家に入れば、私が出ていった状態のままだった。でも玄関を開けて男物の靴が消えていたので、私は少しだけ安堵の息を吐いた。ああ、良かった。今日はもう会わなくても済むのか、と思いながら靴を脱いで家にあがる。玄関口からリビングへの扉を開ければアルコールの匂いがつんと鼻をついて、私は顔をしかめた。アルコールは嫌いではないが、苦手だ。母があんなふうになってしまっているのもアルコールのせいなのではないだろうかと思う。リビングの机には何本かのアルコールの空き缶がそこかしこに乱雑に転がっていた。母はと言えば机に突っ伏した状態で眠っているらしい。すうすうと寝息を立てて眠っているようだ。暢気なものだと思う。離婚したらしい父親だった男の金と、ほかの男から巻き上げた金でたいていの日は飲み明かしている。このような反面教師である母親がいたおかげで、今のしっかりした私がいるわけなんだけれど。それはさておき。
 私はそのまま自分の部屋に向かうと、部屋のドアを静かに開けて閉じる。


 私の部屋は殺風景に近い。
 特に何も必要はないと思っているし、何か持っていれば愛着が湧いてしまい、壊された時や失くした時には、あの悲しみと切なさと喪失感が湧きあがってくるからだ。だから、昔から物を持つことは嫌いだった。生まれてこのかた、自分から何かが欲しいと申し出たことは一度しかない。一度だけ、欲しいと言ったものなど買ってもらった次の日に買った本人である母親に壊されてしまっていた。だから、もう二度と。


 私は自分自身を深く深く呪っていた。
 堕落している、何もかも。
 何も望まないと決めていたはずなのに、私はなんて身勝手なんだろう。私はなんて強欲なんだろう。ずっとずっと好きだと言ってしまえばそれで済む話なのに、どうして付き合って間もなく別れる事が頭によぎるんだろう。なんて薄情なの、なんて酷い女なの。でもやっぱり本当のところは、山口君の事が大好きで、今もまだ心臓がどきどきしているのが分かる。最後の山口君のニカッとした爽やかな、でも少し照れたような表情が忘れられない。
 ねえ、山口君。私は駄目な女の子なんです。でも、嫌いになんてならないでほしいの。


 山口君は私の事をどう思っているのかな、とか、どんなふうに私が見えているのかな、とかそんな事ばかり考えて何も手につかない。宿題が出ていたような気もしたけれど、頭がぼうっとしすぎて思い出せない。今日一日でたくさんの事が起こったきがして、頭の中が容量オーバーでパンク寸前だ。いや、もう既にパンクしているのかもしれない。私は潔くノートを閉じてベッドにダイブした。ベッドの中で、山口君のことばかりが私の頭をかけめぐる。




 そういえば、連絡先も交換してない。
 そういえば、山口君のこと実はあんまり知らない。
 そういえば、山口君が好きだった子どうしてるのかな。
 そういえば、山口君のファンに睨まれないかな。
 校舎裏に呼び出されたりしたら、どうしよう。
 女の子の嫉妬って、怖いみたいだし耐えられるかな。
 カッターレターなんて古いけど、嫌がらせは嫌だな。


 頭の中でぐるぐると不安が駆け巡っていく。私は枕にぼすっと顔をうずめて考えを振り払おうとしたけれど、なかなか頭の中から出て行ってくれない。ガタンガタンと椅子が動く。母が起きたのだろうか。私はぼうっとし始めた意識の中で、母がドアから出ていく音を聞いた。
 鍵はしめたのだろうかとか、ああそういえばお風呂入ってない、とか考えて。


 考えている途中で、私は意識を手放した。










 ああ、山口君のサッカーの試合
 一度でいいから近くで見てみたいな。






























(20100914)