ぽつりぽつりと降り出した雨に顔を顰める。
 図書館からの帰り道、怪しげな真っ黒な雲が迫ってきたと思えばこれだった。ため息をつきながら小走りになって、近くのファストフード店にでも顔を出そうかと思ったら店まであと100メートルも無い所で土砂降りへと変わった。急いで店の屋根のついた場所まで行って水滴を払うが、もはや手遅れな気がした。本当に運が無い、とボタンを押して開くタイプの自動ドアを開けようとボタンに手を伸ばせば誰かも同時に手を伸ばしていたらしくその人の手ごとボタンを押してしまう。あっと言う間もなく顔を上げれば、そこにいたのはワイルドタイガーこと鏑木虎徹。髪からは雨が滴っており、服も同じく色が変わりシャツが肌に張り付いているので筋肉の形が浮き上がって見える。



 「あ、ロイズさんところの……えーとちゃんだったかな」
 「どうも虎徹さん、いつもお仕事お疲れ様です」



 偶然ですね、なんて言葉をたがいに紡ぎながら自動扉が閉まらないうちに店の中に入った。店内は雨のせいか少々混雑しているが座れないほどではない。は今日は何を食べようか悩みながらメニューとクーポンと引き換え券をにらめっこしていた。その様子を見ながら虎徹が苦笑する。



 「どのくらいで止みますかね、雨」
 「この調子だとしばらくは止まねぇかなぁ」



 ぽたぼたと大粒の雨が道路を打ち付け、屋根を打ち付ける音がする。先ほどまでぱらぱらと振っていたかわいらしい雨は、たらいをひっくり返したかのような大雨に豹変していた。2〜3時間はおそらくやまないのだろう。シェイク4本とバーガー10個に今日はサラダとパイとナゲットとポテトのキングサイズが一つくらいで済むかもしれない、と思考回路を巡らせながらはバーガーの種類を引換券から選び始める。と引換券に気付いた虎徹がぐいっと顔を近づける。



 「お、それってここのゴールドチケットじゃねーか? どこで手に入れたんだ? こんなもん普通じゃ手に入らない代物よ?」


 「食べ放題飲み放題だからってアニエスさんが紹介してくれたお仕事で」
 「お仕事?」
 「あ、広告宣伝とかCMのマスコットガールだそうです」



 先日のこと、が父であるロイズに頼み込んで出演を確定させたこのファストフードチェーンのCMの撮影を終えたらギャラとは別にクーポンと引換券を大量にもらったのである。これからもどんどんうちに遊びに来てね、という事らしいが一週間もたたないうちに両手に抱えきれるかきれないか程度の大きさの段ボール一箱分のチケットは3分の1まで減っていた。そういえば明日か明後日にCMが公開、ポスターは印刷所の印刷が終わり次第全国のチェーン店に配られるという事だった。



 「へぇ、すごいじゃねぇか! うんうん、確かにマスコットだよお前は」
 「えへへー、どうも」



 注文を終えて適当に二人掛けの席に座る。「はぁー、べたべたで気持ちわりぃ」と気の抜けたような声を出す。虎徹は目の前の細身なが、うず高くバーガーをトレーに積み上げてシェイクを4本も乗せ、なおかつ二つ目のトレーにサラダとパイとナゲットとポテトのキングサイズが一つ載っているのを見て少しだけ眉がひくひくと引きつった。



 「お前見かけによらずよく食うよなー、おじさんビックリしたわ」
 「えへへー、これくらいしか取り柄がなくって」ぽりぽりと頭を掻くがふと鞄の中を探り始める。「あ、そうだタオルどうぞ」
 鞄から出てきたタオルのうち一枚を右手で虎徹に差出し、綺麗なんでまあよかったら使ってくださいとへらりと笑って首をかしげた。「世間のヒーローが風邪で寝込んでるなんてダメでしょう?」



