(もこもこうさぎ)










 「うさぎ」
 廊下で擦れ違いざまに目があった。そのとき唐突に横山君が口を開いて口走った単語に、私は一瞬たじろいで立ち止まって横山君のほうに思わず向き直っていた。きっとこの状況なら十中八九、声を掛けられた人はたじろぐだろう。そして足を止めてしまうだろう。しかしなぜ、唐突に彼が『うさぎ』と言ったのか分からなかった。いぬでもねこでも鶏でもなく、なぜ、うさぎなんだろう。あまりにもピンポイントだったので私はどうしようか少し考える。考えて考えて考えた結果的に、同じ言葉をそっくりそのまま疑問符をつけて問い返す事にした。いい答え方、というか受け答え方が思い浮かばなかったというのが最大の理由だ。


 「うさぎ?」
 「そ、」彼は頷く。「うさぎだ」
 しかし彼の返答では埒が明かなさそうである。私はやっぱり耐えられなくなってしぶしぶ、「なにが?」と彼に問いかけた。
 「
 「え?」
 私はうさぎとは私の事なのだろうかと思いながら、ううんと考える。私とうさぎというのはかけ離れていない事もないかもしれないけれど比喩表現としては少し違う気がするのだ。確かに家でまっしろの毛のふわふわとしているウサギは飼っているけれど、それだけだ。ペットは飼い主に似るというけれども飼い主もペットに似るのだろうか。
 私が首をかしげると、横山君はウサギの大きさはこのくらい、といいながら手を動かし空中で形を作る。


 「このくらいの白いうさぎ、もこもこのやつ」
 「家にいるよ」
 「違う、の事動物に例えると白いうさぎっぽいと思っただけ」
 「そっか」ちょっと横山君ってエスパーなのかな、と正直思った。「あ、横山君はテンとかオコジョっぽいなあ」
 私もちょっと負けじと言ってみると横山君はうーんと唸る。
 「俺はイグアナとかっぽいとか思ったけど」
 「イグアナ、かあ」
 私はイグアナを思い出す。カラパゴスオオイグアナがぱっと頭に浮かぶ。陸と海を行き来したりする奴もいるとか聞く。のっそりしているように見えて実は意外とかしこかったり、実は獰猛な一面も持ち合わせていたりしてすごい奴だ。でもちょっと考えれば、ぱっと見たかぎりで横山君に似ているかもしれないなんて思う。


 「そう」
 「うさぎ、かあ」
 なんだか毛がもこもこしているうさぎだと妙に触りたくなる。私の家にいるうさぎは妙に私のところに寄ってくるので秋から冬にかけての時期や春先にはとても素敵なカイロのような存在で、とってもあったかくて気持ちのいい手触りをしている。毎日のブラッシングの効果かもしれないけれど、それでも気持ちのよさには変わりない。でも私はうさぎのようにかわいくもないし、そこまで愛らしい容姿もしていないはずだ。
 「でも私そんなにかわいくないよ」
 「小柄だし、ふわふわしてて目がくりっとしてる」
 「そうかな」
 私は少し照れくさくて、頭をぽりぽりとかく。


 「みんなそう言うよ」
 「う、」横山君は反則だ。「そんな、大げさな」
 「ほんとだって」
 横山君は反則だ。だってこんなキザでくさい台詞を軽々しくほいほいと口に出来るのにそれが胡散臭いとかそういうのがそのポーカーフェイスからは全く感じられなくて、本当に思ってるみたいに言うんだから。横山君はずるい、サッカーとかだったらきっとレッドカードまでは行かなくてもイエローカードの一枚は確実に出てもいいと思った。そんなことは恥ずかしいから言わないけれど、それでも横山君の言葉はいつもまんざらでもなくて、どちらかといえばくすぐったい気持ちだった。
 だからこういうのに耐性の無い私は自惚れだと知りながらも少し期待してしまう。まんまと彼の思わせぶりな態度にひっかっかって、いつもいつも振り回されてしまうんだ。だけどそれでも何だかいいような気がしたから、だからきっと私は彼の隣にいるのがすきなんだろうなあとぼんやりと思った。


 横山君横山君、君は知ってるかな。
 うさぎは寂しいと、死んじゃうっていうのは実は綺麗なうそだったんだよ。















お題::farfalla様





東海耐久レースふたつめ。(20100326)