「信じらんない、僕と誰を間違えるってんだよ」


 授業後のグラウンド練習に入ってからというもの、我らがキャプテンである椎名翼はイライラとしたオーラを放ちながらその端正な顔を歪め、怒りを露呈していた。今にも物にあたって鬱憤をはらさんとばかりで、非常に分かりやすい怒り方である。どうして彼が怒っているのかといえば、どうやら昼休み中に彼のもとを訪れて嵐のように去っていった少女のせいだというのだが、これがまただったというのだから俺は噴き出して笑いそうになってそれをこらえる。


 「人違いでしたの一言で済まされることじゃないだろ。ったく何なんだあの女」


 しかし珍しい事もあるものだと思う。いつもならばこんなに一人の人間に対して執着してぐちぐちという事はあまり無いはずなのに。おそらく彼女に何も言えず逃げられてしまったという事が相当に悔しかったのだろう。そこまで推測して、俺は重力に逆らえずに落ちてきたボールを蹴り上げてリフティングを続ける。


 「僕を一体誰だと思ってんの、まさか僕の事を知らないなんて女がこの学校にいるなんて思いもしなかったしそれに呼び出しておいて人違いでしたなんていい度胸しやがって。しかもその上に全力疾走で逃げるってどうなんだよ」翼はマシンガントークを続ける。「信じらんない」


 「珍しいじゃねーか」
 「何が!」
 思った事をついつい口走っていて怒りの矛先がこちらに向きかけた事に気づき、俺は少しぎくりとする。ぽんとボールを蹴り上げて落ちてきたボールを足で止める。
 「それだけの事でアンタが怒るのなんて珍しーと思っただけだよ」


 「いつもの事だろ!」
 ムッとした表情で怒りをこちらにぶつけてくる。
 「へいへい」
 適当に受け流すと、「マサキ!」と怒号がとんでくる。へらりと笑ってそれをかわすと、彼はよけいに募らせた怒りをナオキへと向けた。ナオキのほうを見れば、ふとその後ろの校舎の中から、翼の怒りの元凶を作ったと思われる彼女の姿がひょこひょこと出てくるのに気づく。見つかんねぇといいな、と彼女に心の中で呟いて視線をはずしてリフティングを始めれば、「いた!」という声とともに翼が5・6メートル離れた彼女の元へとずんずんと向かっているのが視界の端にうつった。
 あーあ、残念だったな。と思いながらしばらく様子を見ようという考えで彼女の方へと向かったその背中を見送る。


 「ちょっと」と声を掛けているのがここからでも聞こえる。「お前、人に声掛けられてんだから止まったらどうなんだよ」
 思いっきり喧嘩腰だった。彼女はびくっとして立ち止まる。それもそうだ、逃げるくらいだからよっぽど危険信号を感じたんだろう。俺がリフティングをしながら横目で見ていると、ナオキが「アレ、止めんでもいいんか」なんてその様子を指さした。
 五助も六助もとばっちりは食いたくないよなあ、と眉を潜める。ナオキも口を尖らせるが、何か思いついたように「あ!」と声を上げる。


 「って、そういやあの子、どっかで見たことあんなぁ」
 どこやったっけ、と考えはじめる。「いや、せやけど知らんなあ…」
 「馬鹿、しらねーのかナオキ。ミス飛葉のだろ」横から五助が口を出す。「俺だって聞いたことくらいはあるぞ」
 「俺、同じクラスだぜ」六助が少し自慢げに言う。
 「ああ、去年のミス飛葉のお嬢ちゃんか!」
 ナオキはぽんと手を打つと、なるほどなあと納得したように頷いた。「そりゃ、俺かて知っとる訳や」


 「せやけど、何であのお嬢ちゃんは翼に喧嘩売られとるんや」
 ナオキは眉を潜めた。
 「さあな、」俺は言う。「本人たちに聞けば一番手っ取り早いんじゃねーの」
 「せやな!」一度ナオキは了承しかけたが、そこは関西人だからというところだろうか。「ってなんで俺があんな中に飛び込んでいかなあかんねん!」
 死ぬやろ、とナオキは裏拳をくりだした。


 「うわ、出るぞ、翼のマシンガントーク」怒り勃発だったもんなー、とか言いながら五助と六助がこちらに寄ってきて翼の様子を伺いながら苦笑する。
 視線の先を見れば、今にも爆発しそうな翼がいる。


 ヤバくなったら止めに行くかなんてアイコンタクトで暗黙の了解をして、俺たちは状況を見守る事にする。
 チリチリと胸の奥で何かが焼けるような音が、した。

























まっしろな火傷


(20100325:ソザイそざい素材 そんな訳で翼さんマシンガントーク編(