「好きだ。付き合ってくれ」


 屋上での単調な告白。
 それはなんでもないような『普通の恋人』の始まりの常套句であり、尚且つそれはなんでもないような俗に言う“リア充”と呼ばれるものの始まりでもあり、そしてさらに私を非日常へと誘うような甘美なる言葉でもあった。一瞬でもどきりとしてしまった私はどうしたらいいのだろう。しかし眼前に立っているのは周りからもクラッシャーと呼ばれ恐れられるような男だということを私は知っている。そして私がずうっと大好きだった人だということは、言わずもがな私が知っている。当たり前だ、自分のことなんだから。
 周りの目からずうっと霞んで見えるように過ごしてきた。そんな私は必要最低限の人間としか関わらず、尚且つその人たちともうわべだけのトモダチ付き合いしかしてはこなかった。だから、私の印象は「いい子」。どこにでもいるような、普通の女の子。だから印象にも残らないような、そんな感じのキャラを通してきたはずだった。他人とは一線を引いて、少しはなれて接してきたはずだった。なのに。


 なのに、どうしてだろう。
 彼はいつのまにか私の領域の中にいとも簡単に入り込んでいた。








 「、お前はどうしていつも平均点しか取らないんだ」
 「どうしてといわれても、それは私の頭がそういう風に出来ているからだよ」
 帰りのホームルームで自習になった時間の分のテストを返されて席に戻れば、不破君が机の前で仁王立ちしていた。クラスのみんなも何だ何だと野次馬根性で覗き込みたい気持ちでいっぱいなのだろうけれど、相手が相手なのでちらちらと様子を見る程度に収めている。私は少しぎくりとして、それが表情に出ないようににこりとつくり笑顔を浮かべれば、彼は一瞬でそれをも見破って私をさらに問い詰める。


 「授業も真面目に受けている、ノートも真面目に取っている。教科書も真面目に持ってきている」
 「みんなやってる事だよ、当たり前の事じゃ」
 私の言葉をさえぎるように不破君が割ってはいる。


 「そうだ。だがだからといってお前が平均値しか取れないわけが無い。、お前が小学校で取っていたテストの点数を忘れたとは言わせん。あの時点でお前は中学レベルの学力は持っていたはずだ。ならばこんな問題など余裕で解けるはずという結論に至る。しかし、そこで疑問が生じてくる。何故お前はテストで平均値しか取らないのかと言うことだ。取れるならば取ってしまえばいいものを、わざと間違えてまでして、何故無理矢理平均にこだわる」
 私は、返答困った。そんな困った私を差し置いて不破君はずけずけと前に進んでいく。


 「ふむ、まあ恐らくここからは俺の推測だがお前は、ただ目立ちたくないだけだろう。いたって単純すぎる答えだがこれが一番納得できる。お前の様子を観察してみるとクラスの連中とも必要最低限の交流しかもっていないうえに、そこまで深く交流はもっていないようだということがわかる。その事からして」


 「最っ低!」




 ぱあん、という破音が響いて気づけば私は息を荒げて彼の頬を平手打ちしていた事に気づく。さすがクラッシャーなんてぼうっと思いながら私はすとんと席に戻った。不破君はきっとひりひりするだろう頬を押さえずに、呆けたような顔で私を見ていた。やってしまった。そんな言葉が脳裏に木霊する。頭の中の私がなんてこったと警鐘をカンカンと鳴らしたけれど時既に遅し。
 中学にあがってからは平穏な学園生活が遅れると思っていた。そうなるように努力もしてきた。しかし私の平穏など知りもしないかとでも言うように彼は私の平穏をぶち壊した上にクラスでの私の立場もぶち壊していた。私は『破壊者に手を上げた女』とかそんな感じで偉大な人のように扱われて、一躍私の名前は全クラスおそらく全学年に光の速さでとどろいていた。次の日に廊下で同姓からきゃあきゃあと黄色い声援をあびて、知らない男子から握手も求められて、知らない男子からよくやったと言われて賞賛のまなざしで見られる。私の求めていた平穏で薄暗い学園生活はどこかへ去っていってしまったように思えた。ああ、せっかく小学校からの腐れ縁も偉大な人扱いも卒業して中学からやり直せると思っていたのにクラッシャーと同じクラスになったのが運の尽きだった。
 しかし、そんな事をされたところで、それでもやっぱり小学校からずっと彼の事が大好きなんていうのは心の奥にしまっておくはずだったのに。








 「不破君のせいでみんな壊れちゃったよ」
 屋上でひゅうひゅうと吹く風に吹かれながら力なく笑えば、不破君は自信満々に答えた。


 「俺は壊す事しか出来んからな」
 「そうだね、でも私が直してあげるから」


 くすくすと笑いながら私はぎゅうっと彼に抱きついた。
 何度壊れたって、何度なくなったって、私がぜんぶぜんぶ直してあげます。












データクラッシュ




















だから、リカバリーだって必要なんだよ。(20100222)