ふと次の講義に向かう途中で彼のような人が目にはいってまさかと思いながらも疑う目をこすってもう一度その人を見る。見れば見るほどに彼のようで、きっと私も疲れているのだろうな、と考えを振り払う為に首を振った。こんなことは、あるはずない。九州から東京までは、確かに飛行機でひとっとびだけれどもこんなうまい具合に来てくれるはずはない。彼にだって学校があるわけだし、もちろん講義だってあるはず。同じ学校なんて事だったらとっくに一緒の飛行機でこっちにきているわけだし、私は混乱してきた頭を整理して次の講義のことだけに集中することにした。
 気にしなければいないのと同じ、と自分に言い聞かせながら階段を下りようとすれば、ぱたぱたとこちらに迫ってくる足音が聞こえた。


 「あの」
 「はい」
 なんだろうと振り返れば先程のそっくりさんが、こちらを見返している。「あ」、と思わず声を上げてしまって、しまったと思い片手で口をふさぐ。相手も驚いたような顔になって両者あたふたとしながら、数十秒。


 「どげんしよっとね?」
 「え?」
 言った後に後悔をしてももう時は既に遅く、相手の唖然とする顔に私は慌ててまた口をふさいで言い直す。


 「あ、あの、どうかしましたか?」
 「え、あ、考古学の教室どこかって聞こうと」
 思って、と発言するにつれて彼は少し尻すぼみになりながら俯いた。「あの」と彼は少し顔を上げると「どっちか分かりますか」と問いかけてきたのだけれど、その顔がカズと重なってしまって思わず少しドキッとしてしまったり……していない、断じて。私はその思考を振り払うと目の前の彼に向き直る。それにしても彼は見れば見るほどそっくりだった。まるで彼に会いたいという気持ちが変に具現化してしまったのではないかと内心少しヒヤヒヤしてきたけれど、きっとそれは考えすぎなんだろう。新学期早々ホームシックにかかる私はなんて依存症なのだろうと悲しくなった。


 「私も次の授業、考古学なので一緒に行きます?」
 「本当か?」ぐいっと身を乗り出して、彼は私に詰め寄った。
 そして私が控えめに頷けば彼は、はあ、と安心したようなため息をつく。「助かったぜ」
 「そげん言うとーも、なーも出なかよ」


 私はクスクスと笑うと、「教室、行きましょうか」と慣れない標準語を使いながら進行方向を指差した。確か考古学は第二棟の三階だったはずだから、この第一棟の三階から渡り廊下ですぐつく。私は、そういえば前回の考古学の教室でもこの人の事を何となく見た事があるような気がして、隣を歩く彼の横顔を見上げた。


 「な、なんだよ」
 「知り合いによーく似とーと思って」
 慌てて前に視線を逸らせば、「お前、九州の方から来たのか?」と隣の彼は言った。私が首をかしげると、「博多の方の方言だろ、それ」と言われてはっとする。
 「ああ、」私はしゅんと項垂れた。せっかく普通のキャラで通そうと思っていたのにこれでは早々にボロが出ている。「私、標準語ばり勉強しとうんよ。都会はえずい所っちゃけん絶対標準語で喋らんとなめられるば思ってん」
 私が言い終われば、彼はこらえていたようにぶはっと吹き出して笑い始めた。


 「都会なんだと思ってんだよ」
 「えずい所っちゃよ、」むう、っとふくれて腕を組むと彼はそうかと疑問符をつけて言いながら首をかしげた。「都会も、一人暮らしも」
 「そんなに悪かねぇよ」
 「え」
 「慣れればいいところだぜ」




 そんなふうにちょっと照れくさそうに言った彼は、やっぱり私の想い人に少し似ていた。












(目にする全てが君につながる)















お題::farfalla





あなたがずっといるようで、少し嬉しい気がする。(20100206)