その眼が穿つ





 キリエ君はとても親切な少年だ。おはよう、と言えばおはようと返してくれるし、帰り道が一緒になればちゃんと一緒に帰ってくれる。たまにお家にご飯を食べに来てくれるし、色々な薀蓄も知っている。生き物にもやさしいし、お年寄りにも親切だ。そしてまあ、一番私に親切だ。
 高校指定の鞄を肩にかけて、ローファのつま先をとんとん、とやりながら私は玄関口のドアを開ける。「いってきます!」


 どうやらキリエ君が中学に上がったらしいと聞いて私はもうキリエ君も学ランデビューなのか、と何となく感慨にひたる。私はかわいいかわいいキリエ君のために何かいいものでも買いに行こうかな、なんて思考をめぐらせる。と、二軒隣のキリエ君の家からキリエ君が出てくるのが見えた。立派だけど、まだ着慣れていない新しそうな学ランに袖を通した初々しい彼が見える。
 「キリエ君、キリエ君!」
 「あ、…姉さん。おはよう」
 私がぶんぶんと片手を振りながら近づいていくと、キリエ君はいつも通りの調子で淡々と挨拶を返してくれる。


 「今日も元気そうだね、また夜ご飯食べにおいで」
 わしゃわしゃっとキリエ君の頭を撫でる。くすぐったいのか少しだけキリエ君が身をよじった。今から成長期だからだろう、キリエ君は私よりも頭一つくらい小さい。弟が出来たらこんな出来のいい弟が欲しいものだと考えていたら思わず頬がゆるんだ。

 「いつも…ありがとう」
 「いいのいいの、気にしないで。キリエ君の第二の家だからさ、いつでも遠慮なく来てよ」
 「…姉さんは、優しいね」
 「キリエ君ほどじゃあないよ」
 君は素敵な目をしてる。曇りの無い綺麗な目。
 私は、すうっと目を細めて笑った。




 「…姉さん」
 「ん?」
 「また今度、…でいいんだけど。十字軍について、教えて欲しいんだ」
 じいっとキリエ君の目を見る。心を穿つような、強い瞳だ。いい瞳。私は鞄を反対側の肩に持ち替えて首をかしげた。
 「授業?」
 「自習、…かな」
 「そうだね、今からじゃ半分も話せないから今日の帰りに迎えにいくよ」
 「ありがとう」
 「じゃあ、頑張って」
 「うん、…姉さんも」


 お互いに手を振って学校前で別れる。私はそのままバス停に。

 物好きねえ、と自嘲しながら私は今日もバスに乗り込むのだ。
















(20101204)