上京してまだ数日だった。
 都会の空気はお世辞にも綺麗とは言いがたく、地元九州の空気がとても恋しい。私はカーテンにそよそよと靡く風を、リビングの椅子に座りながら睨みつけるように見つめていた。フローリングの床に無造作に散らばっているダンボールの箱が、忌々しい。荷物は少しだけ片付いたものの、まだ全然手をつけていない荷物も多々ある。引越しとはなんて面倒なものなのだろうと私は大学選びをミスしたな、と後悔した。普通に地元のそこそこ偏差値の高い学校に進んでおけばよかったものをわざわざ親の勧めでこんな辺鄙な所にある(都会なんだけれど)某有名大学を受験なんてしてしまって、さらには受かってしまったものだから進学せざるを得なくなってしまったのである。
 私は、九州に置いてきてしまった色々な思い出と大好きなあの人の事を思い出しながら椅子から立ち上がって、ぼすっとソファベットへと倒れこんだ。携帯をポケットから取り出して開いてみるとメールが10件も届いている。親や親戚や地元九州の大学に進んだ友達から届いているもので、ニ・三日携帯を開いてすらいなかったものだからメールがたまりに溜まっていた。


 アンチ携帯。
 携帯電話が嫌いなわけではないけれど、特に好きなわけでもない。持ち運ぶのは面倒だと思っているし、携帯一つでなんでもかんでも済まそうとする現代人があまり好きではないのも事実だ。現代人にあるまじきとさえ言われる、携帯を必要以上に持ち歩かない『非携帯』な人間それが私だった。そんな私が、こうして地元から離れるとどうしてもこういう機械に頼ってしまうのがもの悲しい。


 「カズ」
 カズからメールが来ているのに気づいて私は少し心が躍った。彼と離れ離れになってしまう名残惜しさを忘れたかったけれど、そんなものは簡単に忘れられるわけも無くて。こんなにも嫌いな携帯電話ですら、大好きな人から来たメールなら大好きになってしまう。なんて単純な女なんだろうと自嘲した。


 『俺は元気っちゃけど、貴様は元気か? 都会はえずか所っちゃろうが、しかっとせいよ!』
 普通のメールの文章にも、思わず笑みがこぼれてはっとする。まったく、なんて影響力だろう。


 「カズ、寂しかよ」


 ぽつりとそんな事をつぶやいても、彼は画面の向こう側で。ここからは飛行機で飛んでいかなければ会えない所にいて。私は寂しいとつぶやく事でしか、この気持ちを紛らわせる事ができなくて、もどかしさが胸の中でうずまく。名前を呼べば呼ぶほどいとしさは募るばかりなのに、会えなくて胸がカラになってしまったみたい。
 離れてみて初めて、こんなにもあなたの事が大好きだと思った。
 離れてみなくても、わかっていたけれどまさかこんなにもホームシックにかかるなんて誰が思っただろう。私はこんなにヤワな女だったのだろうか。きっと人間なんてみんな弱いから、頼れる人のいないところに一人で着たらみんなこんな風になるのかな。ごろりと私は寝返りを打つと、メールの返信をたどたどしいキー操作で打ち始めた。


 遅くてもいい、メールなら伝わるから。
 あなたの言葉でずっと、待っていてくれるって言ってくれたから。
 だから、私は大学を卒業するまでずっとあなた一筋だから。


 「カズ、私頑張るけん。カズもしかっとせいよ」




 私はメールを送信すると、新生活の事を考えながらソファでごろりとまた寝返りを打ってまぶたを閉じた。












(からっぽの恋心)















お題::farfalla





カズさんは「都会は恐い所だけど、しっかりしろよ!」と言っているつもりです。
博多弁独学なのでおかしい所ありましたらどうぞご指摘ください。(20100205)