日常不幸連鎖
∴静雄くんと不運少女:全7話+@

01020304050607#out#






















01





 「あわわわわわ、すいません!」
 ぶつかった彼は、バーテン服を着ていた。
 大問題である。
 いくら私が、今まで生きてきて一日一善ならぬ一日十災と呼ばれ続けてきても、こんな不幸に出会う事なんてまずない。たとえ出かける前に靴紐が切れても、まだ乾いていないコンクリートに片足を突っ込んで危ない事になって工事の人に怒られても、溝に嵌りそうになっても、何もないところで躓いて転んでも、知らない人に喧嘩売られそうになっても、知らない人から麻薬を薦めてこられても(もちろん断ったが)、電車がホームに入ると同時に出て行っても、お財布の中身が実は千円しかなくても、ここまでの不幸はまずない。
 私は、慌てて彼から数歩離れて頭を下げる。

 「、悪気は微塵もないです! 全然、これっぽっちも!」
 「…?」
 「さようなら!」と、私がお詫びの一礼をして彼の横を足早に通り過ぎようとした時だった。
 「わああっ」ぐいっと力任せに思いっきり鞄をひったくられて、思いっきり前のめりに転んだ。「痛い!」
 うーん、と起き上がれば、「大丈夫ですか」と声を掛けられる。
 「痛いです。しかも鞄を盗られてしまいました」と、声の主を見ればバーテンの服を着た彼。池袋にいる人なら誰でも知ってるバーテン服の男、平和島静雄。最強にして最狂で最凶で最恐と噂され、看板投げるとか、自動販売機投げるとか、街頭引っこ抜いて投げるとか、そんな噂が耐えない人である。
 『うひゃあああ!』と、内心叫びだしたい気持ちでいっぱいだったが、「ちょっと待っててください」という予想外の紳士的な一言に頭が混乱する。とりあえず無意識のうちに私は返事をしたようで、彼は引ったくり犯を追って走り出していた。


 で、数分後。
 「はい、これっすよね」
 と、傷一つなく戻ってきた彼を私は見た。なんだかもう、彼が平和島静雄でないようなそんなふうにみえるが実は彼が平和島静雄である事はみんな知っているようで、いざこざを起こさないように彼に一瞬注目をしながらも、彼を見ると皆一様にぎょっとした表情になり、見なかった事のようにして立ち去っていく。ああ、彼はやっぱり平和島静雄なんだと実感する。
 「あ、ありがとうございます。とても助かりました! 私の盗まれた鞄が、こんなに無事に返ってきたのなんて初めてです」
 もう一度私は彼にぺこりとお辞儀をする。
 そして、にこりと笑顔。彼も笑顔。
 「…どういたしまして」
 ――あれ、別に恐い人じゃないみたい!
 私は素直に驚いて、彼への認識を改めた。実は優しい人なんだ、と思い直す。
 私は、彼に笑顔で「さようなら!」と言って目的地へと向かう途中、ちょっと血を出して倒れてる人を見たけれど池袋ではこれは日常茶飯事の事なので普通に通り過ぎる。


 友達に会って、「さっき平和島静雄さんが、ひったくりから助けてくれたよ!」と言えば、彼女は「今日は帰ろうか」と残念そうな顔で言う。
 「もう帰るなんておかしいよ、私さっき来たばっかりなのに」私が異論を唱える。
 「馬鹿、アンタが不幸体質なのは知ってるし一日に十個以上災難引き連れてくるってのも知ってるし、アンタがだいたい不幸に見舞われて一時間は遅刻してくるからここで待ち合わせの時間からアンタが来るまで一時間も待っててあげたんだけど、私はまだ死にたくないからね!」
 「え!? まだお店とか一軒も回ってないよ!? 青い袋のお店とかゲームとフィギュアとガンプラの売ってるお店とか行きたいと思ってきたんだけど、一軒も回らないの? そんな、私が苦労してここまで来たのにどうして!?」
 「帰ろう、お願いだから。アンタ誘った私が間違ってたから帰ろう、ね? 家でゲームやっていようそうしよう」
 「あぁっ! 私のお洋服が遠ざかっていく!」
 「ゲームするのに服なんて関係ないでしょ」
 行くわよ、と友達。私は彼女に腕を引っ張られて泣く泣くもと来た道を戻っていく。「彼、悪い人じゃないよ」、と言えば「暑さで脳みそやられたんじゃないか」と言われて首を傾げる。今日は春だ、そんなに暑くないのになんて事言うんだろう。ああそうか彼女はまだ彼の良さを知らないんだと、私は一人でほくそえんだ。




