(太陽に翳した君の手の平)



 恋愛小説に心許す事などあるまじき事だと信じてきた私の心は一瞬にして打ち砕かれてしまった。そんな事があるはずが無いと感じた私は、読んでいた恋愛小説を投げ出してごろりと床に寝転ぶ。


 馬鹿みたいにありきたりで馬鹿みたいに展開が分かりきっていて馬鹿みたいに夢のような話。
 そんなことは私が痛いほど知っている。だから、私が、この男に縁の無い私が恋に悩むヒロインに共感できるはずもないし、していいはずがないって事は周知の沙汰だ。それは周りも皆分かっている事だし、私がそれを一番知っている。アンタと無縁なのは恋よね、とかアンタに一番似合わないのは男と言う単語よなんてよく言われるけれど、それは私の外見が静かに物語っていた。
 そうよね、ぶさいくこんにちは。


 「ばっかみたい」
 口を付いて出るのは否定の言葉ばかりで。
 私は自分自身を表現するための語彙力の無さにため息をついた。


 まるで馬鹿みたいで、馬鹿みたいで、その馬鹿はまさしく私。


 あーあ。なんてため息をつけば、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る音が聞こえる。
 誰だよこんな時間に、なんて思うのもつかの間。「いるかー!」なんて煩い声が聞こえた。続いて犬のワンワンとかそんな声。これはまさしくあいつしかいないだろうとカンを巡らせる。いったい何のようなんだろうと面倒くさいと思いながらもだらだらと起き上がり、一枚ジャケットに似た白い上着を羽織って、紺色のフレアスカートを履いて、レギンスに黒いTシャツのだらしない姿から一変する。


 のろのろと階段を下りて玄関口まで行って「何の用ですかー」とドアを開ければ、どーんと唐突に赤丸が飛びついてきた。ふわりとした毛の感触が肌に触れて、ふわふわできもちいいと思ったのもつかの間。
 うあ、とその衝撃に耐え切れずに吹っ飛ばされて、私は赤丸の下敷きとなる。


 「おおおおもいよ赤丸!」
 「ワン!」
 元気そうに尻尾をパタパタと振って顔をなめようとする赤丸をよしよしと静止する。
 「嬉しいのは分かったけどね、ちょっと起き上がるからそこから退いてくれると嬉しいな!」
 「ワン!」


 聞き分けの良い、賢い忍犬でなによりである。赤丸は少し名残惜しそうにしながらも、私の上から退いてくれた。よしよし、と頭をなぜると、くうーん、とかわいらしく甘えた声を出す。大きくなっても赤丸は赤丸だった。


 「で、何か用でもあったの? 家まで来るなんて珍しい」
 半身だけ起き上がって、ちょこんと正座する私が赤丸ともふもふと戯れながらキバに問いかけると、彼は呆れたように頭をポリポリと掻いて答えた。

 「何か用って、お前自分の誕生日だろ」
 「え、今日だっけ」私が首をかしげると、彼は諦めたようにため息をついた。
 「今日だっけって……お前、日付も数えられなくなっちまったのかよ」


 ああ! と思いついたように手を打てば、彼は呆れたように首を振る。
 「変わらねぇな、ホント」
 「昔から私はだからね!」
 「そりゃ、間違いねぇな!」ハハハ、と乾いたような笑い声を上げると、彼はそうそう、と何やら思い出したかのように言いながら何やら可愛らしいレース状のリボンが持ち手に結ばれている、ピンク色の紙袋を差し出してきた。




 「ほらよ、これオレ達からの、誕生日プレゼントだぜ!」
 オレ達ってのは、オレとヒナタとシノの三人からなんだけどな!と言いながら、彼はニカッと笑う。
 「ありがとう!」
 私はにこやかにそれを受け取る。やけに女の子らしいその紙袋は、よくみれば白く細やかなドット柄がプリントされており、レースのリボンの中央部には「HAPPY BIRTHDAY」なんてオシャレな書体で書いてある紙製のシールが貼ってあった。


 「開けてみろよ!」
 「え、うん」


 綺麗に包装されている包装紙をすぐにはがしてしまうのが何だか少し勿体なくて、私は少しためらいながらおそるおそる紙袋のリボンに手をかける。シールを慎重に剥がして紙袋の隅にくっつけ、リボンをするすると解いた。中にはこれまた可愛らしい、白地に紺色のドット柄の手のひら大の小包が入っている。私は紙袋を腕にかけてその包みを慎重に開く。


 「わぁ…!」感嘆の声が思わずもれる。「ありがとう」
 中から出てきたのは、包み紙に負けないくらい可愛い目覚まし時計。私が先日、先代の目覚まし時計が壊れたと言っていたのを覚えていてくれたらしい。買いに行こう買いに行こうと先延ばしになっていた目覚まし時計だったが、こういう形でプレゼントされてしまうととても気恥ずかしく感じる。それにしても、こんなに可愛いドット柄の目覚まし時計をどこで見つけたのだろうか。これほど可愛ければ、もう2、3個ぐらい色違いが家に置いてあっても全く問題は無いと思う。
 目覚まし時計の全体のつくりとしてはガラス製のような雰囲気だった。太陽に透かしてみれば、私の血潮もなんとなくうっすらと見えたが、その目覚まし時計はきらきらとガラス独特の波立ったような光を放っている。深海にいるかのような浮遊感をふわふわと味わった後に、時計を落とさないように胸の高さまで戻す。


 「が好きそうなのを多数決で決めたんだぜ!」
 得意げに話すキバは、何だか自分が選んだとでも言わんばかりの様子である。


 もう一度、彼を見てありがとうと言うと、彼はどーいたしましてと照れくさそうに笑った。










御題提供:鴉の鉤爪





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 ヒロインは実はかわいいけど周りから僻みで不細工としかいわれなくてひねくれてしまったという、よくあるパターン。恋をすれば皆可愛いんだから気にする必要なんて無いんだって思い知らされる。私以外^^それにしてもキバ君が予想外に難しい件について敢えて私は言及しない事にする。(090916 さいか)