魔女は嫉妬していた。
 魔女は彼女の母親のあまりの美しさと気立てのよさ、そして男運にあふれていることに嫉妬していた。彼女の髪は美しい細くなめらかで傷んだ様子も無いブロンド、少し大きめでまつ毛の長い瞳はマリンブルーのように曇りなく透き通っており、その肌は陶器のように滑らかで真っ白なのに健康的。その頬は桃色でまるで彼女は人形のように整ったような顔立ちをしている。その声はまるで鈴の音が鳴るように美しく、カナリアの鳴くように心地よいもので、誰もが聞き惚れてしまうような愛らしい声。働き者で、よく人に尽くし献身的。愛想もよく、誰にでも好かれる人と言うのはこういう人の事をいうのだろうと憎らしく思った。






 魔女だという事で蔑まれ避けられ罵られ恐れられ。
 魔女だという事で追われ、命からがら逃げてきた。
 魔女だというだけで、こんなに酷い仕打ちを受けて。
 魔女になりたくて、なったわけではないと。



 そう叫びたくなる気持ちを抑えられずに、今まで過ごしてきたのに。争い事など本当はしたくはないと思っていたのに。そう言って泣いていた魔女を救い上げてくれたのは、他でもない彼だった。彼はとても優しく、魔女に対しても他の人と分け隔てなく接してくれた。食べ物ですらロクに食べていなかった魔女に対してにこやかな笑みを向けて迎え入れてくれた。魔女は親切にされたのは初めてだったので、嬉しくてたまらなくなった。
 この男に毎日でも会いたい、もっとこの人の事が知りたい。



 親切の一言で割り切れるようなものではないと、魔女が感じるようになったのはしばらくしてからだったかもしれない。魔女は男についてとてもよく知るようになっており、毎日魔女の住んでいる町はずれの山小屋まで食べ物をたくさん持って来てくれる男にある種の信頼のようなものを置いていた。こんな関係が幸せだった。男の話を聞いて、笑いながらご飯を一緒に食べて。一人でいるときよりも時間があっという間に過ぎた。


 魔女は、男の話す仕事の話や他愛のない話を聞いて幸せだと感じるようになった。一緒にいるだけでよかったはずが、どんどん貪欲になっていくのを感じた。もっとこの人の事が知りたい。ずっとこの人と一緒にいたい。この人がここに住んでくれるならば、どれほど私は幸せなのだろうか。そんな事を思うようになった魔女は頭を抱えた。もしかするとこれが恋なのではないかもしかしたら男を愛してしまっているのではないか、と自問自答を繰り返す。男はそれくらいに魅力的で、優しかった。頼りになると思った。この人になら、何でも預けられるのではないかと、初めてそう思えるような人だと思えた。いやいや、と魔女は首を振る。男が仮に親切心から世話をしてくれているとする、しかしそれは恋なのだろうか。私に対する恋だとすればいい、しかしもしかしたら友好的になったところを、殺されるかも知れない。そんな可能性を考えて、魔女はいやいやと首を振った。
 だとしたら、私はもうとっくに殺されていなければならない。


 自覚した魔女は、普段通りに過ごす時間がさらにあっという間に過ぎていくことに気付いた。こんなに時の流れは速かっただろうか。魔女は男と過ごす時間を惜しく思う。毎日足を運んでくれる彼は、どのように生活しているのかについてあまり詳しく教えてはくれない。仕事の内容は少しづつ教えてくれるようになったけれど、いまいち何をしている人なのかつかみどころがないところもいくつかある。でも魔女はこの男の事が好きだった。気が付けば好きになってしまっていたのだ。その思いは日に日に重さを増していく。好きだと思える幸せと、思われていないのではないかという不安が毎日を駆け巡る。これが恋の病なのかと気づいた時にはもう後戻りのできないところまで来てしまっていた。だから、絶対に彼を自分のモノにしたいとそう思うようになっていた。


 一度、魔女は男に気持ちを伝えた。男は、気持ちに答えたという。結ばれた、そう思った瞬間に魔女は嬉しくて男に抱き着いた。男はそれを受け止めた。それから何度も会って何度か体も重ねて。そこで、幸せになるはずだった。そのはずだったのに。
















 ある日のこと。魔女が姿を隠して町に出た時だった。男と見知らぬ女が共に仲睦まじく歩いているのを目撃してしまった。それは誰が見ても美男美女の恋人に見え、それはそれは幸せそうに笑い合っていた。魔女は一瞬頭が白くなったが、次の瞬間怒りがこみあげてくる。私だけを愛していると言ってくれた男は今違う女と愛をささやいている。あれは嘘だったのか、魔女である私をだましたのかと、怒りがとめどなくあふれてくる。こみあげてきた罵詈雑言はぶつける当てもなくあふれつづける。どうすればいいのか、何も分からなくなった魔女は近くの町人に彼らの事について尋ねる。本当はあれはただの勘違いで、兄妹か親戚のような血のつながった女なのではないかと。少しでも期待を抱いたのである。
 しかし町人の言葉は無情にも最初の直感と同じものだった。彼らはもうすぐ結婚を誓うほどの仲なのだという。男の隣を歩く女はとてもこの世のものとは思えないほどに美しく、到底自分の容姿ではかなう者ではないと魔女は思った。ああ、利用されていたと思うのに数秒もかからなかった。


 当時彼女の母親と同じ男性を好きになってしまった魔女は、報われない恋を少しでも報われようとするために自己の利益を求めて彼女の母親に呪いをかけた。しかし彼女の母親は既にその腹の中に子を持っていたという。最低な男だと魔女は思った。





 (ならばその子ごと呪ってやろう、私の名誉を傷つけてタダで済むと思うなよ)





 ニヤリ、と口の端を釣り上げて魔女が笑う。奴らに制裁を与えなければ。
 魔女の使える魔法の中でも一番卑劣で劣悪で最悪で悪魔のようで魔力の強い複雑怪奇な魔方陣で組み立てられている難易度の高い魔法をかけてやろう。彼女に、そして生まれてくる赤子に、それから魔女を裏切った男に。全ての者に不幸を与えてやる。





 (魔女を怒らせると怖いという事を、奴らに思い知らせてやる)





 そして、不幸の歯車は回り始める。
















ロディーロディー



ハピバスデ




(20110317)魔女視点いろいろあったから我慢できなかった魔女。
彼女の気持ちも分からなくなくて。一概に悪が何かは言えない。