シグナルイエロー
(その髪の色は、まさしく危険信号)
()(20090326:お題ソザイそざい素材)ついにやってしまったラノベのシズちゃん

02





 「すいません、ごめんなさい再びぶつかって申し訳ございません!」


 またしても私、はバーテン服を着ている彼にぶつかった。
 仏の顔が三度までだとしたら私はきっと三度目にぶつかったら殺されてしまうかもしれないが、それでもぶつかってしまった事実は変えようもない現実。今日だって不幸の手紙が10通も届くし、鉄筋が上から降ってくるし(ギリギリのところで避けたが)、子供にBB弾ぶつけられるし、飛び出した子供を助けて自分が車に轢かれそうになるし、植木鉢が住宅街の上から降ってくるし(やっぱりギリギリのところで避けたが)、水撒きしてるオジサンに水掛けられてべちょべちょだし(お詫びにソーダアイスを貰ったけれども)、非常に毎日が災難だが、またしても私は災難の神様を引き連れて歩いているらしい。今回彼はドレッドヘアーの方と一緒に歩いていて威厳最狂という雰囲気である。一言で分かりやすく言うならば、なんかもう恐い。

 「…お嬢さん、大丈夫か?」
 「大丈夫です、何も心配ないです!」ドレッドヘアーの方に話しかけられ、へこへこと平謝りをする平社員のごとく謝る私。ドレッドヘアーの方はバーテン服の彼のほうを振り返り、首をかしげながら彼に対して問いかける。

 「というか静雄、…この子と知り合いか?」
 「…いや、心当たりは…」と静雄さんが言いかけたところで気づいたように「あ」と声をあげた。
 「何かあるのか?」
 「ああ、そういえば前もこんな事がありましたけど」
 「そうか」ドレッドヘアーの方はそう言って少し考えると「…そういえば、お嬢さん…」と口を開いた。「その服、びしょ濡れみたいだけどそのままじゃ風邪引くぞ」
 「え、あ」


 服にたっぷりと染み込んでいる水分は、今日オジサンにバケツいっぱいの水を掛けられた時の名残だった。いっこうに乾こうとしないそれは、さながら脱水前の洗濯物のようで着ている私はとても不快でしかない。しかし換えの服を持ってきている準備の良さは私には無く、着替える事も出来ずにふらふらと街中を彷徨っているという始末だった。

 「ちょっと、今日…バケツの水を掛けられてしまって」
 「…災難だったな…」
 「あ、でもその人に故意は無かったみたいですからいいんです」
 アイスも貰いましたし、というとドレッドヘアーの人は一瞬きょとんとしたあとにニコリと笑った。

 「静雄」
 「なんすか、トムさん」
 「この子の服用意できそうなところに心当たりあるか?」
 「急にどうしたんすか、…強いて言うならあの闇医者ぐらいしか思いつきませんけど」
 「じゃあそこに連れていって服を調達してやってくれ」
 「!?」
 驚いた表情が静雄さんのサングラス越しに見えて、私はようやく状況を理解した。
 「そ、そんな、わざわざ悪いです!」
 「いいって、目の前で困ってる人を放って置けない性質だからね」
 「トムさん、本気で言ってます?」
 「俺は本気だから、まあ軽い仕事だと思ってくれ。頼んだよ」そして一人歩き出す。「じゃ、俺は他の仕事があるから」と去り際に言い残して、トムさんは雑踏へとまぎれてしまった。トムさんはとても良い人だということが分かったけれど、ここで平和島静雄さんと二人きりになってしまうこの状況。少しの沈黙が続いたけれども、それを打破したのは静雄さんだった。


 「まあ、なんだ。ここで突っ立ってるだけじゃいつまでたってもトムさんから受けた仕事が終わらねぇからさっさと行くぞ」
 「はい!」


 何か変わるかもしれないけど、変わらないかもしれない。
 そんな今日の日、不幸の日。





エックス・デイ
(その髪の色は、まさしく危険信号)
()(20090719:お題ソザイそざい素材)知らない人にほいほいついて行ったら駄目ゼッタイ。最近は身近な人が不審者との遭遇率高くて恐ろしくもありデュラ7でシズちゃんに美人からのモテ期フラグがたってつづきがどきどき展開でどうしようですねorg

