(信じられない、最低だ)





 意味の分からないような理不尽な態度も、それに対して抵抗しようと思わせるどうしようもないような苛立ちも、ぜんぶぜんぶ消えてなくなってしまえばいいのにと何度思ったことだろう。どうしようもないほどの倦怠感と怠惰な人間の気持ちなんて、わたしには分からないし分かりたくもなかった。なんという無慈悲で強情な神様だろうと仮定するのは簡単なことだけれど、この世に神様がいるとしたならばとんだ情け無用の無い判断しか出来ない薄情なやつだ。そうにちがいない。

 生憎のところ、わたしは世間に刃向かうなんて面倒な事はしたくないタチだから周りにどんどん流されて生きていく。ああ、なんて無情なのだろう。人間と言うのはどうしてこうも儚いのだろうか、嫌になる。他人の理不尽さにも、自分の理不尽さにも。どちらもどうしてこんなに筋が通らないのだろう。筋の通らない事ほどに、心にこんな気持ちの悪いわだかまりを残すものなんて無いのだ。もやもやとした気持ちと、すっきりしないような不快感を抱えながらわたしはフェンスを握る手にぎゅうっと力を入れた。網状になっている硬い材質のフェンスが指に食い込んできて、少し痛い。痛覚があるので、自分が人間として生きているんだろうなあという事が嫌でも分かった。
 徐々に、何も考える気力もだんだん失せてきてわたしは短くため息をついた。どうして人は生まれてくるのだろう、誰に頼んだわけでもなく誰に頼まれたわけでもなく他人にすがりつきながらも醜くそして時に汚くそして散る時はあっけなく死んでいく。あっという間だ、ほんとうに人間などあっという間だ。こんなことを考えていた所で所詮は禅問答にすぎない、結局のところもやもやとした自己完結しか出来ずに終わるのだ。なんて、生命体は皮肉なのだろう。自分がどのような理由で生まれて、死んでいくかも分からないなんて。
 グラウンドをぼうっと眺めていればガチャリ、と屋上のドアが開く。音のほうへ、わたしは振向いた。
 クラスメイトの椿君が、そこに立っている。椿と言う苗字が印象的で、なるほどしっかりとした芯のある人だなあというのが第一印象。授業態度も成績もきっと教科書通りの人なのだろうな、と少しだけ考えてやめた。わたしは勝手に推測で物事を判断するのは好きではない。


 「、なのか?」
 ここで何をしている、と言う言葉をさも当たり前のように彼は言う。わたしは何もしていない。少しだけなんと言えばよいか躊躇いながら「ただ哲学的に物事を考えているだけだよ」と言えば彼はその整った顔立ちを少しだけ歪めた。怒らせてしまったのだろうか、わたしの言っている事が彼にとっては考えも付かない理解できないことからだろうか、どちらかは分からないけれどもわたしは申し訳ない気持ちで視線を逸らす。


 「いつもこうしてここに居るのか?」
 「静かで、いい場所だから」と言うと、パタンと屋上の扉を閉めて椿君は「そうか、」と一言私に返した。
 「は、」椿君はすたすたとこちらに向かって歩いてきて、真剣な顔をしてわたしの隣に並ぶ。「不純異性交遊をしているのか」
 「え、」
 一瞬何の事だか分からずに、目を見開いて固まる。フジュンイセイコウユウ、という言葉が端的に頭の中に流れてきて意味も分からず通り過ぎていく。わたしはぱちぱちと瞬きを繰り返しながら思わず彼に聞き返していた。「なあに、それ」

 「え、あの、」椿君が少しだけ慌てる。彼が慌てるなんて珍しい、なんて思いながらもその様子をしばらく観察していると、「異性と付き合っているかと聞いているんだ」と俯き加減で、尻すぼみになりながら答えた。わたしは何だか見てはいけないものを見てしまったような、複雑な気分になってどきどきする。椿君と言えば、しっかりしてていつも冷静で色恋沙汰なんて言語道断、という印象しかない。実際そうなのでそれについて言及することはしないけれど、こんな彼を見たことなんてなかったし普通にこういう表情もするんだなあなんて少しだけ彼の側面を見たような、そんな気がした。


 わたしは、首を横に振る。
 椿君ははっとして顔を上げた。ぱちっと目が合って、何だか不覚にもわたしの方がどきどきする。


 「ボクと、恋人として付き合ってはくれないか」


 なんて、理不尽なのだろう。
 それでもその真剣な瞳に射すくめられて、身動きの取れなくなっているわたし自身が一番その意味を知っていた。だから、わたしは結局の所縦にうなずく事しか出来ないのだろう。ああなんて、不明瞭なのだ。わたしは燃えるような熱い彼のまなざしに答えるように、「はい、」と小さく確かに頷いた。










え理不尽







お題 ::雪ある厳間の月を愛で 様





 (20100410)ばくほんをBGMに選ぶべきではなかったかもしれない失敗失敗、急展開も曲の転調も失敗失敗…大好きですが!