クラッシャーと呼ばれる彼との接点は出席番号が近い事が全ての発端だった。一目で近寄るのをためらわせるような目つき、そして口を開けば毒舌があふれんばかりに飛び出し、多くの人を撃沈させ落胆させ精神的に破壊してきた。それが彼の第一印象。そしてサッカー部に入部したと聞く彼が開口一番に私という隠れサッカーオタクに告げた一言から、私の人生設計は大誤算となり今に至る。





 それは今年も入学式が終わり平穏な日々を過ごすかと思われたがまたしても出席番号によりこの人物の後に座る事になってしまった。その事実により周りから言わせれば悲劇だとか惨劇だとか嘆かわしい事実だとかそんな言葉が飛び交う。私の今の現状として、まさしく周りの目からは悲劇のヒロインという言葉が決定的に似合う人物とされて何らかの被害者ような扱いを受ける有様となっていた。もはやすでに虚像だか実像だかわからなくなりはじめた私が、彼から初めて話しかけられた言葉がこれである。


 『俺に付き合ってくれ』


 そしてその一言が発せられたのが四限目が終わった直後だったので、お昼休みの喧騒よりも更に教室内はざわざわとざわついた。


 「急に、どうしたの不破君」
 唐突な告白まがいの言葉に疑問符だらけで何が何だか分からない私に、周りの可哀想だなオーラを放っている目がずきずきと私を攻撃する。しかし、接続詞が『俺と』ではないので実際に恋人として付き合うとかそういうんじゃないような気がするのはなんとなく雰囲気で感じ取れた。だがしかし周りはそうと考えていないようで、明らかに前者の意味でとっている様子だ。私は変に緊張感の漂う教室の中で回りの視線を気にしながら小声で会話をしようと試みるが手段がわからない。


 「今月のJリーグにおける各チームの対戦成績とベストプレーを述べろ」
 「ああ、」私は、なんとなく彼の質問に対して気づけばそう答えていた。「そんな事かあ」
 「そんな事とは何だ」
 重大な事だと言わんばかりに彼は私を睨んだ。サッカー好きに悪い人はいない、というのが私の持論でもあるので私の表情は先程よりも随分と和やかなものに変わっていた。私は不破君の視線を無視しながら、われながら何をしているんだろうなんて考えながら、ノートを取り出して成績表を書き始める。
 「はい、こんな感じだよ」チーム名と得失点数を分かりやすいように適当な表として作り上げて、ベストプレーが前後半の何分にあって背番号何とかの何とか選手がどういう花形プレーをしたかなんてのを20個くらい書き上げた。10分ほどたってしまっただろうか、時間をとらせてしまって申し訳ない気持ちにさいなまれながらも彼のほうにノートを向ければ、彼は驚いたように「ほう」と感嘆ともとれるような言葉を吐いて腕を組みながら、私の表を食い入るように眺めている。


 「このチームの山内選手っていうゴールキーパーがいるんだけど、7試合していまだに無失点なの」とかそんな他愛も無いだらだらとしたプレイ結果など聞いてなんになるんだろうと思うほどにだらだらと私は彼に説明していたけれど、彼の耳に入っているかは定かではなかった。とりあえず一通り説明が終わって、「そんなところ」と切り上げると「うむ」なんて短い返答が返ってきた。どうやら聞いていてくれたらしい。彼は「そんな所か」と一言言うと、私のノートをひょいと持ってくるりと方向転換して自分の机に向かった。どうやらカリカリと音がしているところを見ると、ノートの内容を写しているようだった。


 不破君の背中をぼんやりと見ながら、お弁当、と思ってお弁当を取り出すと、ちょうどよく小島が「失礼します」と言いながらC組の教室へとずかずかと入り込んでくるのが見える。どうやらこちらのほうに用があるようで、私を見ると「!」と勢いよく机を叩きながら私の苗字を呼んだので、思わず私はびっくりして竦みあがった。


 「えっと、何の用かな…小島」早々話をする仲でもないが、昨年度同じクラスだっただけあり顔と苗字くらいは記憶に新しい。
 「どうして黙ってたの!」


 彼女が机をもう一度叩く。よく見れば私が愛読しているサッカー雑誌が机の上に存在していた。先ほどまで無かったので、おそらくこれは小島が持ってきたものだろう。その証拠に私の鞄に同じ雑誌が入っている。いや、それにしても。


 「なんで分かるの、小島、エスパーなの?」
 「馬鹿ね、これよ」


 小島が指差したその先を見て、小島が『がサッカーに興味ある』と知った理由を知る。
 それは、まあ至極単純な理由で。


 「あ、当たってる」


 私の名前が、『ご当選おめでとうございます!』なんてかかれてある懸賞コーナーのところに小さく書いてあるからだった。サッカー雑誌の懸賞と言えばサッカーに興味があって、さらにそれに対して凄く欲しいなんていうミーハーな気持ちが無ければ送らないわけで。


 「何で言わなかったのよ」
 「だって、サッカー好きな女の子なんてあんまりいないでしょ。話を聞いてみても、ルールもロクに知らないし。練習にいる女の子も、みんなプレー目当てじゃなくて選手を品定めしてるだけ。私は練習を見に行って、ミーハーな顔だけ水野ファンと一緒にされるの嫌だから」
 「、あんたって良い奴じゃない」
 「この話を聞いて、退かない小島も良い奴だと思うよ」
 「もっと早く話しておけばよかったわ」悔しそうに額に手をあててため息をつく小島を見ながら、私は机の上に置きっぱなしでまだ袋からも出していないお弁当に目をやった。小島がそれに気づいて「一緒に食べる?」と聞いてきた。
 もちろんだとでも言うように私はその言葉に頷くと、彼女はニコリと笑って私の手を引いた。




 それが、私と桜上水サッカー部の出会いである。








(はじめての)






























不破君との出会い編。(20091022サイカ)