微妙な位置関係にいる。笠井君は私の事が気にかかっているらしいし、私はといえば彼氏の暴力に耐えかねているところだった。笠井君と言えばまあそれなりに知っているような仲で、全く知らないと言うわけでもない。いい人だと思う。彼女になった子は、とても幸せなんだろうと思う。私のような女にはふさわしくない、きらきらと輝いた場所だ。笠井君は、いつも輝いていて素敵だ。サッカーの事も頑張っているんだなあ、というのが伝わってくる。ルールはあんまり詳しくないけれど、たまに試合も見に行ったりする。そんな間柄。
 笠井君はかっこいい。もちろん容姿もそうだし、性格だってそうだ。サッカーをしている時はひときわ輝いている。かっこいい。ポジションはどこだったか忘れてしまったけれど、笠井君がフィールドにいるというだけで、そこだけスポットライトで照らされているような、スター選手のような輝きなのだ。もしかしたらもしかして、私は笠井君に恋をしているのかもしれない。恋をしていなくとも、魅かれはじめているのは多分まぎれもなく事実だ。私はもう、笠井くんの罠に足を踏み入れてしまったのかもしれない。



 「何を言われようと先輩が首を縦に振るまでは、俺は諦めませんから」
 先月、そう言われてから私はもう彼に傾きかけている。
 「俺は先輩にそんな顔、絶対にさせない」



 罪な女だろうと我ながら思う。けれども彼氏の態度はここ数週間でさらにエスカレートしているものだから、腕と腹には蒼い痣が残ってしまっていた。もう別れたほうがいいよ、と仲のいいクラスメイトに言われた。でも、別れを告げたら今度こそ本当にこれだけでは済まなくなってしまうような気がする。死んでしまうかもしれないね、と笑いながら言ったら、クラスメイトはひどく悲しそうな表情になって今にも泣きそうなくらい目に涙を溜めていた。



 今の彼氏は向こうからの告白だった。バレー部のエースで、そのせいか私よりも背が頭ひとつ半くらい高い。男の人らしい節くれだったごつごつとした手をしている。同じクラスではないけれど委員会でそれなりに係わり合いがあったような、なかったようなそんな希薄な繋がりだった。彼が私のどこに魅かれたのか、今になっても私はいまいち掴みかねている。容姿はふつうだ。私は笠井くんのほうがかっこいいと思うし、誰に聞いてもまあ同じような答えが返ってくるだろう。
 でも何よりも私が好きなのは彼の腕だった。ほどよく締まった運動をしている人の腕の筋肉。その腕で抱きしめられるたびに、こんな腕を持っているなんて卑怯だと思う。それは多分誰にも勝てない。それでもやっぱり、その腕で殴られたり叩かれたりするのは嫌なのに変わりない。あの腕は少しずつ私の中でおそろしいもの、恐怖するものへと形を変えている。現在進行形で。
 そして私の気持ちも、現在進行形で笠井君に傾いている。




 「
 廊下で呼び止められて立ち止まる。振り返ればクラスメイトの三上君が立っていた。「あれ、どうしたの三上君」
 そんな怖い顔してたらファンの子が逃げちゃうよ、と冗談で言ったらとてもすごい顔で胸倉を掴まれた。「ふざけんなよ、お前」
 「ごめん。で、何のようなの?」
 「何の用か、分かってんだろ」
 「わかんないよ、離して」
 本当は分かっている。そう、私たちの三角関係のこと。
 「どうこうすんのは、テメーの勝手かも知れねェけどよ」
 胸倉から手を離した三上君の腕が、ぐいっと私のブラウスのそでを容赦なくめくる。どす黒いような蒼色が、目に入って私は顔をそむける。視界のはしっこに、三上君が驚いて目を丸くしているのが見えた。ちっ、と舌打ちが聞こえる。
 「これ以上、身体傷つけてんじゃねーよ」
 その言葉に、私は答えられない。三上君の、私の腕をぎゅうっと握り締めている力が強くなる。
 「無理してんのが分かるんだよ、分かりやすすぎるだろお前」
 「三上君に何が分かるの? 別れたら私どうなるかわかんないよ。殺されちゃったら嫌なの、そういうことやらないとは限らないでしょ」
 でも無理なの、もう無理だよ。限界だよ。
 止めていたものが、全部全部流れ出していくようだった。留めていたものも、全部全部崩れ落ちていくようだった。


 「でもね、全部私のせいだから、こうされても仕方ないんだよ」
 「馬鹿か、お前」
 「うん、そうだと思う。でも、そう思ってたけど限界かもしれないんだ」
 ぼろぼろ零れていく涙を、三上君に掴まれていない方の腕で拭く。拭いきれなかった涙たちが、廊下にぼたぼたと滴り落ちる。


 どっちつかずの関係だった。彼氏も、私も、笠井君も。みんな日常から離れてしまうのが、恐ろしいだけなんだ。人間なんてみんなそうだ、自分の日常を守ろうとして新しく開拓するのを恐れる。笠井君も私がこのまま彼氏とくっついていることを恐れる。私も彼氏と別れて殺されてしまうことを恐れる。彼氏はきっと、私が自分から離れる事を恐れている。みんなこわいんだ。未知のものが、おそろしいだけなんだよ。
 だから仕方ないものだと思う。


 「三上君。私から、伝えるよ」
 「ああ」
 しばらく私が泣き腫らして、目が真っ赤になったままで三上君の顔を真剣な表情で見つめる。三上君は、納得したような顔になる。全部分かったような顔だった。三上君はただのきっかけなんだと思う。そう、銃で言えば引き金をカチンと引いたに過ぎない。私はその弾丸で、撃ち抜かれてしまうのは。


 「彼氏に、別れようって言ってくる」










(そうすればピリオドを打つことが出来るのかもしれない)










(20101005)これを書いているときに三回くらいパソコンがシャットダウンして本気でパソコンを粗大ゴミに出そうと思った。でもまだ買い換えるお金が足りないから変えられなくて地団駄して歯ぎしり。ぎりぎり。(20101231)ようやくパソコンを買い替え管理人がwktk氏とか言い始めた。(お題:花鹿)