美しいというのは罪だと思う。 以前からの僕のモットーだが、いかんせん句読点にすら美意識は抱けない。僕はフランスで生まれたかったが名前からも分かるようにドイツ人の血を引いている。父親はドイツ人、だがしかし母はフランス人だ。いわゆるハーフである。さて、よく読みづらいと言われる僕の文章だが今回は後に僕の英雄伝を残す君たちにも分かりやすく忌々しい句読点を用いて書いてやろうと思う。ありがたく思うといいだろう。 **** さて、これは先日の話だ。 僕が授業も終わって席を立とうとすれば、目の前に僕よりも頭一つ小さい(よりは若干背の高い)ソウル君が立っている。僕より美意識があるとは思えないけれども、センスは悪くない奴だと比較的認めている為にある程度の交遊関係は保っている。他の奴らも同じだ。ソウル君はいつものように不機嫌そうな顔をしているが、これはいつも通りなので気にすることはないだろうと推測する。だがしかしソウル君から訪ねてくるなんて珍しいこともあるものだとどこかで僕は驚いていた。普通ならできるだけ僕に関わらないように教室を出ていくはずである。 「何か用でもあるのかい?」 「お前に聞きたい事があるんだけどよ、ここじゃ話し辛い。場所変えるぞ」 「マカちゃんはいいのかい?」 「そー思って先に椿達と帰らせた。…そういや、お前…はどうした?」 、そういえば誰かに呼び出されていた。僕はしれっと彼から視線を外して答える。 「また愛の告白じゃないのかな、さっき可愛い女の子に呼び出されてたし多分あの分じゃしばらくは帰ってこないと思うよ」そして少し間を置く。「…僕の部屋でいいかな…どうせ込み入った話なんだろう?」 「ったく嫌味なくらいに察しのイイ野郎だな…COOLだぜ」 わしゃわしゃ、と自身の髪を掻くソウル君はやはり珍しく真面目そうな顔をしている。これは僕に相談してくる時点でも違和感がバリバリなのに、雨でも降るかな。僕は荷物をまとめて席を立つと、の鞄の上に先に帰るという書置きを残す。これをして置かないと彼女に嫌われてしまう事もあるから気をつけないとならない。仕方なくソウル君と共に帰宅することにする。 きゃあきゃあと言う女の子に手を振り、にこやかに学校を後にした。嫌そうなソウル君の顔が視界の端に映る。これは嫌そうな顔だ、と僕はにこやかにほほ笑む。校舎を出たところで、「よくやってられるよな、お前も」とソウル君が言った。 「それは僕のたしなみだからね、いい男は愛想をふりまくものだよ」 「お前の感性はやっぱわかんねーわ」 「君に理解されるような感性ではないよ、僕の美意識に近いからね。専門家ですら舌を巻くほどだから。…さてソウル君。話は変わるが、君は本題に直接入る方と雑談をある程度重ねて本題に入る方のどちらを好むかな? 僕としてもその点をある程度踏まえて相手の美意識に不快感を与えないようにするくらいはできるんだけど」 「そういう面倒くせぇのは、お前の好きな方に任せる。第一呼び出したのは俺の方だしな」 「で本題なんだけど君がなぜ僕を呼び出したりしたのか教えてくれないかな? まさか僕に愛の告白をする…なんていう為ではないという事は分かるけれどそれ以外の事は全く分からないんだよ回答を用意していない状態で話を進めるのは非常に不快極まりない」 「てっとり早く言っちまえばの事だ」 「うむ、ついにソウル君もの魅力に気づいたか! そうだろう可愛いだろう美しいだろう惚れてしまうだろう」 「…バカお前…そんなんじゃねぇって。俺が話そうと思ってたのはもっと別の事だ!」 僕は途端に興味をなくして隣を歩く彼から視線を外した。 「…何だそうか」 「分かりやすいよなお前」 「よく言われるよ」 雑談を交わしながら歩いていれば、以外にもあっさりと家に着く。ある程度高級マンションと称される類のマンションに住めているのは僕の親のおかげなのかもしれないが、彼女のある程度の立場上このレベルでないと彼女が顔を顰めるからに他ならない。