桜上水レギュラーが紅白戦で決まってから約一週間。合宿があるとかそんな話を小耳に挟んだ。期間はおよそ三泊四日。非常に微妙な長さだ。あくまでも私個人の観点から見たところによる個人的な意見でしかないけれども、親がなんと言うかという点で、微妙な長さだと思った。客観的に見れば、試合前のレベルアップと健康管理に葉必要な長さだと思うし、やはりこれくらいの日数は最低限無ければほとんど中途半端に終わってしまうパターンは多い。だから私としては松下さんのコーチの力量に関して一身に信頼を預けてもいいと思っているくらいには信用もしているし頼りにもしている。頼もしいコーチだ。 私は授業が終わって教室から廊下へと出てきた小島を呼び止めた。 小島は一瞬驚いたような表情になって私へと近づいてくる。 「小島は合宿行くんだよね?」 「馬鹿ね、も行くに決まってるでしょ」 「やっぱりそうなるよね」 私はため息をつく。行きたい気持ちは山々なのだ。小島が眉をしかめて問いかけてくる。予想済みの返答。 「何か不都合でもあるの?」 「無い、ただ親がなんというか分からない」 私は親の顔を思い浮かべる、外泊なんて許しませんなんて言う頭の固い頑固な親の事だ。合宿ももしかしたらその手のアレに引っかかって駄目の一点張りになりかねない。しかし、私個人としては参加したいと言うのがホントのところで学校に宿泊なんて機会もめったに無い事だろうしマネージャーとして部活にいることになった訳なので練習にも参加したいという気持ちが強いのも確かだ。 「も大変ね」 「受け取り方は人によるかもしれないけど、私はこれで慣れてるから」 「はぁー、ってやっぱり達観してるわ」 小島が頭に手をあてて感心しているのか呆れているのか分からないため息をつく。 「小島ほどじゃないけどね」 私は、小島にニコリと微笑を返した。とりあえず家に帰って話してみようなんて、考えてみる。 家に着いてバタバタと荷物を置きに部屋に戻ればあの親代わりが部屋のドアの前に仁王立ちしているのが目に入る。 相変わらず化粧の濃い顔で、真っ赤に染まっている鮮やかな赤色の唇が艶やかに目立つ。アイラインの強く引かれた目はパッチリと大きく、私を射るような視線で見つめている。客観的に言えば、つけまつげが酷く似合う。近づけば近づくほどにブランド物の香水の嫌な香りが鼻をつく。あざやかな口紅とは対を成すような漆黒の胸元の開いているワンピースがやけに似合う、一言で言えばただ顔のいいだけの美人だった。ふわふわとした胡桃色の髪はそれだけで存在感があり、年齢が相当いっているようには思わせない容姿をしている可愛い系の美人だ。十人中十人が振り返って甘美なため息をつくような、そんな容貌。 「どうかしたのですか」と、私。 「心当たりがあるでしょ」と、彼女。 そんな事を言われてもどの事柄に対して心当たりがあるのかわからない。何に対して彼女が怒っているのか何を言わんとしているのか何に腹を立てているのか何が気に食わなかったのか。理不尽な理由で怒られるのはもうこりごりなんだと私は頭を抱えた。彼女に対しての敬語は恐怖心から。父親が勝手に再婚したこのハハオヤと名乗る女は私がサッカーと関わる事を頑なに拒んでいる。 「ありません」 「これは何? あなたもうこんな野蛮なことはしないと言ったでしょう」 「サッカーの雑誌を見ているだけで野蛮だと決め付けるのは良くない事です」 「あなたには令嬢としての勤めというものがあるのよ! ハハオヤの言う事を聴きなさい」 私の部屋においてあった雑誌を持ってヒステリックにわめき散らす彼女に、私はもはや何の感情も抱けない。所詮赤の他人に過ぎない彼女と私は血のつながりすらなく、ただ一緒の家に住んでいるだけの同居人に過ぎない存在だった。この調子だとしばらく友達の家に泊まりに行くなんて言ったところで聞きうけてももらえないだろう。こういう時は適当にハイハイと流しておくのがいざこざを広げないための最善の策だ。 「わかりました」 「いいわ、それじゃあこれは捨てておきます」 ふつふつとわきあがる感情を押さえ込むようにこぶしを握り締めて精一杯の作り笑顔を作る。 「わかりました」と機械人形のように正確な発音で発せられている言葉に一切の真実も込められておらず、結果として私にとってサッカーが唯一無二の存在のように思えてくるのだから不思議なものだ。好きなものは仕方の無い事だろう。ハハオヤと自称する女が横を通り過ぎていく気持ちの悪い生ぬるい風を振り払って部屋に入って全てのサッカー関係の物資を持って鞄に詰めて家を飛び出す。 私にだって、選ぶ自由くらいあるんじゃないの。だって人間なんだもの。 発想の自由も言論の自由もあるはずだ。彼女に取られるくらいなら、みんなみんな私から捨ててやる。
(取捨選択の自由)
▲ そんなつもりなかった、だけど昼ドラになってしまう管理人クオリティ。 |