「おい、」店員は、不良に言い放った。「嫌がってるだろ」
 「お前に何がカンケーあんだよ」


 ああ、と威勢良くガンを飛ばす不良は、少し焦っているようにも見えて私はこの人も人間なんだなあなんて少し思う。店員の服装にビビッてるんだ、なんて思うと少し笑いがこみ上げてきたけれどここで笑ってしまっては両者に失礼だ。私は必死に笑いをこらえる。そうそう人質に取られて、ちょっと犯人が人間くさい所を見せるとコロリと犯人っていいかもなんて思う、あれ、なんだったっけ。そうだ、確かストックホルム症候群。
 思い出したところで何もでないのだけれど、少し笑いたくなる気持ちがおさまる。


 「店の前なんで、やめてもらえますか」
 「別に外でやってんだからカンケーねーよ」
 「客が入らないんで、」店員は不良を指差す。「そういうのやられると」
 「何だよ、文句あんのかよ」
 ありまくりだよ、きっと。このコンビニ、ほとんどこの不良たちのせいで人が入らないのだから当たり前だ。文句がありすぎて尽きやしないとさえ思う。

 「あるぜ、山ほどな」
 「チッ、」不良が舌打ちをする。「メンドーな奴だ、」そこで、不良が動いた。「な!」
 言いながら、肩に手を置いていた男はひらりと男に殴りかかるがパシッと男はそのこぶしを右手で受け止める。浅黒く日に焼けた肌をしている、タイにいそうなアジア系の店員は、不良の2撃目(右手のグーパンチだ)をひらりと下に屈んでよける、そしてそのまま不良の足元に回し蹴り。べしょ、という音。
 不良がうめきながら立ち上がる。


 「…いくぞ、」切った口元をごしごしっと額ランの袖でぬぐいながら、不良は足早に大通りの方へ向かって歩き出していた。
 「ダッセー」「うっせー」
 口答えをする元気はあるんだなあ、なんて思っていそいそと逃げ帰るようにして去っていく不良三人の後姿を見送る。




 「大丈夫か」
 ふと後ろから声をかけられて、びくうっと肩が震える。「おいおいそんなにビックリしなくても」
 軽く傷つく、といいながら店員は控えめに笑った。
 「だ、大丈夫です」
 店員がとてもフレンドリーに接してくるものだから、私は少し焦る。


 「怪我は?」
 「してないです!」
 「ああいうのがいるから、ここのコンビニ」店員は苦笑する。「近くの奴らって来ないんだけどな」
 「そ、そうですよね。…近くに住んでるので知ってます」
 私は少し恥ずかしくなって、店員の顔を見れなくて俯く。ぎゅうっとコーヒーを両手で握り締める。すっかりコーヒーはぬるくなっていた。
 「え」
 「あ、ちょっとコーヒーが急に飲みたくなって! 不良とか怖いんですけど、近いのってここくらいですから」
 店員はぷっと吹き出して、何か留め金が外れたかのようにケラケラと笑った。私はぱっと顔を上げる。
 「わ、笑い事じゃありませんよ!」
 「わ、悪ぃ悪ぃ」店員は平謝りする。「でも、俺が助けに来なかったらお前連れて行かれてただろ」
 「あ、」私は口に手をあてて、もごもごと口ごもった。「それは、その」
 「やっぱり、おもしれぇ、」店員は笑いながら言う。
 「おもしろくないです!」


 私がむうっと膨れると、店員はまだ笑いが収まらないようでひいひい言いながら笑った。何か言おうとしたけれど、ケラケラと笑った。何か途中で言っているのが聞こえたけど、「あー腹いてぇ」とかそんな感じで私はちょっと笑われすぎて恥ずかしくなる。なんでこうも私は笑われているんだろうと考えて、少しばかばかしくなってきたので私も一緒にクスクスと笑った。


 「ま、なんだ」店員は笑いが収まったらしい。「来るならいつでも来いよ」
 「え?」
 「また不良に絡まれてたら助けてやるから」
 「あ、」
 私は自動ドアのウィーンという音と、彼の背中を、ただぼんやりと眺めていた。細く見えるのに意外としっかりとした、がっしりとして頼れる背中だった。そしてニッと笑う人だった。振り返ってニッと笑って、口で「じゃあな」と言ってるのが見える。私も慌てて「さよなら!」と言って、その場から走り去る。


 100メートルほど走ったところで、ふっとお礼をいえてない事に気づいて振り返る。全国チェーンのコンビニは少し明るく見えた気がした。お礼を言うのはまた明日、でいいかな。私は、進路を家へと定めて、前を向いてぽてぽてと歩き始める。妙に春風の寒い日だった。私は頭の中で、春風のばかやろー、と叫んで吹いてくる風をいまいましく受け止めた。風に対して受動態でしかない私に、彼らは容赦なく吹き付けてくる。寒い。

 しばらく迷って、私は結局マンションまで走る事にした。オートロックの何か豪勢なつくりに見えるマンションだけれど、まあ実の所2LDKに3つ個室がついているだけだ。普通のマンションも家族で住むならこれくらいだろう。私はほとんど海外出張の仕事で年に2・3回しか帰ってこないエンジニアの父親と、ファッションデザイナーで世界を飛び回っている母親の顔をうっすらと思い浮かべながら玄関口で部屋番号を入力し、鍵を差し込む。自動ドアが開いて、私はマンションの中に入った。
 階段を上がって五階。エレベータは止まると怖い思い出があるので使いたくはない。


 私は自宅ドアに鍵を差し込んで、カチャリと言う音を確認した後にドアを開ける。
 適当にブーツを脱いでそろえて右端の方に置く。とてとてと廊下をスリッパで歩き、キッチンへ向かう。食器棚の三段目の空席を見る。コーヒー、今度スーパーにでも買いに行こう。私はまな板のうえにコーヒーを置いて、冷蔵庫の中から昨日友人から貰ったシュークリームの箱を取り出して中身を開けた。6個もある。二個くらいだと思ったんだけれど、予想外れもいいところだった。友人は何を考えているのだろうか。6個ってどういうことだろうか。


 「ああ、どうしよ」
 コレステロールの取りすぎで何かどうにかなる。二日後までだから、単純計算をして二個ずつとなる。でも、毎日シュークリームも考え物だ。おいしいけれど、それとこれとは話が別のような気もする。そのうえ、このシュークリームは生ものだ。せめて日持ちのするものなら、もう少し冷蔵庫に入れておいても大丈夫なのだろうけれど。ああ、そうだ、渡しに行けばいいのか。考えて浮かんだのは今日の恩人。そうか、そうだよ。私は少し自分で自分が冴えていると思った。明日4つを残して渡しに行こう。


 とりあえず、私は今日、シュークリームを二つ皿に出して、残りを冷蔵庫へとしまった。皿と一緒にまな板のコーヒーも一緒に持ってダイニングへと急ぐ。  笑点を見なければ、と私はテレビをつけた。欠かさず見ている、超素敵番組だ、見逃すようなヘマはあまりしたくはない。
 シュークリームを一口かじる。コーヒーに、付属のストローを刺す。
 ぴいん、と静電気のばちばちっとした音がして、ブラウン管の大きいテレビからちゃんちゃんとおなじみの音楽が流れ始める。

























縋りつく背中が目の前にある幸せ


(20100312:ソザイそざい素材 黒川君はこの時点でヒロインを知っている?(