静かだった。しんみりと静まるその静寂をさえぎるものは何もなく、ただ音のない室内に日の光が穏やかに差し込んでいた。真っ白なシーツ、そして真っ白な部屋の壁、真っ白な天井、真っ白なカーテン、真っ白なテーブル、真っ白な椅子。全てが真っ白に包まれた無菌室のようなその室内で、私はベッドの上でころりと寝返りを打った。大好きなファッション雑誌は向かいの真っ白な箪笥の上に転がっていて、手を伸ばそうともとうてい取れる距離ではない。私はむくりと体を起き上がらせると腕にびりりと痛みが走った。天井からつるされている、ギプスをはめられた右足が憎憎しくぶら下がっている。私は同じようにギプスをはめられた左腕を利き腕の右腕でさすった。


 ああ、全く飛んだ面倒事に巻き込まれてしまったものだとため息をついた。私自身こんな事に首を突っ込むつもりなんて毛頭なかったのにな、なんて思ったところで時既に遅し。私は今現在こんな状況に陥っているし、高校の腐れ縁からあの眼鏡の印象的な岸谷君のマンションの一室でお世話になっている。
 ガシャリとドアノブが動いて、ドアがぎいっと開いた。入ってきたのは真っ黒なライダースーツに身を包んでいる女性。ただひとつ、首から上がない事を除いては普通の人間の女性の体つきをしている。いかにも岸谷君好みの女の子だった。確か、どこかの神話の妖精だと言う話をちらりと聞いたけれど私の耳にはそんな事うろ覚え程度にしか入ってはこなかった。そもそも骨が折れ、さらにそこから内出血して意識朦朧としている患者に対して治療途中にさらさらとそのような重要事項を述べられた所で私にはほとんどの説明が頭の中を素通りしているに等しいからだ。
 彼女(恐らく彼女でいいと思う)は、さっと何かを取り出してぽちぽちとボタンのようなものを押して、その光る画面を私へと突き出した。
 一瞬何が何だか分からなかったが、どうやら口がないから喋れないということなのでこのような会話機器を使っているのだろう。画面には何か文字が書いてあった。


 『起き上がっても大丈夫か?』
 「だ、大丈夫」
 私がしどろもどろになりながら、その文字に対して彼女の顔のあるべきところに視線を移して言葉を返す。と。彼女はさっともう一度その機械に何かを打ち込んで私の前にすっと突き出す。


 『食事、持ってきたんだが食べるか』
 「ありがとう、いただきます」


 ベット据え付けの簡易テーブルをひょいと出すと、彼女はお盆に乗った食事を机の上に置いた。そして彼女はもう一度何か文字をぽちぽちと打ち込む。


 『食べ終わったら呼んでくれ』
 私が頷くと、彼女はドアの方にすたすたと歩いていってぱたんとドアを開けて出て行ってしまった。私は右手で橋を握って白米に手をつけながら左手が使えない事がどんなに不自由なのかを知った。想像以上に、とてつもなく不自由だった。そんな不自由さの中、もぐもぐと白米を食べている最中に、がたんと音がして「おーい新羅いるかー」なんて、なんとなく聞き覚えのある声が聞こえてくるのに気づく。
 ぱたぱたとスリッパの音が廊下をかけていくのが聞こえて、岸谷君が走っているんだなあなんて思った。ぎゃあぎゃあと何事かを会話した後に、スリッパの音がこちらに向かってきて、そして止まった。ドアノブががしゃりと捻られて、ドアが開いた。


 「ったく、ボロボロになってんじゃねーか」
 「あ、平和島君久しぶりだね」なんて呑気に挨拶をしたら、あっけに取られたように彼は目をしばたかせた。「あっという間に有名人だもんね」
 「好きで有名になったわけじゃねぇよ」
 どすっと丸イスに腰掛ける平和島君は、高校よりもずっと大人びているように見えて実はあまり変わっていないのかもしれない。彼の後ろから、「ああもう、勝手に入っちゃ駄目だって言ってるのに!」なんて慌てながら岸谷君が入ってきて、私が「同窓会みたい!」と笑った。岸谷君が怒る気もうせたと言ったような表情ではあ、と項垂れる。


 「ってほんと変わってねェよな」
 「あ、平和島君も髪の色くらいじゃない変わったの」
 「そうか?」
 「そうそう」
 懐かしいなあなんて思い出しながらクスクスと笑う。友達はみんな絶対に無理!なんて近づこうとすらしなかった彼らだけれど、一度きっかけがあれば何だかとってもフレンドリーないい人たちだった。ちょっと強面でちょっと変人が混ざってるような雰囲気だけれど悪い気はしない。
 今回の件だって、全然巻き込まれても悪い気はしない。



 だって、だって面白いんだもん。










サイレントベル



()(20100224:お題ソザイそざい素材)そして静かに、その警鐘は鳴りはじめる。