家族旅行で海に来た。そういえば、臨海学校が近くである。ちょうど叔母さんが臨海学校を運営するようなので、わたしはちょくちょくと遊びに行くと約束をしたのだ。家族旅行とはそのついでのようなものだった。海に着いたちょうどその日電話がかかってきて、荷物の搬入を手伝って欲しいとかなんとかいう話だった気がする。わたしもアルバイト感覚でほいほいと参加する事になったのだ、同い年くらいだし、友達でもつくったらとかそういうのがおばさんの言い分だったっけ。まあいいのだけれど。


 その日、みんなは海に行って私も一緒について行ったけれど途中で叔母さんから電話で呼び出されて夕飯の買出しに行ったんだ。その後家に帰って、夕飯を作って。それでもなかなか帰ってこない皆を探しにわたしは懐中電灯を持って海までとぼとぼと歩いた。道の途中で何だかぐらりと地面が揺れた。バランスを崩してふらふらと倒れる。何事かと思って外を見れば、大きなものがふたつ、動いている。地震のようなものがどすんどすんと
 暗くてよく見えなくて、わたしは目を瞬かせる。しばらくよくわからないものはもみあっているように見えたけれど、静まってすうっと消えた。現実なのか、夢なのか、よく分からなかった。なんなのだろう、あれは。
 わたしの足に力が入らなくなって、ぺたん、とじめんにへたりこむ。なんなのだろう、あれは。






 海までの道の途中でしばらく地面にへたりこんでいたわたしに聞き慣れた声が聞こえる。


 「あ!」と、ワク君の声。「!」
 「よかった、みんな無事だったんだね」
 わたしはぱあっと笑顔になる。よかった、無事でという安堵感がこみあげてきて、なんだかそれだけで幸せだった。
 「どうしたんだよ、こんな所で」とか「風邪引いちゃうよー」と口々に声が聞こえる。「なんで座ったままなんだよ」とワク君がわたしと目線を合わせるために、ひょいっとしゃがんでわたしの顔を覗き込む。
 「さっきちょっと大きい地震があったから、なんていうか腰が抜けちゃって…」
 「なっさけねーなぁ。ったく…ほら」
 「あ、ありがとう」
 「あぁーっ! 一人だけちゃんに触ってんじゃないわよこのエロワク!」ばしっとマキちゃんのエルボーがワク君のお腹にクリーンヒット。ぎゅっと手を握りかけたわたしも一緒にふらりとすると、マキちゃんが「大丈夫?」と心配して肩を貸してくれる。それに「ありがと」と、はにかみながら笑うと、「かわいいー!」と抱きつかれる。なんだか照れくさい。




 みんなで並んで家に戻る。なんだかどこかぎこちないような居心地の悪い、妙な空気の中私は普通に何も気づかなかったフリをしてにこにこと笑顔を表情で貼り付ける。勘のいいコダマ君とかモジ君には気づかれていたかもしれない。おばさんには「随分遅かったねェ」とか、「地震大丈夫だったかい?」なんて聞かれたけれど、声を合わせて大丈夫だったよと答える。
 「心配したんだよ、すごい揺れだったからねェ」
 おばさんは外を心配そうに眺める。16人で顔を見合わせて(と言っても私は何だか少し疎外感を感じるのだけれど)、「ごめんなさい」なーんて言った後にご飯を食べる。何だかせっかく作ったスープも、味気ない。私の前に座っているマキちゃんもなんだか浮かない顔をしているように見えるのは、きっと私の気のせいよね。そう、知ってる。私の気のせい。


 その日の夜だった。わたしが窓の外を見ながら部屋でぼんやりしていると、「」と誰かに呼ばれる。この声はワク君かな、と思って振り返れば案の定ワク君が扉を開けて立っていた。「どうしたの?」
 「あのさ、ちょっと来てほしいんだけどよ」
 「どこ行くの?」時刻はもう、既に深夜0時を回っている。

 「練習」
 きっぱりと答えたその言葉に、私は何だか気圧されて頷いてしまう。ワク君はつかつかと私に詰め寄ってきゅっと私の手を握る。ぞくり、と私の背筋に寒いものが走った。ワク君は私の顔を妙に真剣な顔で見て、それから、ぐいっと掴んだ私の手を引っ張って部屋の外へと連れ出した。私は何だか催眠に掛かったみたいだ、と思う。でも、頷くしかなかった。否、頷くしか出来なかったのかもしれない。


 玄関で靴を履いて、裏山を登る。
 夜風が冷たくて、歩いているうちにすっかり湯冷めしてしまった。ワク君は私の前を軽々とした足取りで登っている。練習と言うわりに、サッカーボールすら持っていない。いつも持っているイメージ、なんだけど。しばらく何の会話も無いまま土の地面を踏みながら歩いていると、ワク君が突然口を開く。


 「なぁ、明日俺ジアースに乗るんだ」
 「うん」
 ジアースが何を指しているか分からなかったけれども、何だか聞き返すのも野暮な気がして頷くだけにする。前を進むワク君は、ずっと前を向いたまま話している。私は、ワク君の背中を見ながら歩く。何だか、こういうとき男の子の背中って実は大きいんだなって妙な事とか思うから不思議だ。しゃりしゃりと土を踏む音がする。
 「なんかさ、試合の前みたいなんだよな」
 「そうなの?」
 「こう、胸がどきどきするっていうか、高鳴るって言うか」

 「ふうん」


 「と居る時もさ、一緒なんだよ」


 「え?」


 「なんか、ドキドキする。これってさ、」ちょうど、そこで裏山の頂上の展望台に着いた。ワク君が、真剣な顔で言う。「の事がスキって事なのかなって思うんだよな」
 「…うん」
 「だから俺と、付き合ってくれ」
 「ワク君?」
 「俺はさ、本気だから」


 ワク君の両手が、私の両肩を通り過ぎてぎゅうっと私を引き寄せる。
 「だからさ、」








(わたしのが死にたかったのに、ね。でもね、わたしも)
いつかしねると思うの
















(20101203)いろいろ予定ではあれであれであれだった話。