の少年の言葉をさえぎる。どうやら、ナルトと言うのが彼の名前のようだった。 「カカシ先生、」彼は一瞬言葉に詰まると、項垂れて「ごめん」と私に謝った。 「別にいいよ、気にしてない。そもそも入らないなんて選択肢は元から無かったし」 どういう意味か分からないと言うように、ナルト少年は首をかしげた。他の皆さんも一様に疑問符を浮かべている。
「分かりやすく言えば、生か死かってところ」 まだ疑問符が拭い去れない様子のナルト少年に向かって、私は話を続ける。後の皆さんはどうやら話があらかた掴めてきたらしい。 「抜け忍として里を抜けて暁に入って生き延びるか、その場で殺されるかしか、その時の私に選択肢は無かった」ようやく、事態が飲み込めた彼は、何か言おうとして俯いた。「その時の私は、とても無力だった。暁の二人を前にして、どうしたら無事に助かるかどうか方法を考えたけど二人で安全に助かる方法なんて分からなかった。私なんてどうなってもいいから、我愛羅だけはとにかく助けないといけないと思って一人で立ち向かったの。まあ、勝てる筈も無かったけどね」 それでも頭は冷静だったわ、私は呟く。 「その暁の二人ってのは、誰だ?」 カカシが入れた横槍に、私は返答を出した。 「うちはイタチと干柿鬼鮫」まさか、というカカシの反応。「中忍試験に受かったばかりだったとはいえ、ただの女の子には無理な話よ」
「…そんな、あれは…。あんな馬鹿な話が本当じゃったと言うのか…」 チヨバア様は、消え入るような声で呟いた。死んだフリは通じませんよーなんて心の中で突っ込んでみる。そんなシーンではないことは百も承知だ。別に、今さら同情を買おうって訳じゃない。協力者に本気で協力してほしいだけに過ぎない。別に信じようが信じまいが私の語っていることは事実でしかないので、彼らの勝手だ。その部分だけは、私が言って何か変わる訳でもない。 「信じても信じなくともそれはあなたの勝手ですよ、チヨバア様」私は、里では裏切り者だ。「裏切り者が、何をほざいたところで、ただの裏切り者でしかないんですから」
「、お前は昔から皮肉ばかり言いおって…作り笑いばかり上手くなりおってからに…」 「今さら里に戻ったところで、ただの裏切り者としてしか扱われない」私は彼女に淡々と言う。「里に戻れと言われても、戻る気はありませんよ」 「…」 「動いていらっしゃるので、死んだフリは通じません。ついでに同情もいりませんから」 チヨバア様は完全に黙り込んでいる。 さて、そろそろ私が暁を裏切って彼らと共に行動しているということについて暁の連中に報告がいっているのだろう。私はそろそろだな、なんて思っていると下に暁の奴がいるのが見えたがどうやら彼は襲ってくる様子はないらしい。となると、今、報告が行くと言うことだろうか。焦燥感。ただ、急がなければいけないという想い。不安。本当に助けられるのかという想い。
「!」カカシが何かに気づいたらしく、「みんな止まれ!」と言って後ろの彼らを制した。私は眼前に立ちふさがる彼の姿が見えていたので彼の首元から下へと視線をはずした。「…誰?」ピンク髪の女の子が、呟く。背後で「うちはイタチだ」なんてカカシの声がする。 「久しぶりですね…カカシさん…ナルトくん」そんな彼の声が、後ろへと伝わる。
彼は、私に視線を向けて音量を下げて話しかけてきた。 「、やはりお前はここで寝返るのか」 「私が、この計画には反対していると何度言ったら分かっていただけるのかイタチさん」 「一尾の人柱力が原因か」 ため息をつくと、彼は私に一歩近づく。私は反射的に一歩下がって笠を取る。戦いとなるならば邪魔だ。私は背負っている太刀を抜く。 「そうよ、私は彼を助けられるなら何だってするの」 「とんだ神経だな、」
