(おひさまの笑顔)










 「おはよう」


 彼は、ふんわりと笑って私に言うのだ。朝の時間帯に彼に会えばその笑顔と物腰やわらかな声に歓迎される。私が実際に歓迎されているかどうかはさておき、その笑顔はなんびとたりとも逆らえないような素敵なあたたかい微笑みだった。そこだけ陽だまりのようなあたたかさがあった。だからこそ私は彼に「おはよう」と返すのだ。なんてすがすがしいのだろう、そしてなんて素敵なのだろう。だから私は偶然を装って駅のホームでばったりと彼に会ったようなふりをして、彼と同じ電車に乗って毎日登校する。


 「今日も、いい天気だね」とホームに立つ彼は言う。
 彼の隣に立つ私は、「そうだね」と微笑み返す。
 私はうまく笑えているのだろうか、友人から先日無理はしないでねと言われた言葉が胸に刺さる。春空は意外と寒々としている。新学期も始まって間もないけれども運良くまた同じクラスになった横山君はいつも通りのポーカーフェイスに戻り、ねえねえと私に声を掛ける。


 「って、いつもこの時間帯?」
 「最近、この時間帯」
 「ふーん」横山君は相槌をうつと、考えているのか考えていないのかよく分からない表情で言う。「時間帯ちょうどいいよな」
 私は先程から同意しかしていないなあと思いながらもまた、そうだねと返した。




 ぴゅうっと、ひやっとした風が吹いて私は身を竦める。まるで北風と太陽の北風のような風だと思う。横山君が太陽なら私は北風なのだろうか。


 「春一番かな」
 「かもしれない」
 私がぽつり、と呟くと横山君と目があった。少しどきっとする。
 横山くんはポケットに手を突っ込んで、そのまま空へと視線を移した。私も同じように空を見上げれば、なんだかシュークリームのようなふわふわとしたおいしそうな雲がたくさん流れていて、ああおいしそうだなあと思った。でも雲は気象学上食べられないものだと知った時はとてもショックだった事を今でもよく憶えている。実は実体の無い水蒸気でしたとか、幼い私には少し酷な事実だった。実は雲の上に乗れる、だとか実は雲が綿菓子みたいに食べられるとか思っていた私は、そうとう落胆して落ち込んだらしい。
 横山君がぽつりと呟く。


 「、実は雲が食べられないって知ってる?」
 「え!」私はちょっと思考回路を読まれたような気分になって驚く。「知ってるよ」
 「俺、小さいときはずっと食べられると思ってた」
 「横山君も」
 私はやっぱり、誰でも同じような事を考えるんだなあと思った。
 「も?」
 「うん」
 実はそうなんだと恥ずかしくて笑うと、横山くんも笑った。ああやっぱり彼の笑顔はあたたかい。だからやっぱり私はこの時間帯に登校してしまうんだ。彼の事が無意識のうちにすきなのかもしれないけれど、そんな自覚なんて無くてただ居心地のいい場所を求めているだけのような私。そんな私とこうして会話をしてくれるひだまりのような、横山君。きっと話すきっかけさえあれば、誰とでも仲良くなれるんだろうなと勝手な推測を立てる。
 ぷるるるるる、と電車の来る音がする。
 この電車だと止まらないから、私は次の電車を待つ。だからこの時間帯が、すき。横山君と一緒にいる時間が、増えるから。




 「、準急?」
 「準急に乗るよ」


 そう、だからすこしだけ。
 すこしだけでいいからまだ陽だまりの中にいたいんだと、欲張りな自分が渇望するのだ。















お題::farfalla様





 東海耐久レースひとつめ。(20100326)