『こたつ』と呼ばれる物を見に、不破君が家に押しかける形でやってきた。事前に断りなんてものは無くて、私はインターホンに出たと同時にインターホンの受話器をとりおとしそうになったけれど、ここで落としたら彼に負けた気分になると思って両手にぎゅうっと力を入れてこらえた。それにしても、何故家なんだろう。きっと小島あたりに「この近くでこたつが家にある奴をしらないか」とかなんとか聞いて私の家のこたつの存在を知ったのだろう。
 彼にどうしたの、とインターホン越しに問いかければインターホンの向こう側から彼はこたつに関する究明をしにきたと単刀直入に答える。機械を通して、抑揚の無い声が余計に無機質な音声のように聞こえて少しタチが悪かった。それでも、心臓がバクバクとするのには変わりなくて、私は不破君に心底惚れているんだろうと思い知らされる。


 「今から出るよ」
 『うむ』


 そんな機械的なやり取りのあと、私はインターホンの受話器を置いてぱたぱたとスリッパを鳴らしながら玄関に向かって廊下を小走りでかける。ドアの向こうに少しだけ影が見えて、ああ不破君だと思うと少しだけ顔の筋肉が綻んだ。ゆるゆる。玄関口でスリッパから適当なサンダルに履き替えてドアを開ければ、案の定不破君がいた。上から下まで無彩色。マフラーからコートからズボンから靴まで、ほぼ真っ黒だった。ああ、不破君だな、と思って私は「いらっしゃい」と彼を招き入れる。


 「こたつのある部屋はどこだ」
 「一階の和室にあるよ」
 「む、そうか」


 不破君が靴を脱いで揃えているうちに私もサンダルをほいっと脱いで不破君用のスリッパを出す。私はさっき履いてきたスリッパに再び足を入れた。私がこっち、と不破君の先に立ってこたつの部屋に案内する。がちゃりとリビングの扉を開けて、リビングを通り抜けリビングの奥にある襖を開ければそこには一般的なごくごく普通のこたつがどしんと居座っていた。我が家のこたつ様だ。偉大である。


 「これなんだけど」
 「ふむ…これがこたつか。あったかくはないな」
 「まだ電源は入ってないからあったかくないんだけどね」
 「む…」


 そそくさとこたつに入った不破君は電源に気づいてこたつの電源を『入』に変える。ぶいん、という機械音が響いてこたつが徐々に温度を上げ始めた。私もこたつの恩恵にあやかる為に座布団に座って、こたつに足をつっこむ。じんわりとこたつの温かいぬくもりが伝わってきて、ほこほこした気持ちになる。


 「あ、お茶とお茶菓子持ってこようか」
 「ここでお茶菓子を食べたことによって、俺は中学生の一日の平均カロリー摂取量をオーバーすることになる」
 「まあ、たまには糖分をとってもいいんじゃないかな。不破君は脳を酷使しすぎだから糖分もそのぶん一般の人よりもたくさんいるはずだよ。それに比例するみたいに体内でブドウ糖に変わる時のエネルギーもいるからきっと若干オーバーしても大丈夫、それにサッカー部始めてから運動もしてるでしょ?」
 「お前の意見には推測が入り混じっていて間違いだらけだが、気遣いだけはもらっておこう」
 「それで、結局お茶菓子食べる?」
 「お前がそこまで言うのならば、食べてやろう」
 「じゃあ持って来るから、待っててね」


 私は暖かくなりかけたこたつから名残惜しみつつ抜け出して、煎れたてのお茶とお茶菓子(嬉しい事に今日は大福が二つ戸棚の中にあった)をお盆に載せて、和室へと運ぶ。ぬくぬくと不破君がこたつに入っている様子を見ると、いかにも似合わないのにとても可愛くて少しだけきゅんとした。


 「はい、お茶と大福」
 「見れば分かるだろう」
 「ほら、なんとなく」


 にこりとすれば不破君がなんとなく、ふっと微笑んだような気がした。
 それからふたりで大福を頬張ってお茶を飲んでごろごろしていたら、こたつパワーによる睡魔が襲ってきて結局両親が帰ってくるまで惰眠をむさぼってしまったなんていうのは私と不破君との秘密。「あら、お邪魔だったかしら! あ、そうそう。ついでに晩御飯食べてく?」なんて呑気な調子で母が言ったので寝癖の目立つ眠そうな不破君と顔を見合わせて、くすりと笑った。












(君に落ちる僕の影)















お題::farfalla





(20100218)