お前には、

見る目がない

と言われて、





 私は何から手をつけていいのか、もう何も分からなくなっていた。美術の授業、どうでもいい美術史を聞きながらぼんやりと考える。どうせ私には見る目などありはしない。男しかり、これはきっと母からの悪い遺伝だ。ただの面食いである母は、自分をけばけばしいほどに身づくろい若々しく見せながら若い男をたぶらかし「父親」と呼ばれるものをつくり、性格が(難あり)にも関わらず結婚し、離婚した。私としては、ただただ然るべき事であるとしか言う事はできない。なぜなら母の武勇伝は両手で数えれば足りないくらいあるからだ。しかし、非常に残念な事に私にもその母の血は確かに流れている。それを知った時は、少なからずショックだったけれどもそれは生まれた時点でどうすることも出来ない事実。
 そう、私がずうっと思い寄せていた彼はクラスでもささやかなファンクラブもどきまで出来るほどの美男子。美男子という表現もそうそう言わない死語、なんだけどイケメンってのも、ちょっとアレな用語だから使うのも少しだけ躊躇する(この学校には気にしてる人もいないんだろうけど)。でもどちらかといえば、好青年という言葉のほうが当てはまるかもしれない。まあ、要するに、誰から見てもカッコいいという事はブレない事実。


 ああ、やだやだ。なんて思っていたら、彼と目が合う。
 おそらく一瞬の事だったのに、なんでだか分からないけど何時間のような感覚。



 何で、
 なんで?



 「ね、
 「なに? それより先生は」
 ぷつり、と何か切れたように周りから隔絶されていた空気が消えて、今まで気がつかなかった喧騒があたりにざわめく。気づけば教壇には教師がおらず、そのせいか教室はおのおの自由な雰囲気で雑談を繰り広げていた。


 「あ、先生? 急な会議入ったみたいでぇ、さっき放送かかって出てったじゃん」
 茶髪がキラキラと揺れた。校則にギリギリ引っかからない程度の、(地毛といって通しているらしい)こげ茶色の髪はきれいなストレートで憧れる。


 「あ、そうだったよね。ちょっとぼーっとしてて」
 「あいっかわらず、なんか抜けてるよねぇ。どーせまた山口見てたんでしょ? 知ってる知ってる」
 まさに図星を突く友人は、ケラケラと笑いながら「あ、そういやあ朗報なんだけど」と明るい口調で紡ぎだす。「アイツ振られたんだよ、恭子に」
 「え」


 アイツフラレタンダヨ、キョウコニ
 アイツフラレタンダヨ、キョウコニ


 あいつ、ふられたんだよ、きょうこに


 『フラレタンダヨ、』


 なんだかその言葉だけが酷く無機質な音に聞こえた。まるで機械音のように頭の中でぐるぐると渦を巻いて回り続ける。どうしたって神様はこんなに無慈悲な制裁をするのだろうか、こんなにも彼があの子のことを思っていたのにも関わらず。このタイミングで…相手が弱っている、チャンスだ。とか思っちゃう私ではない。


 「ま、ちゃんは今がチャンスって所かな」
 「やめてよ、そういうの」肘で小突いてきた友人を押し返す。


 「あーはいはい。そう言ってて誰かに取られても知らないからね」


 そう言った友人の言葉が、なぜだか胸の奥に、しこりのように残った。






























(20100704)