さあっと羽ばたいていく鳥がいた。
 とても真っ白な鳥で、なんだろうと空高く飛ぶ何かの姿を目でとらえようと、目を凝らしてみればどうやらハトのようだった。白いハトなんて、珍しい。それもあんなにたくさんいるなんて、なんて珍しいんだろうと思いながら空を仰ぐ。あいにく空の色はどす黒い雲で曇天。まるで空が、ハトが嫌いなカズ君の気分みたいで、そう思うと少し面白くて笑いがこみあげてくる。


 「何ばしよっと」
 「あ、空見とぉと」と屋上のフェンス越しの空を指さして、振り返りながら言いかけて慌てて口をふさぐ。いきなり声をかけられたから答えてしまいそうになったけれど、声のほうを向けばそこに居たのはカズ君だった。しまった、さっきハトだって確認したのになんて思った時には時すでに遅し。カズ君が空を見上げて「うげ、」なんてあからさまに嫌な感じの声をあげ、目に青筋を立ててこちらをカタカタと震えながら見ていた。否、睨んでいた。


 「ふ、不可抗力ったい! ごめんな! そげん事で恨まれとうなかよ、私」
 「せからしか! あげんえげつない鳥ば見せよって…」
 彼の全身がわなわなと震え始める。カズ君の怒りメータが降りきれそうになっているのに私は気づいて、「帰りにアイス奢っちゃるけん、な?」と彼をなだめにかかると、「女に奢らせるようなみっともない真似はしとうなか」と無駄にかっこいいセリフを返された。
 「じゃあ今日のとこは無罪放免でよかね?」
 私がぱあっと表情をきらめかせれば、カズ君は「ふん、」とそっぽを向いてしまった。本当に何もないのかとぬかよろこびをして、わーいなんて心の中で歓声をあげていたところに、カズ君が何か思いついたかのような表情になる。


 「今日部活休みったい、帰り道付き合え」
 「よかよ」
 「『荷物持ち』な」
 「よか。でもカズ君、そんな事でよかの?」
 「俺がええ言うとるけん、はそれに頷いてればよか」
 私は「うん」と頷くと、パタンと屋上のドアをパタンと開けるカズ君の後ろ姿を追ってフェンスから離れた。








 「カズ君、カズ君はサッカーば選手となるとね?」
 「おう、そうっちゃ」
 返事をするカズ君はペットボトルを六本抱えながら隣を悠々と歩いている。私よりも少しだけ大きい身長はきっとこれからぐうんぐうんと伸びていくんだろう。私はなんだか少し置いて行かれるようなさみしい気分になったのだけれど、表には出さずに「すごかー、テレビで大活躍ったい」なんて明るく繕った。カズ君は少し照れたように帽子を深くかぶりなおして「ばり活躍するけん」と顔をあげる。ニッとした彼の笑顔がとてもまぶしくて、私はやっぱりカズ君がすきなんだなあと思い知らされる。
 私の右手でスポーツドリンクの粉が入った袋が、ゆらゆらと揺れる音がした。


 「ね、カズ君」
 「なんね」
 「私ずっと応援ばしとぉと、カズ君にはばり頑張ってほしいっちゃ」
 「おう」
 「あとね」
 「なん」
 ちょっと沈黙が空いて、秋の曇天がすこし憎らしげに影を落とした。




 「私カズ君のこと、ばり好いとうと」


 私がくるっと制服のスカートをひるがえしてカズ君のほうを向けば、カズ君は一メートル後方に棒立ちになっていた。「ば…!」とかなんとか言葉にならない声を上げながら、カズ君は口を金魚のようにパクパクとさせてぽかんとしている。そんなところもぜんぶぜんぶ大好きなんだけど、な!




 「アホ! 先に言うんじゃなか!」 カズ君はむうっと怒ったように私の肩に掴みかかった。
 「え、」
 「俺のがずっと前から、ばり好いとうけん」
 「ほんと?」
 「嘘じゃなか!」
 私はカズ君の目をまじまじと見つめた。ぱちぱちと目を瞬いて、夢じゃないのかどうかとかを確認するためにちょっと自分のほっぺたをつねってみた。痛かった。


 「夢じゃなかとね!」
 「夢ば思うとる場合か!」


 だって、うまくいきすぎた夢ば見とうようっちゃもんね。なんて言ったらカズ君にアホ、俺もじゃなんて言われてでもこれは夢じゃなくて。
 私は嬉しさのあまり買い物袋を提げたまま、カズ君に抱きついた。












黒い空、白い鳥




















平和の白い鳥は、ぱたぱたと空を羽ばたいていく。(20100224)