私は、土曜日の今日いそいそとコンビニへ向かった。朝、コンビニに行けばそこには不良の姿はまだなく平穏そうなコンビニを装ったそのコンビニが目に飛び込んでくる。果たして彼がいるかどうかは一種の賭けに近いものだったけれども、それでも彼に何か御礼をしなくては、なんて思う私がいた。
 一言もお礼を言っていないのは私個人として非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだから、私は少し使命感に刈られながらコンビニの自動ドアをくぐる。ウィーンと音がする。今日もご苦労様、自動ドア。ウィーンと自動ドアがタイミングよく閉まるので自動ドアから返事を返されたような感じがして、何だか少し変な気分になる。店員さんはいないのかとレジを見ればいない。職務怠慢かとぼんやりしていると、後ろから声をかけられた。雑誌コーナーだ。


 「よォ、また来たのか?」
 「あ」
 強面で色黒、昨日の人が背後に立っている。私はシュークリームを差し出そうか否か少し迷っていると、どうかしたのか、と問いかけられる。
 「い、いえ、なんでもありません」
 「まァいいけど」ちらと私のほうを一瞥すると、彼はレジへと戻っていく。


 い、意味が無い。私の行動にはとても意味が無い。
 さっきシュークリームを渡せばよかったのだけれども、結果的に今の現状を見る限りではなにか買うくらいしか彼に話しかけに行くタイミングがつかめない。せっかく渡そうと思って持ってきたシュークリームなので渡さなければ意味が無い。わざわざ持ってきたのに、また持って帰ると言うのも何だか癪だった。そういえばコーヒー、と私は三段目の棚思い出してコーヒーのコーナーでキリマンジャロブレンドのコーヒー豆を手に取る。これでしばらくは安泰だった。顔も自然と緩む。ゆるゆる。財布も確かジャケットに入れっぱなしだったので、寝ぼけて出してさえいなければ入っているはずだ。私はジャケットのポケットをぽんぽんと叩いて確認すると財布は確かにそこにあったので、コーヒー豆を左手に、シュークリームを右手に持ちレジへと向かった。よし、渡さなければ。
 相変わらずの事だが、このコンビニに一般客の姿は見受けられない。さすが、空気を読んだコンビニだった。


 私はレジで、コーヒー豆をぽんと置く。このコンビニ、コーヒー豆なんて売っているならもう少し早く私は常連になっていたはずなのに。惜しい事をしたと思う。彼は手馴れた手つきでピッとバーコードを読み取るとレジスタになにやら数値を打ち込んで、値段を言う。私が、シュークリームを台においてジャケットから財布を出すと、千円札を中から取り出す。


 「284円のおつりです」
 おつりを受け取って財布に入れる。レシートも貰ってしまったので一緒に入れる。
 「あ、あの、」私は意を決して、シュークリームを持って彼にずいっと差し出す。「よかったらどうぞ!」
 「え」
 「じゃあ!」
 私は顔を上げて、だっと踵を返す。もう限界だ。
 「おい、ちょっと」


 私は、テープを張ってもらったキリマンジャロブレンドを持ってたたたっと自動ドアを抜けて疾走した。制止の声なんて、聞けないくらいに気が動転していた。取りあえず何だかもうよくわからないけど渡せたからいいだろう。お礼という事できっと受け取ってもらえるはずだ。きっとそう。うん、そうに違いない。私は一人自己完結する。
 帰ったら牛乳でも飲もう。ホットミルクにして、飲もう。
 私は徐々に歩調を緩めながら、はあはあと上がる息を無視して思いっきり深呼吸した。すう、はあ。若干呼吸も落ち着いてきて、私はゆるやかな歩調へと完全に切り替わる。後ろから追ってくる気配は無い。彼は今頃呆気に取られて固まっているのだろうか。なんて考えながら、私は何て事をしたんだろうとその場にうずくまる。



 ああ、恥ずかしい。
 もう、何で渡しちゃったんだろう。
 お礼言ってない。


 ――あ、お礼言ってない!



 私はすっくと立ち上がる。でも今更コンビニに舞い戻れるはずが無い。私はコンビニを一度振り返って、また今度行こうと家路に着いた。  帰ったらホットミルクを飲もう。落ち込んだらこれに尽きるから。これを飲んだら、きっとなんとかなるから。私は自己暗示に近いことを頭の中でぐるぐると考えながら、マンションのロックをはずして、ぶおーんと開く自動ドアから中へと入った。何となく郵便受けを見てみると、親からの何か手紙と小包がたくさんあった。その内ダンボール来るだろうな、と思って私は中に入っているものを取り出す。


 五階分の階段をのろのろと上がる。
 気分は最悪だった。いや、そもそもシュークリーム渡せたのだからよかったものの、それに集中しすぎるあまり気が動転してお礼を言う事まで神経が働いていなかったと言うのは危惧すべき事態である。よもや笑いごとではなく、これはただの不審者じゃ、なんて予感がよぎった後にわたしはぞおっと背筋が寒くなるのを感じた。なんなんだ、私は。何がしたいんだ。
 ガチャリと玄関ドアを開けて、部屋に入る。部屋に入ると、もわあんと甘いにおいがした。何の匂いだと匂いの元をたどってみれば、おそらくそれは昨日のアイスクリームだろうパックから匂いが漂っているようだった。
 あまいあまいバニラミルクの匂いが、部屋に充満してふわふわと漂い私を小ばかにしているように思えた。
 私は思わず、むっとして冷蔵庫の中の牛乳を乱雑に開けてマグカップに乱暴に注いでレンジに入れる。


 なにもかもみんなアイスみたいにドロドロに溶けてしまえばいいんだ。

























惰性のミルク


(20100312:ソザイそざい素材