誘拐事件、と言うよりも犯人が立てこもっているビルの最上階に指定された人質を渡せという要求だった。渡さなければシュテルンビルトに仕掛けられたC4を爆発させる。それが犯人の要求だった。けれども彼女を引き渡してしまえばそれ以上の危機になること、それはだれよりも上層部が知っている。てんやわんやしている上層部だったが、そんな大変な事態になっているというのに当の身代金として差し出されることになっている彼女は、ソファに座って呑気にファストフード店のシェイクをストローからちゅうちゅうと吸っていた。彼女の数少ない友人のカリーナが緊張感無いんだから、とぶうぶう文句を言いながらヒーロースーツを着たまま彼女の右隣に座る。ネイサンもその言葉に強く頷いた。



 「狙われてるとは思えないわ……」
 「慣れていますから」
 淡々と紡ぎだす彼女に、「んもう! まだ嫁入り前のコがそんなこと言うもんじゃないわよ! もうちょっと自分の身を大事にしなきゃ」とネイサンがじれったそうに言うが、はどこ吹く風のようだった。「危機感もちなさいって言ってるのよお、仮にも女の子だから犯人になにされたっておかしくないことアナタなら分かっているはずでしょう?」
 「慣れていますから」
 どこかしれっとしたように同じ言葉を繰り返し返答する彼女は、さも当たり前だと言うようにシェイクをずるずると啜る。
 「ご心配には及びません、ありがとうございます」






 「あの、僕が彼女に擬態して犯人の元に行きます」



 イワンがそう言った言葉は呑気に見える彼女に、その口から出てきたとは思えないような冷静な口調で一蹴された。
 「バレたら貴方が殺されてしまうでしょう? 私の姿で殺されるなんて見ていられません」
 「どうしてですか? そんな……、貴女が危険なところにわざわざ足を運ぶ必要なんて……」
 しょんぼりと頭を垂れて今にもネガティブな言葉を紡ぎだしそうな折紙の肩をぽんぽんと叩いて、気にすんなってと慰める虎鉄。



 「ならどうするって言うんだ? まさかそのまま乗り込んでいく気か? ……だとしたら危険すぎる。俺は反対だ」
 「そうだぞロックバイソンの言うとーり! ロイズさんの箱入り娘がそんな事を軽々しく言うもんじゃないよ……? ここはおとなしくドーンと俺らに任せとけって! 絶対なんとかしてやるからよ!」
 「タイガー君の言うとおりだ、私たちに任せておけば問題ない! そしてノープロブレムだ!」
 ヒーローたちが口々に言う中で彼女は「犯人の要求は私、そして父さんよ」と上層部にしか明かされていない事実をしれっと話しながらシェイクを啜る。意気込んで拳を振り上げていたヒーローたちがしゅんとしたように目を伏せる。そうなのだ、犯人はアレキサンダー・ロイズも人質として差し出せと要求をしている。ネイサンはため息をつきながら彼女、・ロイズに話しかける。



 「じゃあね、アナタに聞くけど一体どうするつもり? この任務に一番適してるのは誰の目から見ても折紙よ」



 「仮にです。私に折紙サイクロンが擬態したとして、犯人の要求を呑むのならばアポロンメディアのヒーロー事業部責任者であり、そこにいるるワイルドタイガーとバーナビーさんの上司である一般市民の父さんはそのまま丸腰で犯人の元へ行かなくてはならないことになります。それでもしもの事態があったとしたら会社の経営やヒーロー事業部やなんやらが成り立たなくなってしまう事は目に見えて分かりますよね。ならばまだ会社に影響力の無い私と、父に擬態した折紙サイクロンが犯人の元へ潜入した方が、よいとは思いませんか?」



 「……え?」
 イワンが目を丸くする。他のヒーローも同様に目を丸くした。まさかこの何の危機感も持たないような少女がそこまで考えているとは思っていなかったらしい。自分が狙われていると言うのに全く物怖じする様子も見せない彼女に、カリーナは大きなため息をついた。



 「ホントにいっつもそうなんだから、もっとちゃんと自分の事も考えなさいよね」
 「同じNEXTとしてせっかく手に職を持つヒーローが、職を失う所なんて私には見ていられませんし」
 まあそこまでの影響力が父にあるかどうかは分かりませんけれど、と彼女はまたシェイクを啜った。ずるずる、と緊張感のない音が響く。要するに、イワンが擬態できるのは多かれ少なかれ一人にしか擬態できない事を見越しての発言であるらしいという事は分かった。そして彼女が父親を大切に思っているという事も。イワンの能力をきちんと把握しているという事も。



 「シェイクなくなっちゃった」
 緊張感のない外見通りの言葉に、ふっと空気が緩む。がひょいと立ち上がって、出口にパタパタと駆けていく。ちょっとどこ行くのよ、というカリーナの言葉に「シェイクを貰うついでに」と言葉を紡ぐとため息があちこちから漏れる。

 「上層部に話を通してきます。ヒーローの皆さんの誰か…ええとこの場合はバーナビーさんが適役ですかね。私の父をどうぞ人目につかないところへ連れて行き護衛をよろしくお願いします。人質が通常営業をしていてはすぐに替え玉という事がばれてしまいますから。折紙サイクロン君は私が話をつけている間にすぐにでも私と人質になることができるように準備を進めておいてください。他の方々には追って連絡をいたしますが、爆弾処理の警護に当たってもらいたいと思っています」



 はシェイクのついでとは思えないような言葉をぺらぺらと話すと、「では、また来ます」と言う言葉と共にドアの向こう側に姿を消した。ぽかんとするヒーロー達だったが、「あー、あれだ、とりあえず……ロイズさんを連れてくるか」という虎鉄の言葉に、固まったような空気が動き始めた。










(20110820:おだいソザイ Lみたいなヒロイン。髪は銀色で貴音さんのイメージ貴音さんまじかわいい)