03





 本日は曇天。
 天気予報では一日中快晴でしょうと言っていたにもかかわらず、このざまは何なのだろうか。空を見上げれば灰色のどす黒い雲がモヤモヤとたちこめ始めていた。これは飛んだ災難である。いつも通りなので折り畳み傘を持ってきたのだが、運悪く先ほどスリに会ってしまったので傘だけしか入っていなかった手提げ鞄を盗られてしまった。しかし金品どころか財布も入っていないので、盗った人間はさぞかしがっかりしている事だろう。でも、犯人が雨にぬれて風邪をひかないことはおそらく確かな事実。かくいう私は常に、こんな事しかないので財布は上着の内ポケットに常備していた。用意は周到。ジャケットに穴は開いていないので落ちる心配は無い。先ほど三回ぐらい確認したが、こちらの心配とは裏腹に愛用されている財布は上着のうちポケットに何事も無かったかのように存在していた。一安心、一安心。
 更に言うならば、先ほど盗まれてしまった折りたたみ傘だって雨が降りそうな日は背中に常備している。今日は万能ジャケットを着ているのでジャケットごと盗まなければ私に傘が無いと言う事態は訪れる事は無い。ざまあみろ、はっはっは。なんて心の中で高笑いしていたら、案の定上から植木鉢が降ってきたので止まって受け止める。すっぽりと両手の中に納まった観葉植物は、安心感からか水をもらえなかったからか分からないがぐったりと放心状態のように項垂れていた。何で降ってきたんだろうと上を見上げれば、夫婦喧嘩のようで怒鳴り声と叫び声と怒り狂ったような声と申し訳なさそうに謝る声が聞こえてきた。おそらく何かやらかしたんだろう。敢えてこれは個人のプライバシーなので何も言及しない事にする。
 私は植木鉢を持ったままふらふらと街を歩く。
 おそらくこの辺りで間違いは無いだろう公園の敷地内をふらふらしていると、誰かにぶつかったようなドンという感触。

 「すいません!」と相手の顔も服装もろくに見ずに頭を下げれば、「またお前か、」と呆れたような声がかかった。
 待てよどこかで聞いた事のある声だぞ、と疑問に思いながら視線を植木鉢から黒いズボンへと移す。まさかこの格好は、このバーテン服はと思ったところで相手が平和島静雄という男だと言う事に気づいた。
 私はとっさに観葉植物を右手に抱え、勢いよく左手で空を指差す。


 「ああ! 静雄さんこんにちは今日も良い天気ですね!」
 「…どんよりと曇ってるだろうが」
 「い、いえいえ、あの、では可愛い観葉植物でも見て和んでください」
 「…げんなりとしおれてるだろうが」
 そこで不思議そうに眉をしかめて、植木鉢を見つめる静雄さん。「どこで拾ってきたんだよ」
 「降ってきました」
 「ったく、ろくでもねぇ奴がいるな」
 「いつも通りですよ?」私が当たり前だというように首をかしげると、静雄さんはこりゃ駄目だとでもいうようにため息をついた。…普通だと思うんだけど、静雄さんとしては普通ではないようだ。電信柱とか街頭を引っこ抜いたり自動販売機を平気な顔で持ち上げたりする静雄さんに普通を求めても駄目な気がするけれど。それはさておき。「…そういえば、もしかして静雄さん待ってました?」
 「今来たところだ」
 よかったです、と安堵のため息をつくと、何でだと不思議そうに言われたので待ち合わせ時間に遅れたら自分のポリシーに反しますと言うとお前はいつも普通の奴がかかる時間の二倍はかかるからなと嫌味を返された。事実その通りなので言い返す言葉も見つからない所存でございます。私は心の中だけで唱えると表面的に苦笑した。


 「本当にそうですよね、もう少し早く来らりぇりぇば朝ゆっくりと寝ていられるんですけれど…」
 と言っている間に、台詞を噛んでしまった。
 「噛むなよ」
 「す、すいません」
 鋭い指摘にあくせくしているとぽつりと頬にひやりとした冷たい感触。

 「降ってきたな、」静雄さんが上を見上げる。「傘持ってるか?」
 「持ってますよ、一本は盗られちゃいましたけど」
 しゃきーんという効果音と共に、背中から傘を抜き出して装備すると、静雄さんはもう言葉も無いとでも言うように私を見た。唖然としている。口は開いていないものの、その表現が一番しっくり来るくらいに、驚いている。いや別に普通ですよ!
 ぱしゃ、と二つの傘が開く間抜けな音と共に、ざあっと雨が本格的に降り始める。幕開けにしては最悪なスタートだ。しかしそんな事を言っていたところで今回の件は待ってくれそうもないようである。


 「じゃあ行くか」という静雄さんの声と共に私は「はい!」と従った。





アシッドレイン
()(20090326:お題ソザイそざい素材

04





 「あ!」
 「また会ったな」
 「先日はどうもありがとうございました、静雄さんのおかげでとても助かりました」
 「なら、まあ、良かったな」

 池袋をふらふらとしていれば彼はやはりバーテン服でふらふらと街をうろついていた。私も特に意味も無く私服でうろうろとしながらお買い物をしようとしていたわけだけれども、友達はバイトでこれなくなってしまったので(まあ仕方ないよね)私一人でふらふらと道を歩いていたらばったりと偶然彼に出会った。
 決して謀っているわけでもないし計算して待ち伏せているわけでもないのだけれど、最近のクラス内での私の噂といえば『平和島静雄引き寄せ機』だった。嘘だと言えば嘘になるし、本当だといえば本当のところで真実は五分五分の引き分け。私は『普通』の生活をしているだけで、『非日常』を求めてあてどなく池袋をあるいている訳では決してない。池袋には、みんなおしゃれな服で歩いているのを見るのが楽しいから来ているだけなんだもの。誤解を招かないようにあえて言うけれども不幸になるためにわざわざ池袋に足を運んでいるわけではないのだ。

