「シェイク!」 身を乗り出すようにして彼女が机からアニエスの方へ身を乗り出す。アニエスは気乗りしなかったものの、彼女の強い希望でわいわいと混み合うファーストフード店の一席で打ち合わせが行われることになったのである。こんなに食べてこの細い体のどこに入っていくのかしら、とアニエスが思うくらいに彼女はよく食べていた。もうすでにハンバーガーやチーズバーガー、その他いろいろな期間限定のバーガー類の包装紙のごみが数十個は彼女の前に並んでいる。ポテトはキングサイズがもう既に三つ目だったし、シェイクは五本目を迎えている。さすがにここまで食べているのにの腹はぺたんとしたままなのはアニエスにとって不思議で仕方がなかった。まさかの胃の中は四次元になっているのだろうかと少し考えかけてその考えを振り払う。 「そうよ、新商品もシェイクもこの店の社長が協賛してるからもし話を受けてくれさえしたら全部タダ同然で飲み放題食べ放題できるわ。この間の誘拐事件の時に持ってたシェイクのおかげで話題性も宣伝効果もあるんだもの。それは絶対に私が約束させるし、あなたにガッカリなんてさせない。あなたならかわいいし、ここのCMのレギュラーだって夢じゃないのよ! どう? これってすごく魅力的な話だと思わない?」 熱弁をふるうアニエスよりも彼女はシェイクと期間限定のジューシーなチキンタツタのバーガーに夢中だったけれども話はきちんと聞いているらしい。瞳がキラキラと光彩を放つように輝いているのだ。ファストフードの食べ放題飲み放題という甘い言葉に、もはや既にファストフード中毒に近い彼女が釣られないはずがなくその証拠に先ほどからまたメニューにちらちらと視線が泳いでいるのである。頼んだシェイクももうそろそろ底を尽きかけておりバーガーも両手で数えきれないくらいには頼んだはずなのにもう既に残りは片手で数えられるくらいに減っていた。 「……そうですね、確かに。ですが父が頷かないと家では了承されないルールなので」 「ナンパにはホイホイついていくって聞いたけど?」 「それはそれ、これはこれということなのですが」 私は魅力的だとは思います、と一言。そのぼそりと呟かれた一言だけでもアニエスはやったと思わずにはいられなかった。思わずガッツポーズを小さくしてしまって、ここがファストフード店だと気づいてコホンと咳払いでごまかす。そして気づいたように資料と雑誌を高価そうな鞄の中から取出した。おや、といった表情でバーガーの最後の一口を食べてクシャリと包装紙を丸めてトレーの上にが投げる。彼女のシェイクが空になり、また彼女は新しいバーガーに手を伸ばした。今度はスパイスの効いたアジアンなサンドで牛肉がそのままサンドされているバーガーらしい。包装紙をぴりぴりと開けながら、彼女はそれもおいしそうに頬張る。 「モデルの依頼なんかも来てるわ」 「あ、これ話題の雑誌ですよね。学校でも流行ってます。すいません、私が見ている間にシェイク4本とサイデリヒバーガーを2つ、モンブランバーガー、富士山バーガーも1つずつ追加でお願いします」 「わかったわ」 紙ナフキンで右手を拭き、左手でバーガーを持ちながら器用に雑誌をめくる。油で汚さないように器用に雑誌をめくる様子は普通の年相応の女子高生のように見える。ブルーローズことカリーナとミドルスクールまで一緒の学校に通っていた幼馴染らしいが、しかしながら飛び級をして進学している彼女はいまやシュテルンビルトで一番学力の高い名門校である一流の大学へと通っているものだからミスター・ロイズもさぞかし鼻が高い事だろう。アニエスは仕事のため、と思いながら追加でバーガーとシェイクを追加する。店員がまたこいつか、と言った顔をしてせわしなくバーガーとシェイクをトレーに乗せる。支払いを済ませてアニエスが席に戻ると、閉じた雑誌と資料に目を通すの姿があった。もう先ほどのバーガーは食べ終えてしまったらしく、もう残り一つのバーガーの半分ほどを食べ終わっていた。 「お待たせ」 アニエスが席につくやいなやが「ありがとうございます」というお礼と共にシェイクに手を伸ばす。「よくそこまで食欲が尽きないわね」とため息をつきながらアニエスが言えば、は「食べ盛りなので」と気の抜けたような返答を返した。アニエスがもう突っ込む気力も失せたようにため息をつけばが楽しそうにバーガーを頬張る。 「読者モデルではなく正式なモデル! 私が! すごい! かっこいいです!」 「ほんと! あなたならそれだけ食べていてもスタイルも崩れないし絶対に大丈夫よ! やってくれるかしら?」 「やりたい気持ちはやまやまなんですが、」とが顔を伏せる。「そのあたりの判断は父が権力を握っていますので、私からも頼み込んではみますのでいい返事が聞けるように願掛けをお願いします」 「ほんとね! ほんとにやってくれるのね!」 アニエスががっしりとのバーガーを持っていない方の手をがっちりホールドする。 「あ、私はやりたいです! ぜひ! 食べ放題飲み放題! ぜひ!」 「いくらでも食べて! その代り必ず、あの頑固なお父様をぜひ説得してちょうだい!」 「善処します」 そんなこんななやり取りがあった後のロイズ邸では娘の必死の奮闘が見られていた。少し一般家庭にしては高価な木製のテーブルを挟んで真剣なビジネスの話を父と娘が話し合っているのはいささか奇妙な光景のようにも見える。いくらアニエスからのヒーローやモデルの仕事の依頼を頑なに断っていた父とはいえ、アニエスが頼んだ時の態度と実のかわいい愛娘が頼んだ時では対応する態度が違っていた。いくら駄目だといったところで、結局のところ娘には弱いし甘いのである。 「というわけですので私としてはぜひモデル業とCMだけでもと思いました。ヒーローとしては活躍しませんし、アブない事件には首を突っ込みません。いざというときにはきっとアポロン社のヒーローや他社のヒーローズが守ってくれますからきっと大丈夫です」 ね? とが首を傾げればロイズはため息をつきながら「本当に危ない事はしないんだな」と釘を刺すように確認を取る。の瞳がきらりとかがやいて「やってもいいの! やったあ食べ放題!」とガッツポーズをするが「ヒーローになる事は認めないからな」と彼女の喜びに釘をさらに刺す。「食べ放題! 飲み放題!」もはや彼女の興味はそこにしかないようで、嬉々としながらスマートフォンを持ちコールする。恐らくアニエスにかけるのだろうとロイズがため息をついて愛娘を見る。 「天才の考える事はちょっとわからん、か」 実の娘なのに言えてるかもしれんなぁ、とロイズは食べ物にしか興味のなさそうな娘を見て苦笑した。悪い虫が付くようになるのはまだまだ先の事のようである。
(20110825:おだいソザイ▲ まじ親ばかなロイズさんが書きたかったというか大食い娘が書きたかったと言うかなんというかなお話。きまぐれに続きたい。たのしすぎてもうなんかはかどるはかどる。(シリーズ00で一万文字くらい))
|