僕は構わずに足を踏み入れるが、ソウル君が後ろでぽかんと立ち止まっている。 「どうかしたのかい? ソウル君」 「つーかこんなマンションに住んでんのかよ、イヴァン」 驚きを隠しきれない様子の彼に僕は一言、「彼女の趣味だよ」と答える。僕としては部屋に鍵が掛けられる点と防音になっている点は非常にありがたいと思っている。だから若干僕の趣味も入っているといってもいいだろう。 「やっぱわかんねーわ、お前ら」 「お褒めに預かり光栄です、ソウル君」 僕達はエントランスを抜け、突きあたりにあるエレベータのボタンを押しそれが一階まで来るのを待つ。 「一番上だから」 「だろうと思ったぜ」 不敵に笑うソウル君の声に反応したようにボーンと子気味いい音がどこかのホテルを思わせる天井の高いエレベータホールに響く。少し年季の入ったような作りのアンティークのようなエレベータだ。僕はこのエレベータが好きだった。何故ならとても美しい形をしているからである。この木の雰囲気や使い古されたようなレトロな感じがたまらなく美しい。と僕は思う。鉄製の枠の綺麗な彫刻もロダンを思わせて美しい。ゴロゴロ、と音を立てて最上階まであがり、またポーンと子気味いい音が鳴る。ドアが開き、部屋の扉が十メートルほど先に現われる。 「そういえば初めてだったね、ソウル君が家に来るの」 「…ああ、そうだな。ここまで来たら特に聞いてる奴もいねーだろうから話すけどよ」 少し間をおいてソウル君が言う。 「お前はどうしてとパートナーとして組むことが出来てんだ? そもそもは俺やマカに会う前から男性恐怖症だって聞いてたがそれがあながち嘘とも思えねーし、それがお前だけ例外ってのも何だか腑に落ちねー。あいつはそれなりに優秀な奴だが他の奴と組めばやっぱりお前ほどの力は引き出されねぇ…それにマカの言ってたアイツの魂の波長…それからあの魔女との関係。お前、何か知ってるんだろ」 「僕ごときが手を伸ばすにしては彼女は高尚すぎる位置にいる、ただそれだけの話だよ」 野暮なことを聞きすぎるのは君の言うクールな男じゃない。僕はそう言って、ドアを開ける。 「まあお茶でも飲んで行ってよ。込み入った話はお菓子でも食べながらの方がいい」 **** 台所に入り、茶菓子を適当に引っ張り出してお盆に乗せる。紅茶を二杯分入れて僕はテーブルに戻った。ソウル君はリビングのソファに座って部屋の装丁をぼんやりと眺めている。僕はお盆をその前の机に置き、ティーカップを彼の前にすいっと差し出す。僕は適当に菓子を開けて、まあこんな所だけどゆっくりしてってよ、と彼に言う。 「ありがとな」 「まあいいよ、じゃあ内密にするという条件での昔話でもしてあげよう」 ソウル君は驚いた様子で、口をあんぐりと開ける。そんな簡単に教えてもらってもいいのか、という表情だ。そんな簡単ではない、彼はそれ相応の事をしていると僕は思う。好きな子のために、こんなにも頑張っている彼は、何だか応援したくなるじゃないか。 「僕が会った時、彼女はすでに崩壊しかけていたよ。人生に絶望し美しさを絶とうとしていた、僕はそれを止めに入っただけのクッション材に過ぎない。誰でもできた行為だけどね、僕がその時点でそこにいたから選ばれた。それだけの偶然で彼女は今も生きている。運命というのは残酷で残忍な性質をもっているくせに面白い事には非常に好意的にとびつくものだからね」 「ちょ、ちょっと待てよ」 どういう意味だよ。 「そうだな、どこから話したらいいだろうか。まずは彼女の親のなれ初めについてから話さなければならないが」 少し長くなるな。僕は眉をハの字にして困ったような顔をする。あの魔女との関係、か。ばれているのなら仕方がないかもしれない。きっと彼ならばの事を受け止めて守ってくれるはずだろう、とどこか運命的なものを感じる。話してもいいかもしれない、彼ならば。 |