「何とでも言うといいわ」 赤黒い大刀を構えた私に、背後の彼らは目を見張った。カカシが「『紅梅』か」と言うのが聞こえる。 「チャクラの無駄遣いをしようとしない所がお前らしいと言えばお前らしい」 私とイタチが話しているその間にカカシとチヨバア様が私と同年代の二人に、彼の目を見るなという一連の解説をしてくれたようである。気配をたどるといつの間にか、彼が影分身で何体かに分かれているようだった。どうやら彼らもイタチの影分身と話していたらしい様子である。もう既に幻術にかかっているということか、そうでないのか。もはや既に手遅れのような気がしたが、きっと彼にとってこれはただの足止め。つまりお遊びに似たようなものなのだろう。だから本気で来るとも思えない。
「カカシさん、隙が出来たら攻撃してください」私は後ろの彼に向かって声を張り上げる。 「りょーかい」彼は、戦闘準備万端のようだ。「ナルト、こいつは俺と彼女がやる」 文句を言っているらしいナルト少年の声。それにカカシの声が続く。どうやらナルト少年が援護に回るらしいという状況が判断できた。私は目の前のイタチに刀を振るう。きっと本体ではないのだろう彼は避ける事無く紅梅を止めた。そしてポンと煙に変わって消える。彼は分身のようだった。すぐに後ろから気配を感じて紅梅で防御すると、カンカンと哀れな音が響いてクナイが二つ地面に刺さる。 「いい反応だな」 紅梅を腰の位置に構えると、黒い影が上から降ってくる。それを後ろに飛んで避けると、私がいた所は既にただのクレーターと化していた。どうやら幻術と影分身の合わせ技のようだ。面倒だな、と思いながら左から来た攻撃を紅梅で防ぐ。そのまま紅梅を横に振ってイタチを斬ると、またそのイタチも分身のようで半分に斬れたと思った彼は音を立てて煙となり消えた。なんてこった、三人がかりなのにな。なんて思っていても所詮手を抜いている彼のこと。きっとどこかに隙があるに違い無い。 「遅いな」イタチの声がする。気づけば彼は右にいた。私の影分身が、幻術にかかって消える。 「ずいぶんと、技を使いこなせるようになったじゃないか。感心したぞ」 右から来た攻撃を変わり身の術で受け止めて私の本体は上に飛んでその攻撃を避ける。上から重力のままに斬り下ろす。本体だと思っていた彼は、ただの分身だった。ボン、と音を立てて消える。 なんてこった、影分身だらけじゃないか。本体いないんじゃないのか。と思っていると、どうやら後ろでカカシとナルト少年が決着をつけたらしい。
「こいつは…」と呟いているカカシたちのほうへ近寄っていくと、砂の上忍が口から一筋の血を流して横たわっていた。やはり、本体じゃなかったのか。私は横たわって肉塊と成り果てて居るだけの彼に冥福をささげた。
助けた彼は死んでいた。もはや既に息がないということは、サクラが確認するまでも無く分かっていたことだった。人柱力として尾獣を抜かれてしまった彼はもはやすでに、動かない。動かなくなって、冷たくなってしまうということが嫌だったから、私は暁を裏切った。涙すら出ない。薄情な私。もう既に死んでしまった彼に、私は何もできなかったという無力さを痛感していた。ナルト少年が何か叫んでいるのが聞こえる。内容が何も耳に入ってこないのは、私の肉体が精神的ショックで周りの音声を認識するのを拒絶しているためだろう。しかし、涙すら出ない。肉体的にも、きっと精神的にも成長したであろう彼に、やはりかける言葉はない。ありすぎて出てこない。そして謝らなければいけないのに、肝心の彼はもういない。伝わらない。それでも、それを現実として認識するのを精神が拒んでいる。彼に触れたい。でも、触れてしまったら冷たいというのが分かってしまうから、触れられない。臆病な私。私は、暁の装束を脱いで布地を裏返しにして腰に巻いていた。そのままでは目立ってしまうから。装束の下に七部袖の白いカッターシャツの上に黒のベスト、そして黒のズボンに黒いヒールの着いていないブーツを合わせて履いているが、少し肌寒さは残る。しかし、現実感がない。逃げる途中で合流した、濃い顔の人たちも一緒だったが、ナルト少年が何か叫んでいる声のほかには、何も聞こえなかった。チヨバア様が立ち上がり、何事かはじめている。私はそろそろ、どこかに行かなければいけない。もうすぐ、砂忍たちが駆けつけてしまうだろう。私が立ち去ろうとすると、サクラに手を掴まれた。ギクリとして、彼女のほうを振り向く。首を振る彼女、なぜかわからずに首をかしげる。