 それでもまあ、周りの反応は平和島静雄と聞いてすくみ上がるのが関の山というもの。
 周りからは畏敬の念で見守られる私はどことなく彼のせいもあって、知らない人から妙に名前を呼ばれる回数も多くなってしまいとても恐い思いをする事が多くなってしまった。やっぱりあの服屋さんをめぐった時にたくさんの人に目撃されてしまったのがよくなかったのか。真昼間から平和島静雄が女連れで歩いているとなれば、まあ話題になるというのは当然の事だと言えるような事でもあったことを失念していた私も悪いような気もするのだけれど。私個人としては、べ、別に悪い気もしない。だって、静雄さんはとてもいい人だということが分かったから。

 恐い恐いと恐れられている割に、恐いのは怒っている時だけで普段からしてみれば普段よくいる普通のお兄さんだ。ちょっと目つきはこわいのだけれど、よくよく見たらすごくカッコいい人でびっくりしたのは内緒。

 「そういえばですけど、」私は言う。「もしよかったらこの間の服のお礼に何かしたいんですが」
 とても可愛らしいワンピースを買ってもらって、これだったら一枚で着て帰れるだろなんて言われてしまってもうなんだか心臓が持たなかった私。頭が空回りしすぎて、真っ白に漂白されてしまったせいで言葉が何も出てこなかったなんていうのも、内緒。

 「あれはトムさんの好意だから、まあ別に義理を感じなくてもいいんじゃねぇか?」
 「お、お礼も私の好意ということに、なりませんか」
 「あ」一瞬彼の眉間にしわがよってひやっとしたのだけれど(とても心臓がもたない)、静雄さんは何かひらめいたように、ぽん、と手を打つ。「そういう考え方も、あるか」
 「なので、何かおごらせて下さい」
 「別に欲しいモンも…、ないけどな…」
 うーん、と考える静雄さん。私も少し考えてぱっと頭によぎったのが今日通ってきた通りにあった寿司屋だった。

 「ほら、露西亜寿司とかどうです」
 よく黒い人が「ウマイヨー、スシ、食いねェ。美肌にイイヨー」とカタコトの日本語で言っているあそこだ、私は人差し指を立てながら発案する。

 「あ、」静雄さんが露西亜寿司という響きを聞いて、とても可愛らしく目を輝かせた。「サイモンのとこか」
 静雄さんは少し乗り気で「豪勢だな」と表情が緩んだ。

 その表情が、とても可愛くて可愛くてどうしようもないくらいに普段とのギャップが激しすぎて思わずどきっとしてしまったりして。

 「そういえば、俺、この後トムさんに呼ばれてるから明日でいいよな」
 「分かった、じゃあお昼ごろにその辺の公園で待ってますね」
 「おう、植木鉢落とされてんじゃねぇぞ」
 「え、な、何で分かったんですか! エスパーですか!?」
 私が驚けば、静雄さんはきょとんとした表情になり、「マジかよ、」と呟いた。





メソメリー
(そんな、午後のひるさがりだったりそうじゃなかったり。)
()(20100126:お題ソザイそざい素材

05





 「え、そうなの?」
                      「そうそう、平和島静雄って」
          「女が出来たとか」
                      「マジらしいぞ」               「見た奴もいるってよ」
            「信じられるか?」                 「マジかよ」


 その噂を聞いてからとても不安な気持ちが悶々と続いていた。悶々もんもん。
 無論私の事ではなく、他の人だからこそ話題になっているというのもあり私は非常に悶々としていた。セルティさんの一件もさることながら首を突っ込んでしまってずるずると不幸のさなかに巻き込まれてずるずると渦を巻く私の感情はさらに悶々と妙な感情と妙な不調を訴えていた。


 「、顔色が悪いのよ。お病院に行ったらどうなのかしら」
 「あ、う、そうしようかな」
 妙に動悸も激しいからなにか更年期障害か生活習慣病にかかったのかもしれない。私は不幸体質だからそういう天災みたいなことがあってもちょっとやそっとじゃ驚かない勇気は少し備わってきた。平和島静雄さんと打ち解けて露西亜寿司も行ったのだからもう何も恐い事もない、なんて思っていたわけだけれども。職場でぼんやりと書類の整理とワードとエクセルに文字を打ち込みながらのデータ入力をしている最中も何か心ここにあらずといった感じで、高校で憶えた知識と技能を活かしながら私はキーボードを水に書類と画面とにらめっこを繰り返しながら文字入力をしていたような気がする。

