そして ゆるゆると あなたは言うの。わたしには無い言葉を使って、わたしには出来ないような表現で言うの。
 ねえ、あなたは知ってるかしら、わたしはあなたの事好きじゃないって知ってるかしら。それでもわたしはいい子だから、にこにこ笑って頷くの。偽善者とののしられてもおかしくはないけれど、それでも あなたが笑っている顔は好きだから。


 「これからも、よろしくお願いします」


 おう、と小さく呟いたあなたは、いつにない笑顔で少しだけ頬を赤く染めながら にっこりと笑った。わたしの、きたなくて いやな嘘。そんな陳腐なものにだまされてしまうあなたが、とてもいたたまれない。騙しているわたし、そして騙されているあなた。だいきらい、こんなわたし。さよならをしたいのに、みにくい心がわたしの中に居座り続けている。いやよ、はやくどこかに行ってよ。わたしは必死に追い出そうとするけれども、この醜悪なものは どこまでも わたしの心のきれいなところを蝕んでいく。どうしてそんなことをするの、と問うてもその醜悪の根源は何も答えずににやりと笑うだけ。わたしはぞっとするとともに、そのおぞましさに逆らいきれずに その醜い感情に流されていく。かわいそうないたいけな少女のように無垢なあなたは、わたしの汚くてどすぐろいどろどろとした感情に触れないで綺麗なままでいて欲しいのに。わたしの醜悪の根源はその意向さえ無視しつづける。


 あの人の言っている言葉の意味が、分かったような気がした。


 「今度練習試合あるんだけどさ」あなたは言う。「よかったら見に来いよ」
 「場所は?」
 「ユースのグラウンド」
 「応援しにいくね」


 少しだけ照れくさそうに無邪気にわらう、あなた。どうしても作り笑いしかできない人間不信極まりない、わたし。
 授業終わり、屋上。のどかなグラウンドを眺めながらの、クラスメイトの告白。唐突な事態にわたしは戸惑いながらも屋上に出てきた。待っていたあなたから告げられた一言にわたしは思わず頷いている。まさかの光景、そして予想外の人物、真田一馬。今、わたしの彼。


 「ね、真田君」
 「な、なんだよ」
 少しだけ身構えるあなた、わたしはくすくすと笑いながら言う。
 「わたしなんかで、いいのかな」
 「さっきも言っただろ、それ」
 「可愛くないし、性格だって、それに」
 「それ以上言うな、俺はのこと可愛いと思う。だけど、そんなんじゃなくて根本的な所で何かといると落ち着く。それに他の奴と違って面倒な追求も、野暮ったい行動もしないだろ。それに人を見かけでも判断してない。俺はのそういうところがすげぇ奴だって思うから」
 「そうだね、そう言われるとそうかな」
 わたしは照れくさそうに笑う。
 そんなに褒められても、わたしからは何も出ない。あなたは妙に神妙な顔になって、背後のフェンスにもたれかかった。

 「逆に聞くけどさ、は俺でいいのか」
 「真田君、強面だけど根はいい人で信頼できるから」
 そういうところはすごくいいと思うけれど、人にやすやすと騙されてしまうあなたは好きじゃない。だって、悪いひとにひっかかりそうでしょう。それこそ、まるでわたしみたいな醜い心の人に捕まってしまう事があるから。といってももう、手遅れなのかもしれないけれど。だってわたしは、あなたに惹かれつつあるから。


 「だから、頑張ってほしいの」
 「サンキュ」
 「応援してる」


 わたしがふわりと吹いた そよ風のように笑えば、あなたは春一番のごとく わたしの心を揺さぶるような満面の笑み。なにもかもが洗い流されて飛ばされていくような、そんな感覚にわたしは少し居心地のよさを覚える。ああ、あなたもわたしと話すことでこんな朗らかですてきな気持ちになれていたのかしらと思えば、少しだけ心の中の枷が外れたようなすがすがしさが残った。




 まるで依存しているかのような、
 途中で絡んだ糸は、断ち切れるまで残り香のようにほどけない。話せば話すほど深く深く、依存していく。<





ほどけない糸





(20100512)