まるで真っ青なプールのような色をしたビニールシートが地面の一面を彩っている。まるでそこに水溜りが出来たかのようだと言って、彼女は笑った。明るくて人柄のよさそうな笑顔がとても眩しくてボクは目を細める。校舎にある桜の木の根ギリギリ近くまで敷き詰められた、そのビニールシートは今日生徒会で花見をするために敷かれたものだったけれどたまたまゴミ当番で通りすがった彼女を会長が「一緒に見ないか?」と誘ったのだ。 天気はそれほど良好ではなく、少しだけ雲がもやもやと空を覆っている。彼女は靴を脱いでそろえると会長の横にちょこんと座り、桜を見上げる。見事な満開の桜が頭上には咲いていた。しろく、淡い桃色をしている可憐な桜は、ちらほらと儚げに少しだけ風に揺られて花弁を飛ばした。 「綺麗ね、」と、彼女が言う。 「ああ」と、会長。 まるで少し夫婦のような妙な空気感が会長と彼女との間で漂う中、ボクは少しだけ居づらいような居てもいいか分からないような不安感と疎外感に苛まれながら桜を見上げる。桜は、何も言わずにふわふわと枝を揺らす。花弁が舞う。 元生徒会の人間である彼女、さんはボクよりも年上で会長と同じクラスでとても美しいという形容詞の似合う人だった。彼女を美しいと言わずになんと言うのか、と榛葉さんが豪語するくらいなのだから、その美しさは言わずともがなというところだろう。嚴島さんはその外見と比例するように器量もよく性格もしとやかで優しくつつましく品行方正で学業優秀という、まさしく一世代前の良妻のような日本人だった。 まさしく、理想の女性像といっても過言ではない彼女にファンは多い。敵も多い。ボクがこんな俗物的な反社会的行為に身を投じるなど、あってはならない事だとは思いながらも心のどこかで煩悩が芽生え、ゆっくりとゆるやかな足取りをしながらボクの心を徐々に蝕んでいく。結果としてボクは彼女を気づけば目で追っているし、彼女が声を掛けてくれればどきどきと胸が高鳴るのを感じるし、彼女の一挙一動に踊らされている自分に気づく。 情けない次第だ、いち生徒会メンバーとして非常に不甲斐なく思う。けれども、やはりこればかりは。 さっと彼女に視線を移せば、彼女は桜を見上げて幸せそうに微笑んでいた。思わず呆けた顔をしている事に気づいて、ハッと我に返る。ふっと彼女がこちらを向いてにこりと微笑むので、ボクはどぎまぎしながら複雑な表情で、それも緊張したようなこわばった顔のまま固まった。情けないとか、そういうのを考える余裕もなくボクはただ大きくなり続ける心臓の音と格闘していた。 「綺麗ですよね、」 不覚にも、一瞬何のことか分からずにボクはきょとんとする。彼女はすうっと目を細めて微笑んだ。 「今が一番、綺麗に咲いている」 「…はい!」 そうか、桜の事に決まっているじゃないかと白くなっていた頭を必死に元の状態に戻そうとしてボクは平静を装う。きっとこれは会長にはお見通しなのだろう思うと、少しだけやはり自分が情けなく思える。もっとしっかりとしていなくてはという自分と、今の状態を保つのが精一杯な自分が葛藤しているのが何となく分かる。ボクは、綺麗なのは嚴島さんも同じですと言う言葉を飲み込んで(こんな所で空気を読めないボクではない)冷静な雰囲気で「そうですね」と付け加えた。 さんはまるで春の日差しのように、ゆるやかにあたたかく綺麗に微笑む。 心臓の音が、ばくばくと大音量で鳴っている。 それに気づいているのか、気づかないフリをしているのか嚴島さんは「やっぱり椿くんもそう思う?」なんて、とても嬉しそうに言うのだ。彼女のいる所だけが、まるでひだまりのように温度が違うように、住んでいる世界が違うとでも言うかのように一気に華やいだ。それはこの場所に彼女が来るまでは無かったようなものでボクはその笑顔に少しだけ見惚れてから、「はい」と頷く。 「やっぱり、椿くんっていい子ね」 と、彼女は屈託もなく笑って、会長がそれにつられるように声を上げて笑う。ボクは少しだけ恥ずかしいような照れくさいような、一種の焦燥感にかられたような気分になって、ああやっぱり彼女に心を奪われているのかもしれないなんてぼんやりと考えながら不甲斐ない気持ちのまま笑う。 花曇りの日の
ビニールシートは まるで青空みたいだった お題 ::雪ある厳間の月を愛で 様 (20100410)せっかく近くにいいポイントがあるにも関わらずお花見今年行けませんでした…桜の近く通っただけでした。 |