 憶えていない。

 「 、大丈夫かしら?」
 「え、うん、大丈夫だよ」
 同僚に生返事をしながら、意識のどこかに行ってしまった脳で意識を取り戻そうと首をぶんぶんと振って無理矢理笑顔をつくる。
 どうしよう、何だか、変みたい。

 パソコンのエラー音で少し我に返って、やっぱり変じゃないかもしれないと思い直してパソコンに向き直る。休憩時間まではまだまだ時間もある事だからもう少し書類を何とかしないと。午後からの会議に間に合わないからとりあえずあと少しで完成しそうなこの書類を完成させてから30部印刷するんだっけ。
 ぼうぼうと覆い茂る記憶のそこから何となく記憶を引き出しながらそういえばメモをとったよね、とメモをポケットの中から取り出した。書いてある。

 『午前11時まで、30部、予備 2』
 すらすらと適当に読める程度の走り書きで書かれた文字は紙の上で少しかすんで見えた。

 ああどうしてるんだろうな、やっぱり日常じゃない非日常を生きてるのかな。
 何で私はこんなにぼんやりとして仕事をしているのだろう、そのうちクビにでもならないかと私は内心ヒヤヒヤとしながら残りの円グラフをつくってデータをプリンタへと転送した。ケッコンしたら寿退社なんて夢を見ているけれど、夢がかなう日なんてくるのかも疑問だ。(というよりも、そもそも相手すらいないのにケッコンなんて気が早いと思うし、お母さんもお父さんも孫が見たいってせかすくせに帰りは早く帰れっていうのもちょっと何か間違ってる気がする。社会人なのに門限が10時は厳しいだろう。)

 「、帰りはお病院に必ず寄るのよ」
 「善処するよ」
 「行きなさいよ」
 「わ、わかったよう」


 さて印刷された書類の方の誤字チェックをしてみたけれど、ぱっと見た感じ無いと思われた。いかんせん頭が働いていないので全くないと完全に言い切れないところが玉に瑕というところだろうか。私は同僚の冗談を軽く受け流しながら静雄さんのことを考えていた。病院へ行っても直るような気がしない。それはきっと私自身も気づいていると思う。だから。


 書類の誤字は無いと思う。
 それでもきっと、私の頭は誤字だらけなんだろう。




ラグタイム
(こんな感情なんて初めてすぎて分かんないよ!)
()(20100126:お題ソザイそざい素材

06





 ぱたりと遭遇はする可能性が何パーセントあるかは分からないけれど、結局定時退社してしまった私は気づけばぼんやりとしたまま池袋へ電車で向かっていた。病院には行く気はおこらないのに、なぜか池袋に足が向いていたのである。


 なにやってるんだろ、私。
 馬鹿みたい。
 そんな感情ばかりが頭をうずまいていく。でも会いたいと思ったのは、事実みたいだからそれだけでも自分を信じて行動をするべきだろう。今日の占いには自分を信じて行動すれば運気上昇なんて書いてあったからきっと普段よりもついているはず。なんだろうなあ、占いはあまり信じていないから少しアテにならないけれど情報が皆無より少しの情報でもあったほうがいいな、なんて何かにすがりついているみたいであんまり好きじゃないんだけどねっていう私の少しの強がり。

 駅のホームから降りて改札を通る。ぶらりぶらりと露西亜寿司を横切ろうとすれば、サイモンさんに声をかけられる。

 「オー、ちゃん。スシ、ウマいヨー。元気にナルヨー、モリモリ、イッパイネ。美肌にモ、ダイエットにモ効果的ヨー。スシ、食イネエ。オイシイ、トロトロ寿司、ホッペタ落ちちゃう、元気モリモリ。イイコトだらけ、損ナイヨー。オ得、得スル。ミンナ得すル。だから、今なら、ちゃん特別に、全品50パーセントオフにするヨー」


 少しだけサイモンさんの言う事が気になってきた。私は「ホントですか!」と少し目を輝かせる。とたんにサイモンがキラリと目を輝かせて、強引なキャッチセールスまがいの言葉をつらつらと吐き出した。


 「半分払って、半分次回払ウ。これで、オッケー。マルット納まるネ、ミンナ笑顔、サイモン、ちゃん、ミンナ笑顔」
 「詐欺!? それは詐欺ですよサイモンさん!」私が口を尖らせながら笑うと、サイモンさんはノーノーと首を振った。
 「違ウ、サギ、カササギ。ワルイ詐欺ニ、オカサレル前、スシ食ベル。ミンナ幸セ。ハッピー。嬉シイナ」
 「いやいや、駄目です駄目ったら駄目です」
 「今日ハ静雄ト、一緒ジャナイネ」
 「いつも、一緒じゃないんですよ」

