(切に願ふ) 






 泣いて泣いて泣きつくしてあの人の事なんて忘れてしまえば、私の傷を負った心は元に戻るのだろうか。
 答えは否、一度壊れてしまったものは修復不可能だった。かたちのあるものは壊れ、かたちの無いものですらも壊れる。これは本来あるべき姿だろうか、少し理不尽な気がして涙交じりに苦笑する。家の中だから誰も見ていない。だから私は安心して涙する事が出来た。
 泣くのは忍のすることではないと、感情を殺していなければならないと定めたのは誰だか知らない。私はそんなに博識ではないし、そこまで詳しく学ぶ事をする優秀な勤勉者でもない。でもそれ以前に、今の私は忍としての私ではなかった。ただの恋をする一人の女の子として、ただ恋にじらされてじらされてじらされつくして神に見捨てられた結果としてしか存在していなかったのだ。


 正式には、自ら諦めたと言ったほうが正しいだろうか。
 正直なところ彼に想いの全てを告白するという勇気など持ち合わせてすらいない私が、躍起になって必死にかわいらしくそのうえにいじらしく思いを伝えようとしている初々しい彼女らに打ち勝とうとするのが間違っているのだ。彼はとても良い人だから、彼女らと同じように私の気持ちを汲んで「悪いな」とやんわりと断ってくれるに違いない。だから、私は余計に苦しい。私はあなたがこんなにも好きなのに、大好きなのに伝わらないもどかしさ。さけびだしてしまいたいけれど、それ以前に周りの目を気にしてしまう私にとってはそんな大それた行為をとれるはずがない。ああもういやだ。こんな自分が大嫌いだと自己嫌悪に走る私。あの人と、話がしたい。ただ、それだけで幸せかもしれない。


 だって、好きなんだもの。
 でも、他にも好きな人がいるんでしょ。


 私は彼の幸せな笑顔が見られれば、いや考えてみれば笑顔なんて見せるひとではないけれど、私は幸せだ。だから、私なんか近くにいなくたっていいんじゃないかとか私なんかが近づいたら嫌な顔されるんじゃないかとか私なんかが話しかけたら迷惑じゃないかとか私なんか私なんかというマイナスの考えがいくつもいくつも私の頭を素通りして消えていく。そうよね、私が話しかけたところで、彼はきっと迷惑なのだろう。そんな自己完結。涙を流しながら歪んだ笑顔。
 それに彼にはもっと素晴らしく可愛くておしとやかで性格の良い才色兼備の有能そうな彼女のほうがお似合いだ。だってそうでしょ、私みたいな馬鹿で不細工で品行法制の無いノロマなウスノロのウスラトンカチじゃ釣り合わないなんて目に見えて分かっている。天秤にかけるのですらも、恐れ多いくらいなのに。釣り合うだなんて、馬鹿げてる表現。


 「馬鹿みたい、私ったらつけあがっちゃって」


 ほんとに、ばかみたい。


 家にいても、ただ気が滅入るだけだった。私は気分転換に、涙に濡れた顔を洗って外へ出た。
 ドアを開ければ、ひんやりとした秋風が頬に触れる。なんて冷たいのだろうと目を細める。再び目を開けばその日差しの強さに目を細めた。ドアを閉める。とりあえず公園にでも行ってその後に買い物でも行こうかと思いながら鍵を閉めてたんたんたんと階段をおりて家の門を出た。






 そして運命的に彼はそこに立っていた。
 なんてことはなかった。ふつうにただ木がでーんと構えているだけだった。妄想しすぎるにも程があった。製作者は心の準備と言うものを考えなければならないのであって、こんな唐突な恋愛小説のような流れで物語を進めてはいけない。だって、こんなありきたりな小説なんてつまらないし、第一これは小説なんかではなく、私自身の現実だ。
 だから。


 「いるわけ無いでしょ、そんな都合よく」
 そうよ、いるわけがないのよと独り言のように呟くと後からの都合のいい声。


 「誰が都合よくいると言うんだ?」


 それは聞き覚えのある、聞き覚えのありすぎるような、もしかして聞き間違いではないかと思うくらいに聞き覚えのある声。それはまさしく製作者が意図していないかのような意図していたかのような登場の仕方で小説にありきたりな、いやない。現実だからあれはきっとまぼろしなんだろうな、と目を細めて見る。存在しているようにしか見えない。でもきっと、まぼろし。でも、あの一本隣の木に寄りかかっているように見える。あれは、まぼろし。それでも、げんじつ。
 若干の私の逃避行動が済んだ後、やはりアレは彼だと言う事に気づいて私の鼓動は早くなる。


 「誰でもないよ、そんなの」私は彼から視線をそらした。
 だってずっとなんて見ていられないから。見ていたら心臓が破裂してしまう。
 「そうか」


 彼はまるで私をからかって遊んでいるかのような余裕を見せて私のほうへ、つかつかと歩み寄ってくる。
 なんで、なんて言うすきも無く、私の横へ並んで彼は歩き始めた。


 鼓動が、早鐘のように打つ。


 「どうして、私の隣に立つの」
 「オレもこっちの道だからな」


 彼は目を細めて笑う。


 「途中まで一緒に行かないか、


 そんな彼を一瞬でも見てしまったから、私は慌てて視線をそらして俯く事しか出来なかった。
 だって、それ以上彼のそのふわりとした微笑を見ていたら、私はとろけてしんでしまいそうだから。目を逸らす意外に方法が無かったの。だってそうでしょ、うぬぼれたくないもの。


 それでも私は心のどこかで、彼と結ばれる事を願っていた。










御題提供:鴉の鉤爪





 おおおネジ氏むずかしすぎて死亡フラグでした。ネジ氏が一番木の葉キャラで難しいです。難解すぎる…キバ君の次に!(090825 さいか)