「とぉりゃあ!」
 仕込んでいたクナイを袖口から出して自分の縄を切り隙を見て犯人を縛り上げていくイワンを放置したままで最後の一人を見事に倒してしまった彼女は、実はヒーローよりも強いのかもしれないなんて思ったりする。ぐへぇ、と情けなくお縄にかかる犯人四人組の最後の一人が地面に情けなく着地したの見て、イワンはため息をついた。は先程の隙のない戦闘の様子を感じさせないようないつもの調子で、ふわぁ、と大きな欠伸をひとつして「シェイクシェイク」と有名チェーン店のシェイクのCMソングを歌い始める。恐らく彼女がヒーローになったとしたらファストフードの会社がスポンサーにつくだろうと考えた。呑気な彼女は机の下をのぞいたりがれきの下を覗き込んだりと近辺をくまなく探していたようだけれども、近くにシェイクもハンバーガーも無いと分かるとイワンに近づいてきて「大丈夫?」と声をかける。イワンは頷くとへにゃりとマスクの中で笑って折紙サイクロンらしい応答を返す。



 「心配に及ばないでござる」
 「帰りにシェイク」彼女は床に転がるシェイクの空になった容器を手に取る。もちろん彼女が振ったところで中身が増えるわけでもなく、ただカランカランとストローが空しく音を立てるだけだった、「持つの手伝って」
 「え? それくらいなら拙者が」
 「そこまで貧乏じゃないから」



 イワンの言葉を途中で遮り、彼からふっと犯人の方へ目を向けたは犯人を見てはっと気づく。「そうだ、連絡連絡」そして何人かの犯人のポケットをまさぐりボスらしい一人のズボンのポケットから、押収されていた自分のスマートフォンを取り返してコールする。「もしもしアニエスさーん犯人捕まりました!」
 彼女の呑気な声に、アニエスさんの怒声がぎゃんぎゃんと電話口から漏れる。動きすぎたせいで画面酔いする映像しかとれなかったせいもあるのだろうか。すみません、と平謝りする彼女は次に状況を的確に話しはじめた。ぺらぺらと雄弁に武勇伝を語る彼女を見ながら、やはり自分はだめなのかもしれないと床に倒れている犯人を立ち上がって見下ろしながらイワンは本日何度目かになるため息をついた。そこへ丁度良くぱららら、と中継のヘリの音が聞こえてくる。



 『中の様子はどうなっているのでしょうか……遠くからでは……あ、あれは!』
 「あ、アニエスさんきました! ありがとうございます。シェイクもありがとうございます」



 『人質として勇敢に悪に立ち向かったです! こちらににこやかに手を振っています。おや、その後ろには折紙サイクロンが見切れているようです。な、なんと犯人もきっちり捕まえています! これはお手柄だ折紙サイクロン!』



 にこやかに手を振るがアップで画面に映し出される。瞬間、ワアアアという大きな歓声がどこからか上がり折紙サイクロンにポイントが加算された。彼が犯人の身柄をビルに乗り込んできた警察に引き渡している間にスカイハイがを窓から救出し、お姫様抱っこで道路へと降り立つ。ふわりとスカイハイが道路に地面をつければ、わあっとその周りにいた観客から歓声が沸き上がる。そして子供の用にシェイクを片手に持ち、彼女はテレビカメラににこりとしながら手を振って見事あっけなくこの事件は終幕を迎えることになった。のだが、アニエスの策略も包囲網もその事件の規模を大幅に超えていたのである。












 「ですから、あの子、をぜひヒーローとして活躍させたいのですが!」
 「娘がそんな危ない仕事に就くのは断じて反対だ」



 アポロンメディアの廊下を早足で歩くアニエスの筋金入りの報道魂に負けず劣らず反論するのは、その報道魂と同等に熱い娘への愛情だった。まさかこんなに頑なに譲らないなんて、と眉をしかめるアニエスだがロイズは今回ばかりはというように動こうとしない。ここまで娘にベタ惚れだなんて誤算だったわ、と考えながら内心ため息をつく。しかしここで引き下がれるほど、彼女は潔くもない。もう既に彼女の大好きなファーストフードのチェーン店や放送を見た会社からのオファーや広告媒体などのCM出演依頼、そしてモデル事務所などからも仕事の依頼が来ている。おそらく彼女はシェイクにつられて引き受けてくれるだろうし、ここで引き下がるなんて負け組じゃないか。



 「今回の事件も娘の身が心配で仕方がなかったと言うのに、それ以上の事件をこなすなど親として断固反対だ。私は娘には公務員のような安定した職についてほしいと思っているんだよ」
 「しかし! あの子ほどヒーローの素質を持っている子も少ないんです! ミスター・ロイズ、今すぐ考え直してください!」
 「私にそのつもりはない。何度言っても同じだ。娘に変な虫をつける趣味は無いからね。ただでさえ誘拐されるわストーカーは多いわシェイクにつられてナンパについていくわと大変なんだ、もううんざりだ!」



 キイイイイと今にも唸りだしそうなアニエスに、ロイズもキイイイイと唸りだしそうな勢いで否定の一点張りだった。両者睨み合ったままのこう着状態が続いて微動だにしない。言い終えた後に軽やかにハハハでは私は会議なのでこれで失礼、と笑いアニエスを受け流すロイズ。肝心の親がこれなのだ。彼女を交えて話した方が早いかもしれない、シェイクでつれば話が早いとアニエスが口角をつりあげて笑う。



 まだあきらめないわよ、とギリと奥歯をかみしめてアニエスは闘志に燃えている。










(20110825:おだいソザイ アニエスさんがだんだんかわいく見えてくる。キャリアウーマンまじかっこいいです公式はやく牛とくっつけばいいのに!)