 ちょっと核心を突かれた様な気分になって何も悪い事はしていないつもりなのにドキッとする。

 「ア、今、ちゃん、ドキットシタネ。スシにも静雄にも、トキめいたネ。スシ、食べていくつもりネ」
 「いや、えっと、スシは今度来ることにします」
 「今、ちゃん呼ンデルヨ。スシ、食イネェ! ウマイヨー、オトクヨー、ヤスイヨー」
 「何が呼んでるんですか?」
 少し期待したのかもしれない。そりゃ、まあサイモンさんの言う事だからきっとスシに決まっているのだろうけれど。

 「そりゃ、スシに決まってるデショ」
 ほら、やっぱり。「ア、静雄。イツモソノ辺リ、ブラリンチョ、シテルネ」
 「ですよねー。って、え、あ、そうだったんですか?」
 「静雄、イツモ怒ってる。カルシウム不足気味ネ。ソンナ時ハ、スシニ限ルカラネ」
 「そんなにいつも怒ってませんよ」
 私がふふふと笑うと、サイモンはフッと不敵そうな笑みを浮かべる。


 「ソレ、ちゃん大事ニ思われてル証拠ネ」
 「まさかー、そんな事ないですよ」
 冗談っぽく受け流せているのだろうか、サイモンさんには全部見透かされているようで時々恐ろしい。


 「ほら、王子様、来たヨ。白馬じゃなくて、バーテン。ネ?」
 「え?」
 誰だろう、なんて。サイモンが指差した先を振り向けば金髪にバーテン服の、見間違えようも無い彼が立っていた。


 「何してんだよ、サイモン」
 静雄さんは開口一番に喧嘩腰だ。しかしサイモンさんは意にかいさない様子で静雄さんと睨み合っている。きっとこれが普通なのだろうけれど、私はちょっとばかりかずいぶんとなれない状況で、しどろもどろ。状況の判断も何もあったもんじゃないくらいに、頭が真っ白になってゆく。
 「ちゃん、スシ、食いたいみたいヨー」
 「え?」私はサイモンに視線を戻す。それは聞いてない。
 「食いたくなさそうな顔してんだろ」
 「そんな事、無いネ。こんなに、楽しそウ。スシ食べテ、ミンナ、ハッピー」
 静雄さんは私を見る。「ホントなのか?」
 「え、あ、うん」
 頷いてしまったのは、サイモンさんと静雄さんのいざこざが酷くなる様子をちょっと見ていられそうに無いから。今月は給料日前だけどとりあえず二人分の食費くらいはあるかな、なんて思いながら、きょとんとして固まった静雄さんを見た。きっと私が違うと否定したなら「ほら見ろ、サイモン。俺を騙しやがって、許さねぇ!」みたいな事を言いながら怒る事が目に見えている。


 「何だよ、そうなのか」
 静雄さんはサイモンさんの胸倉を掴みかかって殴りかかろうとする前に退きさがった。


 「そ、そうなんです! だ、だだからスシでも食べていきましょう」
 「でも俺金持ってねえし」
 「私が奢ります!」
 「いや、それじゃ、なんか悪い」
 「いいのですよ!」
 「口調おかしくなってるぞ」
 そう言って笑う彼と共にくすくすと笑った。





アーユージャンキー?
 中毒だ。  完全にそうだ と思った。

()(20100126:お題ソザイそざい素材)何だこの脅威のサイモン率

07





 出会いは単純明快。

 だからこそ、運命のような気がしてままならなくなってくるのはやはり考えすぎなのだろうかと頭を抱える。私はなんて単純ではないのかと(人間みんな単純ではないのだろうけれども)首をかしげる。果たして運命なのか運命じゃないのか。結果的にそれが、わからないからこそ面白いという人もいるのかもしれないけれど私としては全く面白くない。まるで禅問答のように答えの返ってこないような曖昧な表現、だからこそ面白くないのだ。
 きっと、私の性格なのだろう。
 と、思ったりする。あながち間違いではないだろうと思う。
 しかし、正解かどうかは神でないかぎり分からないのだ。

 不幸だ不幸だ、と騒がれ不幸菌が付着しているとまでいわれた私が、友達から不幸なのか不幸じゃないのか分からないくらいに変なオーラ漂ってる、と言われてしまうくらいだから相当なものだろうと語察し頂きたい所存だ。だから、絶対におかしい。ここ最近の私は、特に。
 私は誰もいない公園で、噴水の近くのベンチに腰掛けながらため息をついた。

