※ちょっと折紙が不憫 公園で美しさと雅さをかけ備えたような女の子に出会った。綺麗な漆黒のまっすぐに伸びた髪がさらさらと風に揺れるたびに、どきりと心臓が跳ねる。日本の着物のなかでも一番優雅で真っ赤な『フリソデ』の袖がひらひらと揺れる。それには金糸で豪華な刺繍が入っておりひときわその豪華さを際立たせていた。こんなところで着物を見られるなんて今日の僕はきっとツイてる、とイワンは思う。綺麗だなぁ、と彼女をじっと眺めていれば、そんな彼女とぱちりと一瞬だけ視線が交わる。一目で心を奪われてしまった。その人形のように美しい、彼女に。 はぁ、とため息をつきながらトレーニングルームのベンチにすわれば後ろから「どうした?」と、ワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹に心配そうに顔を覗き込まれていた。驚いて少し右に寄る。と、「ここいいか、」とイワンの返答も待たずベンチの空いた方へ彼は腰を下ろす。嫌な気分ではないが、何だか複雑な気分だった。ブログは炎上していない。 「べ、別に何でもないです…」イワンが慌てて否定するが、それは虎徹にとって大した意味を持たないらしい。 「いやいや、あの溜息はもっと重たかったけどよ……、まあ言いたくないなら言わなくても大丈夫だぞ」 みんなお前の味方だから、安心しろって! バシバシとイワンの細くもしっかりと絞られた背中を叩く虎徹。その頼りになる態度に乗せられて、彼になら話しても大丈夫じゃないかと言う気持ちになる。若干の不安はあるが、虎徹は一児の父親だ。色恋沙汰には実は強いかもしれない。「実は、」とイワンは決意したように先日の出来事を話しはじめた。 「そりゃもしかして、まさか、その……あー、ヒト、ヒトメ…、一目惚れってやつか……!」 「う、あ、タイガーさん声が大きい……!」 全てを話し終えた後にイワンが慌てて小声で叫ぶが、時すでに遅し。いつもの女子組が色恋沙汰と聞いて、なんだなんだと集まっていた。くねくねと身をくねらせながら「何二人で面白そうな話してるのよ〜」と近づいてくるネイサン、カリーナ、パオリン、そして今日はたまたまついてきたらしい。はぁ、とため息をつくイワンに、虎徹は悪いと頭を掻きながら謝った。 「うっそ、どういう子なの? 可愛い子?」 「え、なになに? 折紙に彼女出来たの? 写真ある?」 「え? ご飯食べに行くの? おいしい所?」 一人だけ突拍子もなくはなしはじめる。黒のTシャツにカーキ色のやわらかそうな素材で作られている七分丈のサルエルパンツ。右手にはドリンクのボトルを持っているが恐らく中身はシェイクだろう。彼女がボトルのストローから飲み物を飲めば、甘い香りがふんわりと漂った。カリーナが顔を顰める。 「ったく、ったらまたシェイク持ち込んでるの?」 「ん? スポーツドリンクだよ」 「はいはい、シェイクね分かった分かった」 明らかにシェイクをつめただけのボトルを振りながらが視線を泳がせて答える。見え透いた嘘に、「あんた嘘つくの下手すぎ」とカリーナが呆れたようにため息をつく。いつもの光景に虎徹が苦笑する。 「さすがにオジサンも水分補給にシェイクはちょっとどうかと思うよ?」 そんな彼女らのやりとりを傍目に、ネイサンがじわじわとイワンに詰め寄る。「で、肝心の彼女はどうなのよ?」 「え、いや、そんな……、見ただけで話とかしてなくて彼女とかじゃ、」そんなネイサンにたじたじ、といった様子のイワンは大人しくぽつりぽつりと話しはじめた。「僕なんかが話しかけられるような感じじゃなかったと言うか、その……」 「ンもう! じゃあ正真正銘の一目惚れってワケね…、その様子じゃ名前も聞いてなでしょ」 じっとりとイワンに目を向けるネイサン。パオリンが「じゃあ、」と声を上げる。 「どんな子だったの? 髪の色とか着てた服とか、雰囲気とか……、もしかしたら誰か知ってるかもしれないし話してみなよ!」 「それだ! ……で、どうなんだ折紙?」 「えっと、……着物を着ていて」 「キモノ?」 「日本伝統の服だよ、こう、袖がひらひらしてて、綺麗な刺繍が入ってて、なんだか日本人形みたいな人だったんだけど…」パオリンの疑問にイワンからの説明がはいる。「…このあたりじゃ、珍しかったし、黒くて長い髪もすごくきれいで、……あ、この日本の人形みたいで」 懐から取り出した携帯電話に入っているひな人形の画像を皆に見せるイワン。