門司君、門司君と教室の外から呼ぶと教室で鞄に教科書をしまっている門司君がくるっと振り返った。
 病弱な美少年の印象を受ける彼の端正な顔に、学校の女の子の熱視線は激しい。門司君はそういうことはあまり気にしない人らしいけれど、それはきっと彼が他の誰かを好きなせいだろうと思う。これは間違いない確証だ。門司君はいかにも恋してる表情をしているし(なんだか人生充実してそうで羨ましい限りだ)、視線はいつだってあの子を追っているから。彼が彼女たちの黄色い声をポーカーフェイスでかわしているのは相手をするのが面倒なだけなのかもしれない。いや、きっとそうだ。彼は、あたまのいい人だから、きっとあたまの回らない中学生の相手をしているのは疲れてしまうんだろう。彼に比べれば、わたしだってあたまは悪い。成績で勝っていようと、彼は頭の回転が速いのだ。本気になったらいとも簡単に全教科で満点をたたき出すだろう、とわたしは思う。門司君は、掴み所の無い侮れない奴だ。というのがわたしの彼に対する印象。天は人に二物も三物も与える。まあ、そのぶん自己を取り巻く環境は厳しいものとなるのだけれども。



 「、どうしたの?」
 わたしに気づいてとてとて、と門司君はこちらに近づいてくる。女の子たちの視線は非常に痛いけれども、可愛い女の子に睨まれていても何の凄みも感じない。むしろ可愛いだけだ。可愛くない子も何人か混じっているけれども、可愛い子が睨んでくれているからそれでいいかと思える。わたしは鞄の中から用意していた文庫本を取り出した。


 「はい、ドストエフスキー」
 「ああ、この間の覚えていてくれたんだね」
 「珍しいでしょ、門司君からの頼みごと」
 「前から読みたかったんだ、ありがとう」
 「返すのいつでもいいから、じゃあ」わたしが帰ろうとすると、「あ、ちょっと待ってて」と門司君がわたしを引き止める。そういうたらしなところがあるから、女の子がみんな嫉妬したり誤解したりするんだよ。全く罪な人だ、とわたしは思う。彼はきっと無意識なのだろうけれど。だとしたらよけいに罪な人だ、とわたしはため息をつく。それから一分もたたないうちに門司君が教室から鞄をもって出てきた。
 「待たせてごめんね、帰ろう」
 「そうだね」


 門司君はまるで月のような人だ。白い陶磁器のような肌をしているし、まるで誰かに照らされて生きているような印象を受ける。不思議な人。
 近くにいるはずなのに、まるで遠くにいるような。


 「…?」
 「ごめん、ちょっと門司君の横顔見ながら考え事してた」
 「、一つだけ言わなきゃいけない事があるんだ」
 「ああ、今日の門司君はいつもの門司君よりもよく喋る門司君だね」
 わたしはすうっと目を細めた。
 「、今日、今から僕と付き合ってほしい。今日だけでいいんだ」
 「…いいよ、わたしはどうしたらいい?」


 「僕と一緒に居てくれるだけでいい」
 「わかった、でもツバサちゃんはいいの?」
 「明日、一緒に病院に行く」
 「そ」
 そういえば門司君はまつげが長い。瞬きをした門司君を見てわたしはふふっと笑う。下駄箱で靴を履き替える。


 「門司君、門司君」
 「ん?」一足先に靴を履き替えていた門司君が振り返るのにデジャヴを憶える。
 「手でも繋ごうか、どうせだし」
 私が手を差し出すと、門司君がちょっと照れくさそうに右手をぎゅっと握った。












に曳かれて溺れる魚




(20101203)ねっつぞう!<