 考えすぎだといわれてしまえば、それまでだけれど。

 「きっとそうだね、好きなんだよ絶対」
 「何がだ?」
 独り言で呟いた筈だった言葉に返答は無い事は知っていたけれども急激に返ってくると驚きを通り越して頭が白くなる。

 「ふおおお! 静雄さんいつの間に……っていう話でした」
 「さっきからずっと居たのに気づいてなかったのかよ」
 「ずっと考え事をしてて、それからぼうっとしてたから気配に気づけなかったんですよ」
 気分を害したのかと思っておそるおそる口を開くけれど、静雄さんは「そうだな、」なんて心ここにあらずな返事を返してくる。

 「静雄さん」
 「ん?」
 「大丈夫ですか?」
 「分からない、んだけどよ」静雄さんは重苦しい雰囲気で口を開いた。「会えないと寂しい時ってあるもんか?」
 「好きな人とか、ですか?」私はうーん、と考えて答えてみる。「遠距離恋愛、みたいな雰囲気だと会えないと寂しいって聞いたことがあります」
 「分からない」
 「最近、話題の人だったり」
 「何がだ?」疑問符を浮かべて彼は首をかしげた。
 「なんだか女の人とふらふらしてるって、子供も居るって言う噂です」
 「ああ!?」こぶしを握り締めて怒りかかった鬼神を静めようと私はわたわたと彼の腕を押さえた。私ごときの力では、いざとなった時になにも力にはならないけれどまあとりあえず保険である。骨が折れたり関節が外れたりしたらと思うと気が気じゃなかったけれど。

 「あ、あの、あくまでも噂ですけど!」
 「子供がいる訳ないだろ、ったく誰だよソイツ見つけたら絞め殺してやる」
 「きっと既成事実に基づいて面白半分に脚色されてるんですよ、噂によくある事ですし」
 私はヒートアップしだした静雄さんの思考を止めるのにあれやこれやと策を考えたのだけれども(静雄さんの顔には既にピキピキと血管が浮き出ている。相当怒っている証拠だ。)何だか余計に怒らせているみたいで、私が発言をするたびに行動を起こしそうだった。静雄さんが怒ったら私に手が着けられるはずが無い。なんせ自動販売機がまっぷたつだったり、アスファルトを打ち砕いてしまうようなこぶしを持っている彼の事だ。私ごとき一般人に彼を止められる術は、力は力でも『言葉の力』。私は内心ひやひやと冷や汗をかきながらも、彼を止めるにはどうすればいいのかをひたすら考えていた。

 「じゃあ脚色した奴、全員一発ずつ全力で殴る」
 「だめです! それこそみんな死んじゃう」
 「一番最初に言い出した奴が名乗り出てくるまで噂を流した奴らを全員殴る」
 「関係ない第三者が巻き込まれて余計にややこしい事になりますし、そうなると警察も黙っちゃいないと思います」
 「…それはマズイな。だけどよ、じゃあ、このイライラはどこにぶつけたらいいんだ」
 静雄さんはそれからしばらく考えて私を見た。私をターゲットにされては困るけれど、でも実は優しい彼に惚れてしまった私がいることは事実だから嬉しくないといわれれば少し嘘になる。

 「静雄さん、私が全部受け止めますから第三者被害は出来るだけ少なくしてください! はい、約束!」
 「お、おう」
 「私、大好きな静雄さんがいなくなったりとかそういう冗談は嫌ですから!」
 私は静雄さんと『ゆびきりげんまん』をして、何か言いたそうな彼の言葉をさえぎって「じゃあ!」と一言別れを告げるとずんずんと風をきりながら公園を後にした。





ファム・ファタル
(それはまあ、あるようでないような運命かもしれない。) 
()(20100126:お題ソザイそざい素材)と、とりあえずシリーズ一区切り!

#out#





 世間一般ではバレンタインデーというものが近づいていた。
 あげるあげないの問題ではなく、私にとってバレンタインというものはハロウィンに近い行事でたくさんのお菓子がもらえたりなんかするとっても素敵な日なのである。確かに貰ったらお菓子をあげることに変わりはないので、俗に言う友チョコのようなものだと思う。多分。お菓子作りは小さい頃から大好きで色々なお菓子を作っては食べ、作っては食べ作っては食べ…なんてしてきたおかげでお菓子に関して言えばその辺りにあるケーキ屋さんくらいのレベルのものは簡単に出来るようになった。これは周りのみんなが証明してくれるから、間違いない。ただのお世辞だったら、少しだけ悲しい。
 で、何でバレンタインデーというバレンタインさんの命日の話を出してきたかと言えば、まあそのなんていうか時期が時期になってきたわけで。そんなわけだから、ええっと何を喋ろうかは考えてあるんだけど恥ずかしいからまだ言わない。