うーん、と虎徹が唸る。 「でもそんな恰好じゃ、目立つから見つけやすいんじゃねぇか?」 虎徹の言葉に思い当る事があったのか、ぴくりと顔を顰めてが反応を示した。 「……見たのは最近? どこで」 「確か、二日前の公園に…」 「イワン君、悪い事は言わないけれどやめた方がいいかもしれない。私に言えるのはこれだけ、では」 「……アンタ、何か知ってるのね。悪い事は言わないわ、吐きなさい」 さらばだ、と続けようとして立ち去ろうとしたその言葉はネイサンの言葉に阻止された。腕は虎徹とカリーナにがっちりホールドされていて逃げられない。パオリンは知ってるのに教えないなんて信じられないみたいな顔をしているし、イワンは期待するような真剣なまなざしをに向けている。皆のきつい視線にの背中を嫌な汗が伝った。カランコロン、と空になったボトルが掴まれた衝撃で床に落ちる。は言葉を選んでいるように目を伏せた。両手を上げ、もう降参するからはなしてと言うように手をひらひらと振る。しかし話すまでは帰さないとカリーナと虎徹がキッとを睨む。そしてパオリンも後ろからがっちりとに抱き着いて逃げられないようにホールドを決める。無理矢理イワンの前に正座させられたはため息をついて、「分かりましたが後で後悔することになっても自己責任ですよ」とため息をついて話しはじめる。 「私の口からは何も言えませんが、後でどうなるかはわからないので先に謝っておきます。ごめんなさい。おそらくその人、恋人はいないと思いますが、あなたがこの忠告を受け入れず相手の素性も知らぬまま欲望に身を任せてどうしても一夜の危険なアヴァンチュールに身を投じたいと言うならば、私は気乗りしませんが貴方に協力します。覚悟もショックも大きいと思いますが、それでもいいと言うなら会う機会程度は設けられます」 「ホント!」イワンに代わり、カリーナが嬉しそうにイワンの背中をバシバシ叩く。「よかったじゃない折紙!」 「彼女とお近づきになれるチャンスよ! 頑張ってきなさい!」 「よかったね! 頑張って!」 わああ、とみんながはやし立てる中、少し頬を染めるイワンがのボトルを持っていない方の手を真剣な瞳でぎゅっと握る。ぐっとが真剣な瞳になって一瞬イワンがすくみ上がりかけるが、どうやら堪えたらしい。その決意の固さにどうなっても知らないからな、という視線とともにが折れて、ため息をついた。 「ただし、あなたが非人道的な事に手を出そうとしている事は察してください、追って日時を連絡しますこれです」 イワンがこくこくと頷いて、バっと立ち上がりの連絡先を受け取ると嵐のようにトレーニングルームから去っていく。それを見守り、は盛大なため息をついた。空いたベンチにやれやれと言いながら、ドンと腰を下ろす。かわいそうに、とぼそりと呟く。それを隣で聞いた虎徹が不思議そうにを見る。そんな彼女に投げられるカリーナの疑わしい視線をは黙って受け止めた。 「まさか、あんたが折紙に惚れてるから渋ってるとかそういうんじゃないと思うけど、どうなの?」 「えっ、そうだったの?」 「やぁね〜、ドロドロじゃない」 勝手に盛り上がる外野をさておき、「へ? どういう事?」と気の抜けたように驚き目を丸くする。 「だって、あんなこと言うんだもん。普段のからはどーやったって考えられないじゃない! 渋らずに協力するでしょ?」 「カリーナ。私が人の純粋な恋路を邪魔するつもりはないし私から彼に気は無いって、私のタイプ知ってるでしょ」 「アンタがそこまでいうんなら、信じるけど。何か言う事あるでしょ?」 「すいませんでした」 「よろしい」 納得はしたが不服そうなカリーナの瞳はに対してじっとりと理由を求めている。はぼんやりとして上の空だった。どこか遠くの方を眺めて、「そうかぁ、しまったなぁ」と虎徹にもたれかかりながら呟き始める。 「その線の人なのかもしれないと言う可能性も考えてみましたが、見ている私が精神的に堪えます」 「そんなに危ないのか、その子?」虎徹の言葉にがため息を吐き出す。 「許されざる恋に、男としての道を踏みはずそうとしている。それもすごく悪い方に」 「はぇ?」と、間の抜けたような声を出す虎徹に「燃えるわぁ」なんて頬を赤らめるネイサン。その様子にため息をつきながら、が首を振る。彼女の反応を見たカリーナが「あーもう! 