廻れ 廻れ
   お前は既に、手のひらの上






 初めて彼に会ったのは、確か任務の途中だった。そのとき既に上忍だった私は、ただ足手まといが増えたとしか考えていなかったのだが、まあ取り合えず中忍になったばかりの彼に愛想よくしておいた。名前は確か奈良シカマルとか言ったか。まあ興味は無いので心の片隅にとどめる程度だった。


 「敵は五人、ノルマ二人ずつ殺って逃げる、以上」


 全員に敵と言われた奴の写真を見せて、内容を手っ取り早く説明して、終止符で締めくくる。
 これが私が独自に生み出した私の説明パターン。真似する奴は、まず居ない。最初はきちんと説明していたが、だんだんと省略されて今に至る。面倒くさいわけではない、覚えやすさ重視なのだ。
 私の説明は女らしくないとか、ぶっきらぼうだといつも怒られるが、そんなことはどうでもいい。どうせ聞いても人間の脳味噌では六割ほどしか記憶されないからだ。ある程度の人の記憶は、どこか別の時空に吹き飛んでしまうらしい。どうしてこうも周りの連中は阿保ばかりなのだろうと生まれてきたこの環境を呪った時期も無くは無かったが、そんな事を考える時間が無駄だということに10秒後に気づいてやめた。そんな事をする時間に10秒も費やしてしまった自分に嫌気がさした。
 私が上忍になった時にはもう既に『はたけカカシ』という奴が暗部からはずれ、ただの上忍になりさがっていた。そんなに昔というわけでもなく、最近というわけでもない。私の年齢で当時上忍になった者は少なく、今となっては十本の指で数えられるほどに減ってしまった。ようだ。詳しいことはあまり知らないが、死んでしまった友人たちには冥福をささげる。
 中にはまあ、やっぱり『初恋の人』という肩書きの人とかいたような気がしたが、それも回りに流されて適当に答えた名前のひとつに過ぎない。忍者たるもの、時には嘘も必要だ。…というのもまあ、恋も愛も興味が無いだけなのに無理やりせがまれて答えた名前の一つにすぎなかったのだが。


 「普通、これ、暗部とかの仕事じゃねーんですか」
 「こういう簡単なのは、上忍とか下っ端の仕事。ほら今、ごたごたしてて忙しいし」
 「めんどくせーっすね、上忍も」
 「それに付き合わされる中忍の君も面倒だよね」


 交わした簡単な会話。「違いねーっす」と、いかにも面倒くさそうに答える返答はとても印象的だった。昨今はいかにもだるそうにだらだらと語尾を延ばす若い奴も居るがまあ不快といっても過言ではない。しかし、こいつの場合は意図して面倒くさそうに振舞っているようにしか見えなかった。いや、心底面倒くさいのかもしれない。私から見れば、どうも計り知れない変なやつだった。だから特別不快というわけではなく、逆に面白い奴だと印象に残る。
 私が「ま、油断はするなよ新人」と言うと、「言われなくても」と返してくるあたり生意気だと思う面もいくつかあるのだがまあ若気の至りっていうのもあるのか、と二・三年の重さを少しばかり思い知った気がした。





 「何だ、手前等」


 挑発的に、尚且つ威嚇しながら言葉を発してくる眼前の山賊。どいつもこいつも山賊なのでごつごつとした筋肉をしており、いかにも『山賊』というのを主張しているようだった。だからと言って、この彼らよりも筋肉の少なく見える私よりも弱いと言うのだから驚きであろう。ま、油断と言うのは時に命取りになるのでしないに限るのだが。


 「悪い事する君たちを討伐しに来たんだぞ☆ 名乗るつもりなど毛頭ないけど」
 「「「何だとおおおお!」」」


 挑発に見事に、それも綺麗に彼らが乗ってくれたことを確認すると、ニヤリと自然に笑みがこぼれる。…らしい。私としてはひどく冷静に彼らをどう殺し料理してやろうかと考えているわけだが、それが顔にも出てしまうようだ。…今後注意しなくてはいけない点の一つである。私がいつも通りの手を使った、と私とよく組んでくれる彼は呆れたようにボソリと呟いた。


 「全く、またこれかよ」
 「『また』って…、よくやるんすか さん。このアホくせー挑発…つーかキャラ違うし」
 「そうなんだよ、呆れるだろ? この挑発で怒った相手の動きは単純になる。それを彼女は利用してるんだけどな」
 引っかかるほうも引っかかるほうなんだよなあ…だからほら、こういう奴にしか使えないんだけどね。と彼が新人である奈良にコソコソと説明しているのが聞こえた。全く身勝手な奴らである。使える手は使うのが私流だ。


