再び来る昨日など、捨ててしまえばいい。 簡単に捨てる事が出来ないのが、現実だ。 私は、しばらくの間黙っていた。自分自身の気持ちがよく分からなくて、ただただ山口君に手を引かれて歩いていた。 いきなり、泊めてなんて言えるわけも無く、私はどこへ行くのか分からない山口君について歩いていた。多分私の家に送ってくれるのだろう事を思ってみる。山口君はいい人だから、きっと送ってくれるんだろう。私たちは夜道をとぼとぼと、歩いている。 ああ、やっぱり大きい手だなあ。なんて、私と繋がっている山口君の手を見たりして。思考も全然働かないままに、ぼうっとしていた。あまりにもぼうっとしていたので、一度や二度何も無い所で転びかけるたびに「大丈夫か、」と山口君が支えてくれた。私はそのたびに顔が火照る。「大丈夫」と答える。 「ほら、」 山口君の声に気がつけば私たちは私の家の前まで来ていた。門扉が、私が出てきたときに開け放したままになっている。まだ、あの男がいるのだろうかという不安が襲ってくる。また、あんな風に暴力に訴えられるのだろうか。と思うと怖くて仕方が無い。このまま入りたくは無かったし、入りたいはずが無かった。このまま帰りたくなかったし、帰りたいはずが無かった。でも、そんな事を山口君に気づかれたくなくて、やっぱり私は虚勢を張る。ふわりと自然を装って微笑むと、山口君は照れくさそうにニカッと笑った。ああ、幸せかも。 「家、ここだろ」 私はこくん、と頷く。 「明日も学校あるし、嫌な事は早く寝て忘れろよ」 「うん」 「あー、その、返事はいいから」 「ありがと」 私は、もうどうにでもなればいいと思って手を離して山口君の背中に腕を回した。「うわっ」と山口君が少しバランスを崩したけれど、立て直す。 「山口君」 「おう」 「私も山口君が大好きだから、付き合ってもいいよ」 「…マジか」 「ほんと」 ぎゅうっと私は幸せに浸りながら、早鐘のように打つ心臓の音を聞いていた。 「オッケーってこと、だよな」 「そう、だね」 私たちはどちらからという訳でもなく自然に離れる。山口君の顔がとても近いから、なんだかとろとろととろけてしまいそうになる。脳みそはきっととろとろだ。山口君にずうっと恋をしているから。とろとろ、とろとろ。大事な事も嫌な事も、ぜんぶぜんぶとろけてまざりあう。結局自分が何を考えているかどうか、分からなくなって山口君がいたらそれでいい、という気持ちになる。 ねえ、山口君。 ねえ、 だいすきだよ。 ▲ (20100911) |