「もう少し、待って」 「私は、里の人と一緒にいられない。抜け忍だもの、犯罪者よ?」 かすれたような声。声まで出なくなっているところを見ると、私は相当ショックらしい。 「お願いだから」私は、仕方なくその場に佇む。
「聞こえてなかった?」サクラは私に、ゆっくりと真剣な表情で言う。私はおずおずと首を縦に振る。「チヨバア様が蘇生忍術を使って我愛羅くんを生き返らせているの」 言葉の意味が、ようやく頭に入り始める。生き返るなんて、信じられないけれど、誰かから忍術は術者の死を伴うものだという事を聞いたことがある。いや、本で読んだだけかもしれない。それにしても、チヨバア様は正気なのか。彼女を振り返れば、今まさにナルト少年と共に蘇生忍術をしている最中だった。息が詰まりそうで。彼にまた会える、ということで胸が張り裂けそうで。でも、やっぱり会うことなんて出来ないから。
「私、ここからいなくなったほうがいいの」 そんな言葉しか、口から出ない。 「そんなこと言わないで!」 その声に、続いて派手な打音が続く。頬に、ひりひりとした感触が伝わってくる。頬をパーで思いっきりぶたれたらしい。状況が理解できなくて、彼女を見ると涙目になっている彼女が目の前にいた。目を見開いて、頬を押さえながら驚く。そういえば彼女の想っている、うちはサスケは消息不明だったか。私はとんだ無神経だったらしい。チヨバア様が、サクラに語りかけている。最後の言葉になるんだろうと思うと、私は胸が締め付けられたように苦しい。
「、お前はもう里に戻ってきてもいいんじゃよ」 「チヨバア様…」
私は、涙が出そうになった。信じられないけど、でも私はこれほどまでに里に戻りたいと言う気持ちがあったのかというほどに、目頭が熱い。暁にいた時には殺していた感情が、洪水であふれ出してくる水のように押し寄せてくる。彼が死んでいると聞かされても、出なかった涙は今目頭に溜まって今にもあふれそうだ。涙で目がかすむ。泣いてはいけないのに、忍者としては失格なのに。
私は嬉しかった。ただ単に、単純に。帰る場所があることが、嬉しかった。自分が、こんなに脆いと思っていなかったけれども。押し殺していた感情たちはとめどなく私の底から湧き上がって来る。ごしごしと、目をこするとチヨバア様が、私に手招きをしているのが見えた。私は、それに従う。チヨバア様の横にちょんと座ると、「あと少しじゃ、ワシとナルトの上に手を乗せろ」と言う。よく分からないまま、手を乗せればどうやらチャクラを彼に分け与えているようだった。これが、転生忍術かと私は冷静に驚く。これは相当な体力がいるようだ。さすがにこれは、チヨバア様だけではつらいだろう。チヨバア様がナルトに話しかけている。
「お前は我愛羅の痛みを知ってやることが出来る、唯一の存在じゃ……我愛羅もお前の痛みを知っておる。、お前もじゃ」 そういえば、彼も人柱力だということを思い出す。私は人柱力ではないが、彼女は私の気持ちを汲んでくれているのだろう。
「我愛羅を…助けてやってくれ……」 それを最後に、チヨバア様は話すのをやめる。私はどうすればいいんだろうか、考える。彼に、会って、話がしたい。謝って、ごめんなさいと言って。それだけ伝えられれば、もうそれでいい。だけど、私は一度彼を、里を見捨ててしまった。私は里を捨てた抜け忍で犯罪者。彼は、一国を担っている風影様。立場が、違いすぎる。途中で、カンクロウさんとテマリさんがいち早く駆けつけて、私を見てあからさまに驚いた。私は俯く。
