ああ、私には貴方を、触る手がない
そんなことすら、わからなかったんだ。





 私が目を覚ますと、目の前にいたのは山口君と面倒見の悪い母親だった。私は通学途中に熱中症で倒れたところを山口君に病院まで連れてきてもらった事になっているようで、母親の心配の仕方ったらなかった。うそ臭い演技にますます拍車がかかって、これじゃあモンスターペアレントの片割れの役者でも出来るんじゃないかってくらいで、それはまあ、先生が来た時もすごいものだった。山口君も結局、昼までしかない授業なのにも関わらず病室で一緒にサボった。っていうのは嘘で、本当は二時間目終わりくらいに先生に連れて行かれて私がぽつんと病室に残っているだけだった。母親は先生が帰るやいなや、「じゃあね」と一言だけ言って帰っていく。そっけない奴め。


 山口君は、きっと誰にでもいい人なんだろう。スポーツ万能容姿端麗、おまけに性格もよかったら向かう所敵なしじゃないか、と思いながら私はくすくすと一人笑う。一日絶対安静、ということで個室なのはありがたかったけれど、なんともこれが暇である。これなら学校へ行って授業をしていた方がまだマシなのではないか、とでもいうくらいに暇だった。



 何もやる事がないとなると、残るのはテレビをずうっと眺めて山口君の事を考えるか、山口君の事を考えるか、山口君の事を考えながら寝るか、ぐらいしか思いつかない者なのだけれど、ここまで山口君を考えることしか思いつかない私になんだか嫌気がさした。自分で言うのも少々小恥ずかしいけれど、ベタベタに惚れている。私は顔近かったなあ、とかぼんやりと思い出す。何で、私はあそこで気を失っちゃったんだろうもったいない。
 ごろりと布団の中で寝返りを打ち、私は母が置いていった置き土産のようなテレビカードとコンビニの袋に手を伸ばす。ポテトチップスのがさがさっというビニールの感触にまじって、とんがったカードが見つかる。私は「あった」と思わず声を上げて、口を押さえた。一人になると独り言が少し増えて、何だかいたたまれない気持ちになる。一人暮らしになると独り言が増えるというのも少しだけ頷けるような気が、(本当に少しだけだけど)した。まあ、ものと話しはじめるなんてことは、絶対にないし一人で歌い始めるなんてのも出来るなら嫌だ。ああ、だから一人カラオケとかあるのかなぁ、なんてぼんやりと考える。
 ああ、テレビテレビと思って、私はカードを然るべき『カード入れ』に刺してテレビの電源を入れた。この病院だけだろうか。テレビを見る事すらお金が掛かる世の中とは。いささか不便なものである。確かに電気代はかかっているけれども、もう少しくらいサービスしてもいいんじゃないのかな。まあ行政もこんな所に使うお金がないんだろうけど、……恐らく私利私欲に使いすぎたせいで。


 ぷち、と電源がはいるとびりびり、と静電気が画面に走る。ブラウン管テレビは、徐々に明るくなりながらその機械的な音声を流し始める。


 『…ですよねえ、物騒な世の中になったものです』
 ニュースキャスターが、ぺらぺらとコメントを述べていた。どうやらトラック衝突事故のニュースらしい。東京の方では今日の死亡者数、なんていうのが交番に書いてあるという噂を聞いたりもしたのだけれど、自分の住んでいる土地がそんな物騒なたて看板なんて立てているようになったら日本も末期だな、と思った。チャンネルを変える。
 『なんちゃってー!』
 『ってなんでやねん!』
 『ども、ありがとうございましたー!』
 お笑い芸人がひょこひょこと画面外へはける。私はチャンネルを変える。サスペンス。変える。韓流ドラマ。変える。水戸黄門。……変える、……変える、……変える……。一通りチャンネルごとに何がやっているか確認したけれど、結局の所最初のチャンネルに戻る。




 「やまぐち、くん」
 どうして、ちかづいてきたんだろう。けっきょくは、突き放すだけかもしれないのに。
 やまぐち、くん。


 あなたは、…あなたは本当にあの時の、










 私が、大好きだった人なんですか?






























(20100704)