「お前は感情論で物を言いすぎだ」 「そうかな」 席に着いたままの私が首をかしげると、彼は「そうだ、気づいてなかったのか」とさもそれが当り前であるかのように首をかしげた。なぜそんな愚門をわざわざ問うのかといったような風貌で私を見つめ返している。さすがはクラッシャーと呼ばれるだけあって、彼が私に破壊をけしかけてくるのは唐突な出来事だった。確かに私は感情的になって物事を言うことは、人間なわけだからないとは言い切れないけれどあえて言いすぎだと言われる理由は私にはよく分からない。 「ご忠告ありがとう、以後気をつけるようにするね」 じゃあね、なんてその場を立ち去ろうとして席を立ち、どうせ帰りのホームルームも終わったんだからと鞄を持って一歩ドアに向かって歩いていこうとしたところ手をがしいっと掴まれた。 「そう急ぐな、まだ話は終わっていない」 「終わったんじゃないの?」 「まだある」 むう、と眉間にしわを寄せて彼はぎゅうっと私の手首を握る力を強めた。私があまりにも真剣な表情をして(いや、いつもこんな顔だったかな)こちらを見ているので私は一瞬ぎょっとして、「わかった、わかったよ」と力を緩めれば、彼は私の手首から半信半疑の様子で手を離した。そしていつものように仁王立ちで腕を組みなおす。 「お前は国語の成績が学年ではトップだろう」 「それとこれとは何の脈絡もないよ」 「いや、ある」 不破君は途中で遮った私をむっとしたように眺めながら、「そもそも、」なんて切り出し方で話し始めた。 「俺には主人公というものの心理が分からん。主人公はなぜ自らをおとしめるような行動ばかりしようとする、簡単にできるところをわざわざ遠回りして出来ただなんだとほざいたところで所詮天才には敵わないことが分からないのだろうか。否、それは作者による失敗談を他の人間が繰り返さないようにする一種の諺のようなものだと俺は考えているのだがどの作品を読んだところで解説諸説などは人それぞれである程度の解答は出るがそこまで詳しい解答などでないはずだ。ならばなぜテストでそのような無益な問題を出そうとするのか俺には分からん」 「理解度を確かめるためだよ、それは不破君も分かってるはず。そのへんは柔軟に対応するべきなんじゃないのかな。先生が適当に言った事を重要そうな部分だけ抜き出してまとめれば丸が貰えると思えば安い問題だよ」 「俺はくだらん教師の言う事などは」 聞かんと言おうとする不破君の言葉を遮って私は自分の答弁を立てる。 「そもそも不破君は文武両道だけど感情に対してもう少し繊細さを持ったらどうなのかな、先生の言ってることだって世渡りに必要な事だってそこそこ含まれているし、聞かないよりは聞いたほうが授業料に対しても報われるものだと思うけれど」 「俺はすでにその手の事は本から得た知識で知っているものばかりだ、国語など参考書を見れば何とでもなる」 「じゃあ、」私は、だからなんなの!と叫びだしたい衝動に駆られたけれどここで叫んだら私の負けな気がしたので絶対に叫ぶもんかと口を食いしばった。「何で話したの?」 「お前が感情論で物を言っているからだ」 「ああ」そこで、通じるのか。「だから」 「む、そうだ。主人公とやらの気持ちが分かる奴ならば少しは物分かりのいい奴だとは思ったが。まあ所詮中学生のレベルからしてみれば高くてもこの程度かと予想のつく範囲内だったということだな」 「まあそんなレベルの高すぎる中学生なら今頃留学してるでしょ」 私は不破君の突拍子もない発言に、拍子抜けして笑いがこみあげてきてケラケラと笑った。 「留学、考えていなかったわけではないが少し枠の外だな」 「留学してなくても今頃はレベルの高い私学へ行ってエリートコースまっしぐらでしょうね」 私が厭味ったらしく言えば、彼はふむ、と言いながら黙り込んでしまった。よし、チャンスなんて思って今のうちに逃げだそうとしたんだけれど、簡単にクラッシャーなんかから逃れられる訳もなくて私はまたしてもがしいっと左腕を掴まれる。不破君のほうを振り向いたら彼の眼がきらりと光ったような気が、した。まずいなんて思う隙もなく、彼は次の句を紡ぎだしてしまう。 「逃げるのか、笹倉」 「ひい、ちょっと!」 もう、勘弁してよ夕日が沈んできたじゃないなんて教室から窓の外を指さすと、彼は「ふむ」なんて少し考え込んで「では、帰りながらでもいい」なんて言いながら、どこまで付いてくるんだろうという私の考えを放置して結局私の家の前までついてきたりしたなんてそんなバカなことがあるわけがない! また明日な、なんて言っている彼がちょっと爽やかでかっこよく見えてしまったなんて死んでも思わない! 母さんが「え、彼氏? うそ、紹介しなさいよ」なんてしつこく絡んでくるなんて予想外だ! まさに今の私が、 感情的、なんだろう。
感情論
悪魔とワルツを様:
(20100224) |