「チヨバア様…ソイツは…」カンクロウさんが絶句している。 「詳しい話は、から直接聞くんじゃ」 そんな馬鹿な、と言う表情で彼らは私を見ている。 「一つだけこのババアが言わなけりゃならんのは、…こやつほど我愛羅を思っておる奴はおらんという事だけじゃ」 チヨバア様は続ける。「が里を抜けたのは、…我愛羅を…助けるためじゃったのだよ」 「じゃあ、あの暁が来たって言うのは…」テマリさんが、驚いて目を見開く。 「本当じゃ」私は、チヨバア様を見る。私は歯を食いしばる。 「…じゃあ、あれは全部本当だったっていうのかよ」カンクロウさんが驚いたように言う。 「ワシ等の…誤解じゃったと言う訳じゃ、…全部な」チヨバア様は続ける。「砂の忍として、…立派なこやつを…認めてやってくれ」 チヨバア様はまたしても、無言になる。そして、そのまま治療は終わった。莫大な不安感が私を襲う。 「、しばらく見ないうちに大きくなったんだな」 テマリさんが、少し仏頂面で私を覗き込んで話しかけてくる。私は慌てて我愛羅とナルト少年の手の上から、手を離す。 「そう、ですね」 私はどうしたらいいか分からず、精神的ショックと安堵で動きにくくなっている筋肉で、力なく微笑んだ。するとわしゃわしゃと頭をなでられる。わっ、と言って驚くとテマリさんはハハハと笑った。 「何、するんですか」訳が分からずに頭を押さえて、きょとんとしながら首をかしげると、彼女はアンタが陰気な顔してるからと一言。 疑問符を浮かべたような顔をしていたらしい私の目線に、彼女は目線を合わせるように膝を折りたたんで屈む。
「アンタがもしその気が少しでも残ってるなら、里に戻ってきてくれないか」 「でも、」私は言葉に詰まる。「私は一度、里を裏切っています」 「上には私等が理由を話すからさ。無理に、とは言わないけど」 「…でも、」私は、俯く。「そんな」 「、お前は戦力になる。暁の連中が今度攻めて来た時、対策を立てるのにお前が必要なんだよ」 カンクロウさんの言葉に、胸を打たれる。そんな優しい言葉を言われたら、戻りたくなってしまうじゃないか。そんな心遣いをしてもらったら、里で、暮らしたくなってしまうじゃないか。
「ありがとうございます…」私は、砂忍として、もう一度初めからやり直そうと決める。「…だけど、彼には会えません」 「え?」テマリさんが、意味が分からないと言うように疑問の声を上げる。 「私が会った所で、彼が嫌な想いをするだけですよ」私が被害者ぶっていると言われれば、それまでだけれども。「彼には私みたいな嫌な思い出を、思い出して欲しくないんです」 彼には風影として、私の存在を知らずに幸せでいて欲しいから。彼の幸せが保証されるなら、私は彼を見ているだけで十分なんだもの。
「馬鹿ね、」 テマリさんが呆れたように、ため息をついた。私は、またしても首をかしげる。彼らの話に全くと言っていいほど、ついていけない。反応が、出来ない。 「あなたが置いてった額あて、今どうなってるか知ってる?」 「捨てられたんじゃ、ないんですか」 当たり前だ。一本傷の付いた額あてなんて、そんなもの取っておいても仕方がない。捨ててしまうのは、普通のことだと考える。それが、間違っているということは、…まさか。 「取ってあるよ、我愛羅の部屋に飾ってある」 「まさか、」思ったことを、そのまま口走ってしまう。「そんな、…どうして」 「行って見てくるかい?」 ニコリと笑う彼女を目の当たりにして、どうすればいいのかわからなくて、あいまいに微笑んだ。
「アンタの事、忘れたくないんだろ。きっと」 「……そうですか……良かった…」 殺し文句だ。私は歯を食いしばる。安堵感が、襲ってきて全身の力が抜けていく。本当に、良かった。今なら、何でも出来そうなくらいに、嬉しかった。
「ほら、我愛羅、気が付いたみたいだよ」
「え」 顔を上げて、彼を見ればそこにはきょとん、としてこちらを見る彼が存在している。
「…、なのか」 彼が、私の名前を呼んでくれたのが、嬉しくてしょうがなくて。
「我愛羅、…良かった!」 私は、人目もはばからずに彼に抱きついていた。
