今日は図書委員の当番の日だった。図書委員の当番というのは、図書室でカウンターに座りぼーっとしながら時間を潰す単純な作業であり、最も何もやる事のない暇な作業だった。私は文字通りぼうっとしながら、図書委員の職務を全うしている。図書委員の当番は一週間交代で、おのおの好きな時間帯を選んで図書室にこもる。大抵が二人ペアのこの当番だけれど、どうやら私意外に人は見当たらない。サボっても、まあ別に支障もない業務なので私はカウンターに一人いればいいんじゃないかと考える。今日の笑点は間に合いそうもないので、きちんと予約録画してきた。なんと偉いのだろう、私は一人にやりとする。業務は6時に終了だ。本来は授業後一時間のはずだったのだけれど、どうやら今日はその類ではないらしい。なぜなら四時から地味な作業である蔵書点検があるからだ。あと三十分か、と私はため息をつきながら周りを見回す。
 図書室には、様々な蔵書がコーナー別に分けられており、おのおのが好きなものを何冊か借りられるようになっている。一週間で3冊だったと思う。期限内に返さない奴には、先生から返却しろとの叱咤激励が下る。天誅、天誅。ざまあみろ、と言わんかぎりの視線をたまに送ってみるが、いっこうに返しに来ない奴も何人かいて、そんな奴らは滅びればいいと何度思ったことか。社会のルール一つ守れない奴は失礼極まりないと思う。
 今日も両手の指で数えられるほどの人数しか図書室には入っておらず、自習用の机のほとんどはその職務を全うせずに暇そうにしていた。席に座っている学生は学生で、おのおの受験勉強をしたり、読書に耽ったり、授業で出されたと思われる宿題をしている姿が多かった。私の存在は気にも留めていないようだ。私は適当に返却された本の山を見る。返却された本は図書室の区分によって、元の場所に戻しておかなければならないというのが図書委員の決まりごとだったはずだ。ではなぜここに本が山積になっているかと問われれば、それは昼休みの担当がサボっていたか午後になって急な返却ラッシュが続いたかのどちらかだと推測できる。基本的に前者が多い事は言うまでもないけれど、あえて後者のほうがなんとなく響きがいいなあと思いながら、私はその中の一冊を手に取った。


 「ドストエフスキー」
 こんなのをわざわざ借りていくなんて、変な奴だと苦笑しながら私はぱらぱらとページをめくった。有名な本だというのは分かっていたけれど、私もまだ読んだ事はない。ぱらぱら。ページの掠れる音が耳に心地よい刺激を与える。主人公はラスコーリニコフ。頭脳明晰、容姿端麗だが貧しく一風変わった青年で独自の思想を持っている。私ならばきっとこのような英雄思想は持たないだろうし、たとえ持った所でこのような行動にはでないだろう。というのも、私がここまで貧困にあえいでいるわけでもなく、主人公よりもずいぶんと平和な環境で育っているからだ。所詮考えるのは奇麗事で、ただの言い訳と戯言にすぎない。
 ぱらぱら。ページをめくればめくるほどに、随分と古風な文章だとも思う。読書感想文でこれを書く人もいたらしいけれど、私にはそこまでチャレンジャーなことは出来ない。確かに使いやすい題材ではあるかもしれないのだけれど。ぱらぱら、とまた私はページをめくる。そういえば。私がふと、思いついたときだった。「よぉ」という、つい最近聞いたような声が、頭上を掠める。私は、ぱっと顔を上げるとそこには浅黒い肌の彼がいた。


 「あ」と声をあげたものの苗字が出てこない。「くろ、黒、黒……」と言いよどんでいると私が思い出すよりも先に「黒川」と黒川君は言った。そうだった。彼は黒川君だった。私は何食わぬ顔で会話を切り出す。


 「黒川君、どうしたの?」
 「代理」
 「ふーん」
 そうか、と思いながら私は黒川君がカウンターに入ってくるのをぼうっと眺める。とてつもない安心感があった。一度守ってもらったという実感しかないものの、なんだか他の人とは違う空気が流れているのを何となく感じた。他の人と居る時とは時間の流れ方や概念から何かが異なっているのかもしれない。私はそう言えば黒川君は翼さんと同じサッカー部だった事を思い出す。


 「今日は蔵書点検だけど部活はいいの?」
 「あー、今日は休みだな」
 「そっか」


 会話終了。運動部なのに珍しいと思ったけれどあいにく私は帰宅部だったのでイマイチ比較対象が分からなかった。ちょっとした憶測である。手元にあるドストエフスキーをぱらぱらとめくりながら、ううむ、と唸る。確かに面白くない話ではないけれども、やっぱり何かなぁ、と思いながら返却手続きを終えてハンコを押した。「お、ドストエフスキー」と黒川君が反応する。「好きなの?」と返却された本を差し出せば、「読まないこともないくらいだけどな」と返答が返ってくる。


 「へぇ、こういうのも読むんだ」
 「どういうの読むと思ってんだよ」
 「まあ分からなくもないかもしれない」
 ちょっと哲学的なところもあるし、大人っぽいし、と言えば彼はケラケラと面白いモノでも見たかのように笑った。
 「だろ?」
 「認める」


 出されたガッツポーズに、こんな人だったかな、なんて思いながら冗談交じりな拳を軽くぶつけあった。黒川君ってやっぱり変な人かもしれない。私に名前を覚えられるくらいなのだから、きっと変わった人には違いないのだと、ちょっとだけ思う。ちょっと、楽しい。

























君のとなりで育つ依存


(20120105:ソザイそざい素材 おおよそ2年のブランク(