 「ちゃんちゃん」
 「はあーい」
 「これ、バレンタインね!」
 「ありがと!」

 そんなわけで、私のデスクはチョコレートの可愛らしい包装でいっぱいだった。どこかの漫画のモテる男子生徒さながらにこうこうと可愛いチョコレートの包装タワーが積みあがっている。まさかこんなにたくさんもらえるなんて思ってなかったから、袋も持ってきてない。うらめしそうに眺められている男性社員からの嫌な視線がのろのろと漂ってきて、私はいたたまれない気持ちになったので「あ、あの!」と席を立ち上がり手持ちのチョコレートケーキを渡す。「つまらないものですけど、よかったらどうぞ」
 男性社員は「お、おうありがとな」なんて地味に喜びながら笑顔で微笑んでくれた。多分、きっと嬉しいんだろうと思いたい。結果として部署のみなさんに配ってきたので私の手持ちの袋は八割空になったのだけれど、残り二割はまだあまっていたりする。

 「あれ、ちゃんまだ余ってるの? あげる予定がないなら私が引き取り先になってあげる!」
 先輩が袋を指差して疑問符を浮かべる。私が「あ、えっと、池袋の友達に渡すんです」と言えば先輩はニヤリといやらしい含み笑いをした。
 「な、なんなんですか!」
 「いやあ、ねえ、初々しいと」
 「何がですか!」
 「いろいろ、ねえ」
 「お友達に配るんです!」
 「必死になるところもねえ、まあ」うふふ、と笑って先輩は「頑張りなさい」と応援してくれた。
 「もう、からかわないでくださいよう」
 「え、だって楽しいもん」
 先輩はけらけらと笑いながら、「はい、これ手作りだけど」とマフィンを三つもくれた。なんていい人なんだと感動する。
 「まあそのお友達に『ちゃんが他の奴に襲われないように見張っておきなさい』とでも伝えておいてくれればいいわ」
 「え?」
 「ほら、行った行った。今日はもう仕事ないみたいだし、早く行きなよ」
 ひょいと16型テレビの入りそうな大きな布製のショッピング袋を二つ渡されて、しっし、と追い払われた私は貰ったデスクの上に積みあがるお菓子の山を解体にかかった。手当たり次第に先輩に貰った袋に突っ込んでいけばその作業はおおよそ十分もかかった。袋は二つとも膨れ上がり、もらったお菓子でいっぱいになった。幸せである。私が鞄とショッピング袋二つと大きな紙袋一つをぶら下げて、ふらふらと出口へと近づけば「ご苦労さーん」と部長がてをひらひらと振った。先輩は何をしたんだろう。根回しは部長にまで及んでいる。私も「お疲れ様です!」と言って会社を出た。


 露西亜寿司前。おなじみになってきたバーテン服を着た彼が前方のほうに見えた。

 「あ、…きゃっ!」
 挨拶をしようとしたら、足元に躓いてぶつかってしまった。どすん、と鈍い衝撃がはしり思わず後に尻餅をついた。やっぱり上手い事はいかないらしい。あいたたた、と思っておしりをさすっていると、「大丈夫ですか」と声をかけられた。
 「え、っと大丈夫です。ちょっと尻餅ついたくらいなので!」
 高校生だろうか、制服に身を包んだかわいらしい女の子がおろおろとこちらを心配そうに見ている。

 「そうですか、良かった…!」
 「あ、それじゃあ私、急ぐので。しつれいします!」
 まだ静雄さんは見失ってない、だって嫌でも人が避けて通っているから少しの時間見失ったとしても簡単に見つけられる。私は急いで立ち上がってほこりを払うと荷物を持ち直して、彼の後を追いかけた。静雄さんが角を曲がったので、一緒に曲がるとサッと頭の上を何かがよぎった。あれが当たっていたら頭がふっとんでいたかもなんて思わないんだからね。妙な気持ちでどきどきと生死の境をさまよいながら、私はくるっと凄い形相で振向いた静雄さんに「お久しぶりです、」と言った。すると静雄さんの表情が、ころっと変わる。呆れたような、何だ、とでも言うようなそんな表情でため息をついて頭をぽりぽりと掻いた。

 「何だ、。お前か…その、大丈夫か?」
 「平気です。かすりもしませんでした! あ、それはそうとチョコレートケーキ作ったんで渡そうと思って」

 きょとんとした表情の静雄さんをみて、ああやっぱりかわいいなあと思ってしまうあたりが少しおかしいのかもしれない。
 それでもまあ一番渡したい人に渡せたから、それもいいかななんて。

 「ありがとな」
 その一言が聞けただけで、私は幸せです。





アルカディア
()(20100218:お題)つまらないものですがとリアルにチョコ渡したのはわたし。おつきあいありがとうございました!