選抜に彼が選ばれたようだ。嬉しくもあり、しばらく会えないと言う事で悲しくもあったりしてとても複雑だった。屋上から校庭を眺めながらぼんやりと彼が選抜で活躍している姿を思い浮かべて見た。春先に戦った武蔵野森からも渋沢さんとか強い人がいる中で最近まで素人だった彼が活躍するのだからものすごい勢いで応援に駆けつけたい勢いだったけれども、そんなミーハーな真似は出来ないわけだし、ましてやマネージャー募集なんてやってもいなかったのだからそのような展開になるのは夢のまた夢だった。


 「はぁー」
 サッカーのルールくらいは分かっている、サッカーのやり方だって心得ている。しかし両親の許可すらも無いし、そもそも私は女だし、小島のように強くない。逃げていると言うことも分かっている。普通の女の子だからと言い聞かせて諦めている。小学校のあいつら何してるかな、なんて少し考えてまたやめる。ガチャリと屋上のドアが開いて誰かが入ってきたような足音。私はまだ校庭を何の意味も無くただ眺めていた。




 「辛気臭いぞ」
 「え、」私は、その聞き慣れた声に驚いて振り返る。まさか。「不破君?」
 どうしてここにいるのか、何故私のいる場所が分かっているようにいつも現れるのか。それはきっと不破君の考察のなせる業なのだろうが、私にはどうしても超能力にしか思えない時がたまにある。今もその、『たまに』の一回に入る。不破君は私の姿を確認するや否や直球で本題に入り始めた。


 「ここしばらくのお前の言動について考えて見た結果だが、いくつか不審な点がある」
 「え?」
 唐突な事ではあるけれども、不破君がこんな事を聞いてくるなんてとても珍しい。今まで私に対する質問なんて数限られたようなものだったし、不審な点があるなんていわれたのはその中でもこれが初めてだった。そもそも不審な点って何だろう。私は考えてみたけれど考えてみればみるほど、ここ最近の言動がおかしいもののように思えてくるものだから不思議だ。


 「まず、俺と普通に会話が成立している点から見て普通の奴らとは全く異なる種類の人間だと言う事が仮定される。そもそも一年からクラッシャーと名のつく俺と会話しようとする考えを持つという事が不思議だ。普通の生徒を三年間貫き通すならば、俺などを友人のように見はしないだろう」
 不破君は一歩、一歩とこちらへと近づいてくる。
 「次に心理的な問題だが、俺はお前に話しかけられる度に何か得体の知れないものに胸部の中心から心臓を鷲掴みにされているような感覚に陥り、心拍数が若干ながら増えている事が判明した。映画に行った時も同じような感覚が何度かあった。そこでさまざまな心理学書を読んで見たが、詳しくそのような感情について書いてある項目が見つからなかった。俺はしばらくこの謎の感情について考えていたわけだが、この感情は風祭に対する興味とは違うものだと言う事が分かった」


 不破君は、私の手の届きそうな所で止まった。そして、「しかし、」と残念そうに続ける。


 「それ以上の事が分からない」
 少しむっとしたような、欲しいものが手に入らない子供のような表情を浮かべて、不破君は私を真剣な目で見据えている。
 「お前を見ていると、とてつもなく苦しくなり動機が激しくなる」
 「っ!」
 私も、きっと今不破君と同じ気持ちだ。不破君と会うと胸がきゅう、っと締め付けられるような変な気持ちになる。私は目の前に立っている不破君を見ながら、きっとこの感情は恋なんだよなんて言うのをとてつもない勢いで戸惑っていた。言うのがとても恥ずかしくて、とてもじゃないけれど言えそうに無かった。不破君がこんなにも真剣に話してくれているのに、私は今日に限って恋愛関係の心理学について書いてある本を持ってすらいなかった。


 「この感情が何か分からないという事がもどかしい」
 「きっと、私も同じ気持ちだと……思う」
 私は、不破君と目を合わせるのが気恥ずかしくて俯く。戸惑う。緊張して、口が上手く動かない。これは、もしかしてもしかしたら私は自惚れているだけなのかもしれない。そういうことはあまり私としてもきっと不破君としても好きじゃないことだろうし私としては不破君がきっと大好きで仕方ないから。思いを伝えるいい機会なんじゃないかとか思ってこれを機会に告白なんてしちゃったらいいんじゃないかとかすごく汚い思考ばっかりが浮かんできて、『ああもう自分なんて嫌!』と心の中で叫んだ。でも私はそれくらい不破君が大好きで大好きでしかたないくらい大好きなんだって言う事を、今の今になって気づいてしまうくらい阿保の子なんだなとも思った。




 「


 「…わっ!」


 唐突に目の前が真っ白になって何事かと頭がパニックになって。


 「これが『恋』なのか」
 「うん、多分」
 耳元で声が聞こえるなんて思って状況をきちんと認識して見ると、多分この白さは不破君の制服のシャツの色で。自分が抱きしめられているんじゃないかなんていうことに気づくのに数十秒かかってしまったけれどこの状況がずっと続けばいいなんて思っている自分がいて、これが学校なんだって事もちょっともう幸せすぎてどうでもいいやなんて思ってしまっている自分がいて、明日誰かにばれてたらどうしようなんて不安がっている自分もいて、それでもやっぱり今がずっと続けばいいと思った。


 「私、不破君に恋してると思う」
 「そうか、」不破君はぎゅうっと私を抱きしめている。私もぎゅうっと不破君の背中に手を回す。とてもすごく恥ずかしい。「俺もお前に恋をしている」


 「両想いかな」
 「だろうな、おそらく」












(屋上の手摺り、錆の匂い)

























かみさま、わたし今とっても幸せ!(20091229)