小高君が好きだ、という女の子はまあ多いといえば多いし少ないといえば少ない。賛否両論だ。私は大好きなのだけれど、ライバルが行動派すぎていかんせん私は気圧されている。私は小高君が一人になるのを狙って(というとなんだか嫌な言い方に聞こえるけれどこれも恋する乙女のうら若き行動なの!と思えば何だか許される気がする。)、「小高君」と呼びかけてみる。用なら無理矢理作ってきてしまった。というのも何だかラッキーな事に、今日は小高君と日直の日なのである。ごめんね、仕事増やしちゃってなんて少し心の中で謝ったけれどやっぱり罪悪感は拭いきれない。 私は両手いっぱいの家庭科の調理実習のノートを、えっちらおっちらと教室に運び込む。小高君が振向いて少しびっくりする。でも手伝うよとかそう言う言葉を掛けてくれるような人ではない。私は、小高君が座っている席のちょうど真ん前にある教壇にクラスメイト分のノートをぽんっと置いた。 「…そのノートどうしたんだよ」 小高君が、少し驚いたような不機嫌なような訝しげな顔をしながら問いかけてくる。何だかもう離しかけられているだけで死んでもいいかなって気分になれるから不思議だ。どうやら小高君が自然学校に行くという噂もちょっと聞いたからこっそり私も申し込んできたんだ。何だかストーカーみたいで気持ち悪いな、なんて。恋する乙女だから仕方ないよね。でも好きな人がもし、彼にいるなら応援したいと思うし、その時はその時ですっぱり諦める…つもりだ。私は彼が幸せならそれでいいもの。 「職員室にプリント出しに行ったら、先生に誰が家庭科のノート誰が出してるかチェックつけとけって頼まれちゃったの」 「ふうん」小高君は日誌を書きながら、相槌をうつ。「それ、一人でやるつもりか?」 「うん、まあ…迷惑でしょ?」 「別に…」小高君がぼそっと呟く。「二人でやった方が早く終わるだろ?」 思わぬ言葉に何だかどきどきして顔を伏せる。どうしようどうしよう、なんて何も考えられなくなってきて、「あ…」とか「う…」とか情けない言葉しか口をついて出てこない。こんな時、あの子だったら小高君好き!なんて言ってぎゅっとなってこうあれこれなったりするのかな、何て考えてなに考えてるの自分、とその考えを振り払う。 「…おい、どうしたんだよ?」 急に黙り込んだ私を不思議がったのだろう。小高君が席を立って、心配そうに(なんということだろう!)私の顔を覗き込んでいる。私は多分、顔が真っ赤だから顔を上げられなくて、俯いたまま、なんでもないという意思を伝えようと首を振る。「そっ、そんな訳ないだろ」なんて小高君が言うものだから、ばっと顔を上げてしまって小高君と目が合う。はっと驚いたような小高君が見える。気まずい沈黙。 「っ…ご、ごめん」 「え…う…いいの」 どきどきして耐えられない。顔が火照る。どうしてあやまられているんだろう。謝るのはむしろこちらのほうだ。私はおずおずとノートを差し出す。名前を小高君が呼んでくれれば、私は丸をつけるだけだ。そう、丸をつけるだけ。 「あの! これ、名前読み上げてくれるかな」 「わかったよ」 小高君が読み上げて、ノートを一冊一冊別の山にしていく。私が名前を聞いて丸をつける。無い人はとばす。そんな単純作業だ。小高君の少し声変わりしていない声と、私のペンを走らせる音が響く。 「」 「…え?」急に名前を呼ばれて、ぱっと顔を上げる。小高君と目が合う。 「いや、ノート」小高君が私のノートをひらひらと振った。 「あ、」そうだよね、と私は口を押さえる。小高君が私に構う理由なんてない。私は自分の名前の横にマルをつける。 「、お前さ…」 「うん」 「まつ毛長いよな」 「…まつ毛?」気にしたことも無かったけれども、そういえば生徒指導の先生にマスカラつけてるのかと一度捕まった事がある。地毛ならぬ地まつ毛なのだと説明したら、まあそういえばの家だしなあと先生は頭を抱えた。真面目だしまあそのほうが女の子はかわいいから抜かなくてもいいぞ、なんて変な冗談を飛ばされたっけ。私は不思議そうな表情をしていたのだろう、小高君が変な意味じゃないけどと呟く。 「そう?」 「少なくともクラスの奴よりは長いな」 「そういうこと言われたことないなぁ」私は瞬きを一度して、すうっと目を細める。「でも、嬉しい」 「、」「…?」「ちょっと目、つぶってろよ」 (20101204)それからくちびるに暖かな感触がふれたのを、 |