どれだけ足掻いた所で、そこには、
変えられないものがある





 そう。私が生命の大切さについて気づいたのは、幼稚園の時。目の前でクラスの男の子が羽虫を殺した事から始まった。
 当時の私は綺麗な蝶々が大好きだった子供だった。あんな風に、ひらひらと羽ばたいていきたいと夢見ていた事すらもある、まだ純粋だった子供の頃の話だ。目の前でバラバラになる大好きな蝶々に、私は耐え切れずに男の子を殴った。


 「なにすんだよ、てめぇ」
 男の子がなぜ怒っているのか分からなかった。けれども私が正しい事をしているのはなんとなくわかった。私はその子に、「その蝶々と同じ事されたら、痛いでしょ!」と怒鳴ったことは憶えている。男の子は私の怒鳴り声を聞くととたんに押し黙って、それからほほの痛みに耐え切れなかったのか、それとも私の気迫に驚いたのかその両方なのか分からないけれど、唐突に泣きはじめた。
 それから二人で先生にこっぴどく説教を食らって、それから二人でお墓を作ってアイスの棒みたいな木の棒に汚い字で『ちょうちょうさんのはか』と書いたのは鮮明に覚えている。その男の子の顔は、まったく覚えていないけれど。






 「ああ、嫌なことおもいだした」
 私は額に流れる汗をぬぐった。そのまま、しゃがみこんで隣の猫だったものを包んだ紙を見る。


 現在、私たちは公園の片隅にスコップでしゃこしゃこと穴を掘っていた。学校は多分遅刻だと思う。少し余裕を持って出てきたのだけれど、これじゃあ間に合いそうになかった。公園の時計は、もう八時をすぎている。あの時計は遅れていることで有名なので、きっともう始業のチャイムが鳴っている頃だろう。それにしたって、山口君が。あの山口君が私なんかのようなどうしようもない奴につきあって穴を掘っているのが、なんだか可笑しかった。出来すぎていて、まるで夢のようだった。昨日まで、あんなに距離があるような気がしたのに。今は、なんだかすごく近い。手を伸ばしたら、本当に届いちゃうんじゃないかってくらい。
 山口君の額から流れる汗を眺めていたら山口君が私の独り言に気づいて、「嫌なこと?」とスコップを地面につきたてて汗をぬぐいながら顔を上げた。キラキラする山口君は、どこへ行ってもなんだか山口君だってすぐに分かる。


 「あんまり、大したことじゃないんだけどね」
 「ふうん」
 「デジャヴ、みたいに前に一度こんな事あったなあって思い出してたの。猫みたいに大きい生き物じゃなかったんだけど、その時もショックだったなあ」
 「でもさ、」山口君が会話を広げる。「似たようなことなら、俺もあったかも」
 「え」
 「昔さ、…まあ昔っていっても幼稚園くらいの事なんだけど」
 山口君が、ぽつりぽつり、と話しはじめる。私の背中がざわっと、何かうごめいたように疼いた。
 「その時ってさ、虫とかよく潰したりしただろ。あー、……ほら、アリとか、何かちっさい虫とか。で、俺は一回女の子の前で蝶々捕まえたんだよ」
 「ちょうちょ?」
 「そ、蝶々」
 「羽、むしって殴られたの?」


 少しだけ、沈黙が流れる。頭で思いついたままの言葉が、いつの間にか形になって口から出ていた。しまった、と思ったときには既に遅くて。私は「ごめんね、気にしないで!」と言ってあわててスコップを持って穴を掘り始める。山口君はぼうっと、私を見ていたけれど突然ばっと私の肩を掴んだ。何だか顔が近いとかそんなことしか考えられなくて、山口君がせっかくこんなに近いのに、顔を背けることでしかこの状態を保つ事が出来ないのが非常に惜しい。




 「なん、で…! まさかがあの時の」


 私は、山口君が近くにいるっていうだけで何だかくらくらしてきて、直射日光もキラキラ輝いていて。ああ、山口君っていつでもキラキラしててお日様みたいだなあ、なんて思いながら、意識を失った。





 ( ブ ラ ッ   ク ア    ウ   ……  ト …、)





























(20100704)