知ってるなら早く話しなさいよ! なんかもやもやして気持ち悪い!」と少しだけ眉間にしわをよせた。 「まあ当事者である彼もいないし保守義務や守秘義務も若干あるようで無いようなものだから正直に話しますが、目撃証言の際に彼が『彼女』を見たという公園。そんな場所でシュテルンビルトではかなり珍しい着物、それも豪華な刺繍がされている高価なものを着ていた事。例えは悪かったものの人形のような風貌だった事。さらに出会ったのが二日前だった事。これは時刻と場所のどちらも、完全に私が依頼した調査時刻に合致しています。それらの外見的特徴や時刻などから推測して恐らく彼が一目惚れした相手が、私の知り合いである『男』かもしれないという事は分かりました。まだ推測だが恐らくは彼女、いや彼に間違いはないです」 おなじみの推理に沈黙が流れる。 「はえええええ!? う、ウソだろ!?」 「ちょ、ちょっとどういう事よ! 、もっとちゃんと話して!」 「えええ、ちょっとナニソレ聞いてないわよっ! どーゆー事よッ!」 「えっ? 折紙の言ってたのって男の人なの?」 皆の抗議の言葉がぎゃんぎゃんと叫ばれる中で、ぐいぐいと詰め寄られるがまあまあ落ち着いてー、よく聞いてーといつも通りに気の抜けたような言葉を紡ぐ。もっとも、落ち着いてられるかよ、といった鼻息の荒いメンバーの前でそれはあまり意味をなさなかったけれど。ぐいぐいと顔が引っ付くんじゃないかぐらいに近くなった彼らに姿勢を正しながら、「これ見て」と懐から写真を取り出す。そこには色素の薄い美しい青年が写っている。まるでCGモデルのような端正な顔立ちに、写真を見たメンバーが息を飲んだ。 「極秘の調査協力をしてもらってる中世的な美青年のロジャー君。こちらがメイク後のイワン君がが見たと思しき姿の写真になるんだけれど、」先ほど取り出した写真をずらすと、見事な和服美人が存在している写真がそこに姿を現した。先ほどイワンが見せた人形のいでたちになんとなく雰囲気は似ている。しかしどことなく現実感のない人間の最たるものではないだろうかと思うような息をのむ美しさと妖艶さがあり、全員が思わずハッと息をのむ。女性に見間違えるくらい、むしろ女性でもここまで美しい人は限られてくるのではないかというくらいに美しかった。「まあこれじゃ一目惚れする気持ちもよくわかるし道端にこの人が現れたとして私が男なら惚れると思う。実際この姿で何十とナンパされたらしいし、非常に危ない目にも合わせてしまったし」 まあ、全て彼女が撃退したけれど。と付け足すが恐らく誰もが聞き流しているだろう。 「……こりゃ反則だわ、」虎徹がから写真を受け取り、眉を下げる。「悪かった……俺の負けだ」 「…折紙…うん、ごめん。私、これ見るまでの事も誤解してたわ……」 「まぁ、そりゃあ普通に驚くわよね…。これが男の子なんて信じられないもの」 「すっごい可愛いね……、本当に女の子みたい」 「誤解されないように言うけど、私はゲイに対する差別はないしそういう人もいてもいいと思っている。人間恋するのは仕方ない事だから。ロジャーはイイ奴だけど実際にイケメンならおいしくいただきたいってネイサンみたいな趣向のある人で、これは両者の合意があれば第三者が口を出す権利は無い。何も知らない男が彼女の正体を知り身も心もプライドもズタズタに傷つくのを実際に見てたから、心境はとても複雑。この恋は真に応援するべきなのか私は非常に悩むところだけれど、イワン君が非常に本気だったので彼に諦めろというほうが酷な気がして、つい本当の事を言えなかった。悪気があった訳でもないし、一人の人間として非難される覚悟も出来てはいる。彼には事実を正直に打ち明けられなくて非常に申し訳ないと思っている。でも言えなかった。ホント謝っても許されないと思う、ごめん」 が目を伏せた。重苦しくなってしまった空気。 そして気まずい沈黙の中で、虎徹がぽつりと呟く。 「俺ら、あれだ……連帯責任ってやつだな」
(20110909:おだいソザイ▲ サイクロン回。スライディング土下座。降りてきた誰得な報われない話を書きたかったけど多分この後ガチガチに緊張した折紙くんがてんやわんやしてヒロイン誰? どこ? なに?→折紙がヒロイン→続きは各自妄想みたいなノリになるよ(丸投げ))
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