ゆっくりと流れていくなにかを、わたしは眺めていた。それは時間だったのかもしれないし、蜃気楼だったのかもしれない。わからなかったけれど、わたしはそのゆるゆるとした時間が好きだったし、どちらかといえばぎゅうっと抱きしめているのが好きだった。すこし筋肉のついた腕も、ひきしまったウエストも腹筋も素敵だと思う。不破君不破君、とわたしが楽しそうに呼ぶと、彼は首をかしげた。


 「なぜ、名前で呼ばない」
 「不破君のほうが、不破君って雰囲気なの」
 わたしは曖昧模糊とした答えを返して不破君の座るソファの隣に座った。不破君がむ、とした表情になってわたしを引き寄せてにらめっこになる。
 「恋人と言う者は名前で呼び合うものじゃないのか?」
 「そうだけど、そうでもないの」
 「主語がないと何のことだか分からん」
 「一般論で言えばそうかもしれないけれど、理屈はそうじゃないの」
 不破君は、ふむ、と言って考えこむ。わたしが名前で呼ぶのが照れくさいというのもあるんだけれど、不破君は不破君という認識の方が強いのだ。だから不破君と呼ぶ。名前で呼んだとたん、不破君が不破君じゃなくなるような、なんだか複雑な気持ちになる。不破君は不破君でいい、変わらないままの方がわたしは好きだ。わたしが好きなのは不破君であって大地君ではないのかもしれない。それでもやっぱり、そんなところもあわせて不破君が全部好きなのに変わりはなかった。


 「そういうものは屁理屈になる」
 「そんな事ないよ」冗談も真面目な顔で言う彼に、ふふふ、とわたしは笑う。「大事なのは気持ちの問題」
 不破君は、また、ふむ、と考え込んだ。「では俺が呼ぶのは構わないのか」
 「構わない」
 「そうか」
 いっしゅんの、間があく。ふっと、不破君が口元を緩めたのが見えてわたしはとても幸せなみちたりた気持ちになる。わたしはこの人の細かい動作のひとつひとつに愛を感じるのだ。ふわくん、というたった四文字の言葉を見ているだけで、とても幸せだ。おかしいかもしれない。でも、きっと恋をすれば人間みんなおかしくなってしまうものなのだろう。人間に限らないかもしれない、他の動物も、みんなみんなおかしくなってしまうかもしれない。恋も、愛も不思議だ。
 わたしは不破君が隣にいないとき、ふと何かの喪失感にかられる。ぽっかりとわたしの中に空いてしまった穴は埋めようもなく、わたしの中のなにかがとめどなくそこから流れ落ちていく感覚。ああ、流れていくんだなあなんて、わたしはただぼうっとそれを見ていることしかできない。それを見ていると、どうしようもない不安に押しつぶされそうで苦しくて涙があふれそうになる気持ちになる。ああ、不破君が足りないんだ、と思う。その後にやっぱり電話しようと思って、ぎゅうっと電話を握る。
 不破君もそんな気持ちになるのだろうか。愚問かもしれない。


 「不破君、大好き」
 「それは知っている」
 「いいの、聞いてて。愛してる」
 「俺のほうが、を愛している」
 「ありがとう、嬉しい」


 しあわせだ、と感じて笑うと、不破君は私の頭をぐりぐりと撫でた。






 「キスをしてもいいか」
 「それって聞くものなの?」わたしが首をかしげた。
 「愚問か、」


 そして静かに、わたしたちは口付けを交わす。















 (20101005)バカップルって場合によっては可愛いと思う、美男美女のリア充はありじゃないか。少なくともわたしは目の保養的にアリだとおもうよ! 身長差があるほうがいい。頭一個分ちがうと、ちゅうするときに背伸びする女の子がもおうちょうかわいいですよね。(お題:花鹿)