 「さ、誰が最初?」
 「また弱そうな女、あっという間にミンチだぜ」


 山賊の一人が古典的な斧を持って一歩前に出た。といってもその大きさは尋常ではないほど大きく、大よそ七尺はあるだろう巨大斧である。普通の人間ならばビビッて何もいえなくなるほどにデカイそれは、木ノ葉きっての戦闘好きである私にとっては良い獲物としか映らないもので。一人目の犠牲者である可哀想な山賊を見て、取り合えず手始に血祭りに上げようと考える。


 「憎まれ口を叩ける口が存在するのも今のうち」


 そう言うと一瞬にして斧野郎(名前はわからないので割愛)の背後に回る。斧野郎は呆気に取られたように背後に向かって斧を大きく振ったが遅い。それを素早く上に跳んで避けると、頭上から蹴りを入れた。斧野郎はそれを当たる寸前で左に交わすと斧を構えて悔しそうに奥歯を噛み締めた。



 「畜生、忍者だけに動きは人より、」
 言いかけたところで、もう既に動き始める。御託が長い奴は隙だらけだ。全力を出せば強いかもしれないが、こういう奴の話に付き合ってられるほど、私も暇じゃないって事。
 「早いって、」
 ホントは、君が、遅すぎるだけって事なんだけど次の言葉まで待っている時間がもったいないので距離を一瞬で詰める。相手が目を見開いて命の危機に瀕したような顔になるのをなんとなく確認した後に持っていたクナイを手にして彼が言っていたミンチとやらに彼を し て あ げ る ことにした。
 「ほんttgぐああああああssjdfdssfぁうぇあsたうqうぇうlf」
 四方八方、前後左右、古今東西までは行かずとも、彼は攻撃に対する防御をする間もなく徐々に腕、首、頭、足、腹、背中、関節などがたった一本のクナイにより切り刻んでいく。もはや私の姿は戦闘慣れしている人間でなくては目で追えないほどに早く、とても彼の反射神経ではついていけるものではなかった。しかし彼は必死の抵抗の中、彼は斧を振り下ろそうと手を上げたのである。
 「いやいや、」ggggggggggggggドスガガガガggggggggggggggガガガガガガガガガザシュガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガggggggggggggggガドゴガガガガガガガガガガガガガ「動きだけじゃなくて、」ドガガガガガガガガガガガガガggガガガガガガガガガガガggggggggggggggガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガggggggggggggggガガガガッガガガガガガガッガガガガッガガガッガガガガッガgggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggg「戦闘能力も君より格段に上」
 ザシュ、という気の抜けたような音とともに最後に致命傷となる心臓に突き刺したクナイを引き抜いた。もう既に返り血で衣服が多少汚れてしまったが、まあ血液が布の大面積に付着しているわけではないので一安心。
 斧野郎は既に斧を取り落としており、何も役に立つことの無かった斧が虚しくガランと倒れる音が響いた後、無残に血を撒き散らしながら地面に真新しい真紅の華を咲かせた。



 「あー無様だねえ、アイヅの奴。じゃあ俺そのひょろ長い奴と一戦頼むよ」


 先程の奴はアイヅという名だったらしい。私の先程の殺人劇にビビッたのか、ため息までついて同じ班の彼を指差した。先程から同じ班の彼を彼としか呼ばないのは単に名前を忘れてしまっただけで、ちょっと長年ペアやってるもんだから聞くに聞けなくなったという残念な例である。人に余計なことを説明させるなよ…っていうのはまあ置いといて。話を戻すが、彼らもそうとうビビリであるような気がする。同じ事を思ったのか、山賊の中で一番背が低くて鈍そうな奴が、口を開いた。


 「風間―、お前なあ、とんだビビりだなあ…。――じゃ俺、残りの小さい奴」
 「人の事言ってる場合か、バカか太之助」浅黒い肌をした、顔面に十字傷のある、黒髪短髪の奴が言う。
 「ヒャハハハ、太之助のビビリー」変な奇声を上げながら、黒い艶のある長髪をポニーテールにした奴が言う。
 ぎゃあぎゃあと喚く残り四人の山賊に、「じゃ、次は誰?」と痺れを切らした私から冷たい言葉が投げかけられる。
 ゾクリと背筋に何か恐ろしいほどの殺気を感じたのは四人だけではなかったが、味方側の二人は平然としている様子だ。まあそれもそのはずだろう。なにせ、味方なのだから殺される心配などまず無いからである。すると私の質問に答えたのは山賊のうち、仲間の『太之助』を馬鹿にしていた二人だった。どうやら二人いっぺんに退治されに来たらしい。おいおい、女一人に二人がかりで倒しに来るとは…お前らも人の事馬鹿にできないだろう。と私は彼らを見てあきれ返った。