私が、風影である彼の側近になる事に関して上層部の反応は冷たいものだった。当たり前だろう。裏切り者が里の一員として認められる事ですらも、チヨバア様の遺言だという事で上層部にはしぶしぶ了承されたにすぎない。これだけでも、テマリさんとカンクロウさんがどれほど苦労したかしれない。それだけでも申し訳がないというのに、今度は側近と来たものだ。上層部が顔をしかめるのも無理は無い。しかしそれが風影様直々の命であっては、彼らは全員顔をしかめることしかできなかったのである。つまり、私は彼の側近になることになったと言う事だ。私はぼんやりと、彼の部屋の中で一本傷のある額あてを眺めていた。懐かしい、昔の記憶。今は亡き、暁の連中の記憶。
赤砂のサソリの死体(といっても傀儡だからあまりグロテスクなものではない)を捜査藩と一緒に見に行った。やはり暁の指輪やら重要そうな証拠はなくなっていたものの傀儡たちはそのままだった。修理してしまえば使えそうな傀儡もいくつかあって私と捜査藩たちは彼本体の傀儡と損傷の少なさそうな傀儡をいくつか持ち帰ってきた。今は多分、カンクロウさんの部屋か研究室にあるのだろう。私は、少し複雑な気分になりながらも額あてにおそるおそる手を触れる。もう、戻れないと思っていたあの時。私は、半分彼にはもう会えないのだと思っていた。もう二度と話す事は出来ないと、覚悟を決めていた。
あれから、数年。今、私は彼の近くに居ることが出来ている。それはチヨバア様やテマリさん、カンクロウさんのおかげだという事は言うまでも無い。けれども、私は暁の連中にも知らず知らずのうちに助けられていたと最近気づいてしまった。信じる事なんて出来ないと思っていた、彼らに助けられてしまっていたのは私だった。情報はもちろん、分かる事は我愛羅と里のために使うつもりだが、罪悪感は少し残る。でも、私は今とても幸せだった。自然と笑みがこぼれる。人間はみんな愚かだ。そんな事は、分かりきっていたけれど。自分の幸せのために、仲間を売ってしまうという行為をしている自分が酷く醜い生き物のようで自嘲する。それでも、私は我愛羅のために生きる事を決めているから。彼がもう二度と危険な目に会わないように、彼を守るのが私の役目だから。彼を守るためになら、何だってできる。里を抜けても、暁に入っても、その想いが曲がる事は一度たりともなかったから。これから何が起ころうとも、その気持ちは変わる事はない。そして私が我愛羅を好きだと言う気持ちも、絶対に変わる事はない。確証は、ある。理由は、先ほど述べた通りだ。 私は、まだ新しい額あてをポケットから取り出した。上にかざして見る。キラリと金属の部分が白く煌いて、とても綺麗だった。昔の額あてと並べてみればその差は歴然。ま、それもそうかと思って私は新しい額あてを左腕に巻く。
「、ここに居たのか」
「我愛羅」私は思いなおして、言い換える。「今は、風影様と呼んだほうがいいかしら」
「…そのままで構わない」彼は、開いたままだった扉から部屋の中へとゆっくりした動作で入ってくる。「上層部が、お前を呼んでいる。暗部へ入隊をしろとの事だ」
暗部へ入隊。それがどういう意味か分からない私ではない。事の重大さも分かっているつもりだ。 「私が、」驚きで、言葉が出てこない。「暗部に入隊」 彼が静かに頷く。なんだか、遠い世界の人みたいになってしまった彼だが、根本的な部分では昔とあまり変わっていない。しばらく見ないうちに、声も若干低くなっているし私より背も高くなっているし、何か頼りがいのありそうな格好いい人になっているけど、笑った顔は昔と一緒。私はやっぱり彼が大好きだと再確認する。でも、彼のほうが強くなっていて悔しくないと言ったら嘘になる。でも、それに対して嬉しい気持ちもあったりするので、自分自身よく分からない感情に流されている気分で変な感じだ。
「行くぞ、会議に遅れる」 にこやかに微笑む彼が、額あての前で呆然としている私の手を引っ張る。 「うん」
しばらく会わない間に、私よりも大きくなっている彼の手を握り返しながら私は高鳴っている鼓動を抑えるのに必死だった。
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