そうだ、私がカズと会ったのは高校に入ってからの話。小・中とエスカレータ式のよくあるエリートとかそういう部類に属される私学の女子校に通っていたので、高校に入った時に男子が同じ教室にいるという事実が真新しくて驚いた記憶が鮮明に蘇ってくる。その中で、私の隣に座っていた目つきの少し悪い少年がカズだった。黒の学ランに、迷彩のキャップを目深にかぶっていて机に座っているのが印象的。


 「なしてそんな人の事じろじろ見よっと」
 せからしか、と一言一蹴された私は、人にガンとばされた事がなかったので一瞬たじろいだ。少年はまだこちらを睨みつけていて、まるで今の状況は蛇に睨まれたカエルというのがぴったり当てはまるようだった。それでも私は誤解をときたいがため、彼の威圧感に、ぐうっと耐えながら少し俯いて言った。彼の目を直視してしまえば、なんだか言葉が全部飛んでいってしまいそうだったから。


 「そ、そんなことなかよ」私はぶんぶんと首を振った。「帽子、とらんとね?」
 ああ、そげなこと気にしとっとね。そんな感じの表現だったと思う。私はよく憶えていないけれどその後に彼は帽子をひょいと取った。


 「功刀一や」
 「く、ぬぎ?」
 「カズでよか」
 「功刀君?」結局名前では呼ぶことなんてできず、苗字で聞き返せばとても不機嫌な顔が帰ってきた。ひいっと心が悲鳴を上げて逃げ出しそうになったけれど(だって男の子に睨まれたのなんて初めてだから)私は、動揺をごまかすために席に座った。これで少しくらいは安心すると思って。でも、それもつかの間で私が席に座ると隣の少年はぴきっと血管を浮き立たせてぐわっと立ち上がってこちらに近づいてきた。ひいっと身構えると、ぐわしっと肩を掴まれる。そして耳を思いっきり引っ張られた。


 「カズでよかって言っとるんが聞こえんね? あぁ!? その耳は飾りっちゃね!」
 「や、き、聞こえとうよ! カズ、……カズって呼べばいいっちゃね?」
 「おう」
 私が名前を呼べば、ぱっと手を離されて私はひりひりと痛む耳をさすりながらカズを見た。私よりも少しだけ背が高い彼はクラスの男子と比べれば少し小柄な部類に分類されるのかもしれない。それでもさっき引っ張られた指はごつごつとして大きかったし、体格はひょろりとしている優男のようなものではない事が学ラン越しになんとなくだけど分かったような気がした。あくまでも憶測に過ぎないけれど何かスポーツをしていたようなそんな感じの雰囲気。


 「名前」
 「え?」
 「せやけん、貴様の名前を聞いとうよ」
 「わ、私はでよかよ」
 にこ、っと何処かぎこちない笑みをなんとかすると、えらそうにカズはふんと鼻で笑って自分の席へとすわった。私は名前がそんなに変だったのかと眉をよせれば、彼は変な顔だと言ってまた不機嫌そうな顔に戻る。


 「、貴様なしてそんなビクビクしとうと?」
 「え、」
 「ははあん、さては俺がえずいからっちゃね」
 「ち、ちごうとーよ」私はぶんぶんと首を振った。
 「やあ、なしてや?」彼は頬杖をつく。


 「同い年の男の子と話すの初めてったい、どげんこと話したらええかわからんとよ」
 ついっと私はカズから目線をはずした。気まずい。ちらりと視線のはしにうつったカズはしばらくの間きょとんとしていて、少しの沈黙の後に普通の顔にもどって、その後にむっと顔をしかめる。綺麗な眉間にシワがよった。


 「小学校も、中学校も男と話したことなかっちゅうんか」
 私が視線を戻しながら、こくんと頷くとカズは呆れたようなため息をついて珍しいものを見るかのように私を見た。「天然記念物もんっちゃね」
 「天然記念物? 私、そげな貴重なもんじゃなか」
 普通にごろごろいるような普通の女の子だと反論すると、天然記念物だと返された。どうして天然記念物といわれているのかもまったく分からないし私が天然記念物ならば他のもっと凄い人たちはみんな天然記念物や人間国宝に指定されているはずだろう。私は、いかに私が普通かという事について考えていた。


 「私、普通ったい」
 「普通やなか」
 「普通の女の子ったい」
 「そげんこつなかね」
 「なして?」 私が首をひねる。
 「普通やなかけん、普通やなかって言っとうね」
 「こげな女の子いっぱいおるけん、普通っちゃよ」


 私がそう言えば、彼はこらえていた笑いがこみ上げてきたかのようにぷっと吹き出してケラケラと笑い始めた。
 とても不思議な人、それが彼への第一印象。












(まとわりつく記憶)















お題::farfalla





まだまだ過去編(20100215)