 「お前、まあそれなりに強いようだし、俺たちで相手してやるから感謝しろ」
 「ヒャアッホウ、血が騒ぐぜッ!!」


 そう叫ぶや否や、変な奇声を上げるポニーテールの男が短刀を両手に持ち、勢いのついたバネのように走って向かってくる。なるほど、先程の奴よりは手ごたえのありそうな奴だと感心していると、奴はナイフを私の顔面めがけて振ってきた。もちろん変わり身の術で既にそこに私の姿は無く、その変わりに彼の短刀は、私の換わりに残された「残念でした」と書かれた木に無残にも突き刺さっていた。「畜生!」と喚く彼を尻目に、その苛立ちを煽る言葉を一言。


 「不意打ちを狙ったのか、外れて残念」
 「こんのアマ! 血祭りにしてやんよオオオオ!」
 全くどこのボーカロイドだ、と奇声野郎に突っ込む間も無く、今度は黒髪短髪が日本刀を手に背後から刀を振り上げて斬りかかってきた。しかし彼も素人。やはり気配で分かりきっているので、素早く右に避けて斬撃を回避しつつ背後に回り短刀で彼の首を目掛けて斬りかかる。あっさりと頚動脈もろもろがきれる「ブチブゴガチブチイゴキgイイイイ」という肉が斬れる時の独特の不協和音がして、ため息をつく。生首がひとつ、紅い液体を滴らせながら宙をひらりと舞った後にベチャリと、少し変形した様子で奇声野郎の手前に落ちる。胴体は先程のミンチと同じ位置に、つまりミンチになった奴の上に倒れた。グチャリと肉の和音が響く。


 「…!!」


 驚いた様子で声も発することができない様子の奇声野郎。そして残りの山賊二人も同様に、声は出せる程度で驚いていた。どうやらハズレくじを全部私が引かされたようだ。弱すぎる。思わずため息をつきそうになってこらえた。



 「あちゃー、レイを一瞬で倒しやがったよ…。ま、お手柔らかに頼むよ。ひょろひょろした青年くん」
 あの子とはアンマリ当たりたくないもんねえ、ギッタギッタだもんねえ…と呟きながら『彼』との戦闘に移りつつある戦闘一組目。


 「ヒョロヒョロしてるのはテメエだろうが、その上根性まで悪いようだな…許せん!」
 ――二回も言いやがって、人が気にしてることを平気で! 二回も! 畜生…許せん!
 私としての憶測で申し訳ないが、上記の心の声が彼の本音であることはまず間違いない。多少の語彙が違っていても、その…ああやって言われた事に対して相当恨みを持っているということに変わりは無い、というのは確かな事実のはずだ。どうやら彼は人一倍自分が忍者としてヒョロヒョロだということにコンプレックスのようなものを抱いているらしい、と言うのを組んでいて数ヶ月である事件によって知ることになったが、事件内容は割愛する。彼は意外と筋肉はついているし一般的に見れば適当な体格なのだが、忍者やあの山賊に比べれば…まあ、少し見劣りはするかも知れない。そう、彼の心は意外とナイーブなのだ。
 彼は日本刀を二本(洒落ではない)背中から抜刀し、二刀流が主流である彼の何とか流派の基本形で構えた。その目はかつて無いほどにギラついている。どうやら本気でキレたらしい。


 「オレを本気で怒らせた奴は、さっきの奴の比じゃなく…ミンチだ」



 一方、対シカマルの弱そうなチビ(と言ってもシカマルと比べると似たような背丈である)は、多少驚いたものの、これまた此方が驚いたことに、仲間の死体に 動 じ て は い な か っ た のである。


 「まあレイだしなあー、仕方ないよなあー、あの女とは根本的にタイプが合ってないのに無茶するから…」
 実はこいつ弱そうに見えて実は一番強いのかもしれない…と思っていると、どうやらそうらしい。「そういえば俺一番強いしなあ」と自慢げにニヤリとしてシカマルを見ると、ニヒヒーと嫌な感じに笑い声を上げた。まあ自称『一番強い』と言っているだけかもしれないが。それにしても…畜生、惜しいな。強い奴、新人に取られた。と私が心の中で駄々をこねながらシカマルを見ると、彼はいかにも面倒くさそうに敵の様子を観察していた。まあ、筋のいい中忍だということは、いろんな奴から聞いているから死ぬことは無いだろう。
 ――お願いだから死ぬなよ、新人。
 責任とらされるのは私だからな。と、私は心優しく後輩を気遣う一言を内心で唱えた。



 サイコロはまだ、回転を止めず。
 緩やかに誰かの手のひらで、回され続ける。















DIE AND DIE  (死とサイコロ)



お題配布元…鴉の鉤爪