シュタインさんの研究所に来てはや三年が経ち、私は無駄な解剖知識と男性不信を見事に植え付けられて四年目を迎えた。私は14歳。鬼神の卵は99個。魔女の魂はまだ早いと言われて、狩りに行ってはいないからまだデスサイズではない。体恤の練習とか、身のこなしとかを叩きこまれながらなんとか毎日暮らしている。解剖されそうになった日もあったけれども私の睡眠と引き換えに何とか彼の実験体にならずに済んでいる。と、今のところ思っているが何があってもおかしくないこの研究所の事だから、自分の体がどうなっているかなんてイマイチ把握しきれていない。せめて私の知らないところで解剖されていませんようにと願うくらいにとどまる。



 シュタインさんといえば、日ごとに何やら新しい生物の解剖をしたり、私の寝こみを襲って解剖しようとしたり(全力で阻止した)、黒魔術的な表紙の妙な本を読んでいたり私にはまだ早い(と言われて読ませてくれなかった)本を読んでいたり『解剖と実験の味方☆これであなたも解剖博士』と言う週刊誌を買ってきて読んでいる。これは私も毎週読んでいるのだけれど、写真が丁寧についているのでグロテスクで最初顔をそむけたくらいだ。でも読み始めたなら最後まで読まなきゃダメだよ、なんてシュタインさんが耳元で言うから(私が苦手な事を知っていて、いちいちこの人は耳元で囁くようになった)私はどうも逆らえず読んでいた結果が今の私だった。今ではどんな生物も解剖できる気がする。そんな自分が気持ち悪いと思うし、彼の話題にやすやすとついていけるようになってしまった私も、なんだか気持ち悪いと思う。そのうち私も頭に螺子がついてしまったらどうしようと思っていたら、どうやらそれが口に出ていたらしくシュタインさんが「おそろいにします?」とニヤリと笑ったので全力で首を横に振った。「残念」とかなんとか言って「じゃあ今度俺に解剖されてよ、ちゃんも随分と発育がいいみたいだし今のうちに…」なーんて常套句。私が首を横に振る。この掛け合いにも慣れてしまいつつある私が何だか気持ち悪いと思う。そしてだんだん自分が周りの常識から外れていくのが、怖いと思う。しかしもしかしたら私が知らなかっただけでこれが世間の常識なのかもしれないと思うとなんだかぞわりと背筋を冷たいものがはしった。世間一般の人は解剖学をたしなんでいるのだろうか。それはなんだか嫌な気分だったしそんなに解剖ばかりしていたら、生き物がいなくなるんじゃないのかと嫌な想像に至って顔を顰める。



 「生き物がいなくなる前に全部解剖しますよ、もちろん君も近々…ね?」
 「…はいはい」私は『解剖と実験の味方☆これであなたも解剖博士』を読みながら適当に受け流す。
 「相変わらずつれない子だねぇ、ちゃんは」
 「はいはい…」
 「いい加減な返事ばっかりしてるとお仕置きしちゃうぞ☆」
 「はいはい」
 「俺、本気だけど、いいよね。それじゃあ」
 「はいは…って何人の服引きはがそうと…!」



 腕を三叉槍に変えて彼の首筋に突きつける。解剖なんて冗談じゃない、確かに信用はしているけれども彼の解剖欲にはヒト・モノ・動物に等しくあるものだから厄介なのだ。きっと街にでも行ったら誰これ構わず解剖するんじゃないかとさえ思わせる、そんな少し他人とはズレたものが彼には存在していた。狂気だろうか。まだ確信は持てないのだけれど、私にとって少々気がかりなのはそのくらいだろう。









 でもやっぱり彼は死神様が認めただけあって、強い人だった。
 いとも簡単に私を使いこなし、「意外と簡単に使えますね」と言いながら触って二日目で三叉槍の伝統奥義(と呼ばれている技)まで使いこなせてしまうのだからやっぱり彼は天才なのかもしれない。私の前のパートナーだったロジオンですら一年、いや二年目でようやく使えるようになったものなのに。やはりこの人は死神様が認めた人だと、痛感したというかなんというか。天才となんとやらは紙一重というし天才は変な人が多いと聞くから、それもあながち間違ってないのかもしれないと私はつくづく感じた。でもやっぱり変な人だと思う。



 「今とっても失礼な事考えてたでしょ」
 「そんな事ありませんよ」
 「魂が揺らいでますよ」
 「職人より尋問のほうが向いてるんじゃないですか、サディスティックですし」
 「ほぉ、考えても見ませんでしたね。でも残念、俺は職人でした」
 「ああ言えばこう言う」
 「いやあ、からかいがいがありますよねぇ」
 「迷惑ですよ」



 私がそう言えば、彼は仕方ないとコーヒーを沸かしに自室へ戻った。私はリビング(なのだろうかわからないけれどもそれっぽい場所)のソファの上でごろごろとくつろぐことにする。ごろごろとしていれば、途端に眠気が襲ってくる。ふわぁ、とあくびをして私はごろりと寝返りを打った。それにしても外はうららかな春の陽気だと言うのに、この部屋はなんてじめじめとしているのだろうか。せめて大きな窓でもあれば空気がいいだろうに、と私は少し小さめの窓を見る。こんなところまでツギハギモチーフなのだから、シュタインさんの趣味はやはり世間的に見て悪趣味なのかもしれない。いや私は不快感を感じるので悪趣味なのだろう。まあ住まわせてもらっているので文句はいわないのだけれど、気にはなる。もしかすれば、この人は窓まで解剖してしまったのではないかと思うとなんだかゾッとした。









 やはり、というべきだろうか。案の定、その日常のような日々は唐突に終わりを迎えて今に至る。
















ランドマークと小春日和





 (20110330)