「すぷりんぐいず、かみーん」


 そんな事を屋上で叫んでいる、変な奴がいた。
 そんな奴とは係わりあいにはなりたくなかったから、俺は開けかけたドアを早々に閉めた。これでいいと思った。だけど弁当は何処で食べればいいのか俺は途方にくれていた。だからといって、あの五月蝿い連中がはびこっている教室になんて戻りたくはない。ぎゃあぎゃあと五月蝿くてゆっくりとメシも食べれやしない。はあ、とため息をつくと俺は仕方なく階段にぺたりと座り込んだ。


 大抵の場合、屋上は立ち入り禁止のはずだから人なんて寄り付かない。そこに目をつけた俺は、昼時は屋上でのんびりと過ごすのが日課となっていた訳だけれど、今日はそうはいかなかった。
 綺麗な可愛らしい声なのに、声の無駄遣いとでも言うように彼女は日本語の発音が抜け切らない棒読みのような適当な英単語を並べて言葉を作る。英語の単語のように綺麗な発音でもなく、ただそれは聞いている側からしてみれば平仮名の羅列のように聞こえた。


 「えぶりしんぐ、おーるうぇいず、うぃずすぷりーんぐ!」


 意味が分からなかったけれど、あの五月蝿い教室に戻る事を考えるよりはマシだった。

 「うぃーあー、ぼーん、すぷりんぐ」


 コンビニで買ってきた卵サンドをむしゃむしゃと頬張りながら俺は無意識のうちにぼんやりとさっきの言葉の意味を考えていた。『私たちは、春から生まれました』だったか、まあそんな感じの。パンと卵の絶妙な味わいをかみ締めながらはやくも一つ目の卵サンドを食べ終わる。


 「ぜーらいくす、すぷりんぐ、ばっ、あいらふつーすぷりんぐ!」


 何かの詩だろうか、でもこんな詩は聞いた事が無いからきっと彼女が作った詩なのだろうそれにしても、なんて。
 「面白すぎるだろ、こいつ」
 ドア越しに聞こえてくるその声に対して、クスクスとこみ上げてくる笑いと戦いながら卵サンドの二つ目にかぶりつく。もぐもぐとパンを頬張っていれば、もう一度屋上へと続くドアの向こうから彼女の声が響いてくる。


 「いっ、べりぃべりぃろんぐたいむあごぅ、ぜいうぉんつうかむとぉすぷりんぐ!」


 春ばっかりじゃねぇか、そんなに春が待ち遠しいのかよ。
 そんなツッコミを頭の中だけでいれて、サンドイッチの最後の一口を食べ終えた瞬間。ぎいっとドアがきしむ音がして「きゃあああああああ!」という悲鳴が響いた。俺が慌てて振り返るとさっきからずっと奥上から叫んでいた女子がいて、ドアを開けた瞬間は後姿しか見えなかったから誰か分からなかったけど前から見たら、ただのクラスメイトので。


 クラスの中であんなに普通で真面目で目立たないキャラのはずだったが、こんなに変な事を叫ぶものだろうか。
 そもそも、屋上って校則で立ち入り禁止のはずなのにあの馬鹿真面目な(そう思って、少し失礼だと思った)は何でここにいるんだろうか。
 俺の中でいくつもの疑問が浮かんでは消えて浮かんでは消えて、目の前のに対する印象がガラガラと音を立てて崩れていく。だからといって俺には何の関係も無いんだけれど、なんというか現実離れしていて衝撃的な出来事だった。




 「さっきの、何も無かった事にして! お願い」
 「ごめん、無理だ」
 あまりにもそれが衝撃すぎて、気づけば俺はそう答えていた。が「いやいや君は何も見てないし聞いたのはきっと妖精さんの声だから気にしちゃいやだよ!」なんて必死になって弁解する姿が凄くかわいくて、色んなツッコミどころがあったけれど思わず俺はの事を少しだけ、なんかかわいいな、って思った。












ただ春を待つ




















俺の春は、君がつれてきてくれたけれど。(20100222)