 「ほんとよくできた娘さんで」虎徹がタオルを受け取る。「ありがとな!」
 「どういたしましてー」そう言いながら自分の分のタオルで髪の水分をわしゃわしゃと取ると、タオルを工事現場のおじさんのように首にかけてシェイクに手を伸ばした。ずるずる、とシェイクを啜る音。虎徹が帽子を取ってわしゃわしゃ自分の髪を拭くのをぼんやりと眺めながら、はシェイクを置いてバーガーに手を伸ばして包装紙をいつもの要領で開いた。香ばしい匂いがふわりと広がっての食欲をそそる。



 「いただきまーす」
 もぐもぐとバーガーを食べれば、肉汁がじゅるりと溢れ出してきて、いい具合に焼けたパンとレタスのさわやかな食感とチーズとのまろやかなうまみが口の中に広がる。おいしい、とは幸せな気持ちに包まれる。ほんとハヤイヤスイウマイと三拍子そろっていて幸せだった。虎徹がその様子を見ながら幸せそうに食べるなあ、楓もこんなふうに食べるのかねぇ、なんてしみじみと考える。あっというまに彼女がぺろりと一つ目を食べ、二つ目に伸ばした右手で器用に包装紙を解きながらシェイクのカップを左手で掴んで飲む。その様子をぼんやりと眺めていた虎徹は、もはや熟練の何かに近いものを感じてぞわりとする。これだけ食べて太らないのはの胃袋に何か仕掛けがあるのではないかと疑問に感じた。



 「ちゃんって、ちゃんと運動してるか?」
 「ん? 何ですか急に」は首を傾げながらももぐもぐとバーガーを飲み込む。「まあして無い事もないですが」
 「あー、ジムとか行ってんの?」
 ふるふるとが首を振る。「本格的なのは全然。通学と授業と、それくらい?」



 カロリーはどこへ消えているのだろうか。いつかカリーナが言っていた言葉が頭をよぎるが、恐らくが摂取するすべてのファストフードのカロリーは頭の回転のためのエネルギーとして消費されているに違いなかった。そうでないと説明がつかないくらいに彼女は細い、と言ってもそれなりに肉はついているらしく濡れた服からうっすらと体の凹凸のラインが見える。慌てて虎徹が視線を逸らす。



 「どうして?」
 「い、いや、そんなに食べてるから運動部とかかなって思ったけど違ったみたいだったな! ハハハ!」
 「ああ、そういうのはお手伝いで入るくらいで所属は無いです。サークルの人の勧誘は酷いんですが」
 「サークル? ブルーローズと同じ学校じゃ……」
 「同い年でミドルスクールまでは一緒だったんです。カリーナとは今でも大親友ですが、私はうっかり大学で勉強してます」
 うまくいけば今年博士号がとれそうでめでたく卒業です、なんて嫌味に感じさせる様子も無く重大な事実をさらりと爆弾発言する。目の前の少女が言ったことが本当ならば、かなり飛び級を繰り返していることになるのではないだろうか。



 「飛び級って奴か? すげぇな……久しぶりに聞いたけどホントにあるんだな」
 「いろいろな手違いの重なりから生じたものですが」
 「え? 手違いで入学できちゃったっけ?」
 「世の中いろいろとあるんです」
 私も一番に報告したカリーナから合格通知が大学のだと聞かされた時は心臓がとび出るかと思ったんですよ。なんてへらへらと笑いながら語る。二本目のシェイクをずるずると飲みながらにこやかに笑う彼女に、そんな飛び級もあるのかと虎徹は感心する。将来楓も天才少女とか言われちゃったりするのかなんて妄想を繰り広げながら自分の頼んだバーガーをむしゃむしゃと食べる。



 「すごいこともあるもんだなあ」
 「そうですよねー」









 ざあざあと降りしきる雨は、まだ止みそうに無い。










(20110827:おだいソザイ 虎徹さんとほのぼのん。傘=雨をふせぐもの=タオル的なノリで。)