あなたがそう言うのならばと私は頷きました。それがどういう結果になるかだとかそういう細かい概念的なものが、まだ子供だった私には分からなかったからです。だから、私は右も左も何も分からないままにその言葉を真に受けて鵜呑みにしてしまいました。しかし後悔などは一切してはいません。彼が一生懸命な姿が、とてもはっきりと分かるようになったからです。だから私も彼と同じように(だったらいいのですが)幸せな気分になれるのでした。 「なあ、奇麗だろう?」 「ええ、本当にきれい」 私は彼の言葉ににこりと頷きました。。そうすれば、彼はいつでも笑顔でいてくれるからです。きっと私が今の彼の言葉を否定したりすることがあったならば彼は私に対して激しい幻滅をするのでしょう。私をあわれな目で見つめて、どこか遠くのほうに去って行ってしまうのでしょう。私はきっと彼のために生れてきたんだろうと自負するようになっていました。おこがましく汚らわしい人間の感情に流されている自分を嘆かわしく思いました。それでも、私は彼以外と結ばれるようにはできていないように感じました。 私のそういうところが、自分自身をいやらしい人間だと自覚させてしまうのが嫌いでした。 「君みたいに澄んだ色をしている、なんてクサイ台詞だけど君にぴったりだと思う」 「ありがとう、渋沢さん」 私はまたしてもにこりと頷きました。こうして私がほほ笑むことで、彼もまた私に微笑みかけてくれるのです。そして私はその笑顔一つで幸せな気分になります。それでも、私は澄んだ色などしてはおりませんでした。私の色はとてつもなく濁っていて、あなたの真っ白な色には敵わないのです。 「そういう事を言ってくださるのは、渋沢さんくらいですよ」 私はすうっと目を細めて川の上流から流れてくる綺麗な澄んだ雪どけ水を眺めました。森林浴なんて何年ぶりなのでしょう。私は橋の上にある木々の木陰の中ですうっと息を吸い込むと隣の渋沢さんへと目線を合わせます。 「他の人が俺みたいな事をに対して言っているなんて想像したくないな」 「どうして?」 「そう言っている奴に対しても、は微笑みかけるんだろう?」 「え」 私は呆気にとられ、目を瞬かせました。どうしてそんな事を思うのでしょう、私が微笑みかけるのは世界であなた一人なのに。でもきっとそれは彼に伝わっていないからこそこのような矛盾が生まれてしまう。これは、とても悲しむべきことです。私はぶんぶんと首を横に振りました。 「私が微笑むのは、きっと渋沢さんだけです」 「そうか」彼はそう言うと、照れくさそうに笑いました。「俺だってこんな事を言うのはくらいだ」 彼のほほ笑みは春の暖かさのように私を包み、心から暖かくしてくれます。 きっと、私は彼なしではもう生きてはいけないのでしょう。彼の笑顔が私の心の中で凍っている血液をどろどろと溶かして、私の体内に流れていく。そして私も彼と同じように笑う事が出来るのです。 それはさながら、いばらの中を歩いているような感覚。痛くかすり傷も切り傷もたくさんつくけれど、それでも目指した先にはきっと私のほしいものがある。そんな迷路のようなものなのでしょう。だから、私はこんなにも迷い惑い胸の苦しくなるような何かを味わっているんだ。 それも彼の笑顔ですべて消し飛んでしまうのだけれど。 「渋沢さん」 「なんだ」 「私はやっぱりあなたが大好きです」 「そうか、俺もが大好きだ」 私がふわりと笑えば、彼もにこりと笑いました。 ああ、私はなんて幸せなのでしょう。 幸せいっぱいになった私の胸にチクリと、凍ったトゲが刺さって、そして彼の笑顔で溶けて消えました。
いばらの王冠
悪魔とワルツを様:
私は白いキャプテンがすきです。(20100224) |