「お前の事が好きだ」




 日向ネジは橋の上で、唐突に私に告げた。
 「オレと付き合ってくれないか」


 「…どうして?」
 理解ができなかった。私が男嫌いだということを知っての事だろうか。
 しかし、彼は続ける。


 「に、傍にいて欲しいんだ」
 「だったら付き合う必要なんて無いでしょう?」
 私は顔をしかめて彼を冷たい言葉で突き放す。男女間で一番無意味な行為は、付き合うという行為のほかに無い。傍にいるだけで良いのなら、友達という今までと変わりのない関係でいいだろう。付き合ってもどうせ、今までと変わりはないのだ。
 私は彼にそう告げると、彼は一瞬言葉に詰まったが首を横に振った。


 「そういう意味じゃない」
 彼は真剣に私を見ている。私も真剣に彼を見ている。
 「どういう意味なの?」
 分からなかった。しかし彼は知っていた。私が世界一嫌いなのが男というものだということを。世界一信頼していないのが、男という生き物だということを。分かって、その上で言っている。だから、よけいに分からなかった。
 なぜ、私に構うのか。
 どうして、そんなに真剣なのか。


 「オレは、お前の思っているような男とは違う」
 「みんなそう言うの、そう言ってみんな裏切るのよ」


 母さんを見ていれば、そんな事は自然と分かった。母さんに近づいてきた男たちは、みんな甘い囁きで彼女を誑かして最終的には浮気をして母さんに暴力まで振るって私にまで手を挙げてお金を持って、みんな出て行ってしまった。だから、分かる。私の家系には男運なんて無くて、近づいてくる奴はみんな私たちを利用して去っていくだけなんだってことが、身に染みて分かっている。だから、私は男と言う生き物はみんな嫌いだ。ついでに言ってしまえば、母さんも嫌いだ。あれほどの仕打ちを受けながらも、何度も懲りずに男を連れ込んで何を考えているのか私にはもう理解できない。
 しかし、彼女もつい先日ついに任務で殉職したそうだ。涙なんて出なかった。


 ああ、やっと逝ったのか。
 正直母さんが死んだところで、それぐらいにしか思わなかったけれど他にも何人か死傷者が出たらしく里で葬式は厳かに行われた。彼女に感謝する事など何一つ無い。私を生んだ事に対しても、感謝などしていない。私を育てて、面倒を見てくれていたのはいつだって祖母だったし、祖母が死んでからはアカデミーの学費すら私は自分で稼いで払っていた。生活費だって彼女が私の分を工面してくれた事は無く、とんだ育児放棄の親がいたものであると、よく自分の母さんが早く死なないかと願ったものだ。その願いもようやく先日叶った。
 こんな薄汚い考えしか持っていない私には、幸せになる事なんて許されるはずが無い。
 そして、あんな男運の無い母さんを持っていた私に、男と付き合えというほうが間違っている。


 しかし、日向ネジは諦めていない様子だった。
 「オレは、そんなに軽い男じゃない」
 「そんな事言って言い寄ってくる男なんて山ほどいるのよ」
 母さんが良い例だ、と言うと彼は複雑な表情になって黙る。


 母さんは、美人だった。本当にあんな美人がこの世にいても良いのかと思うくらいに、絶世の美女だった。だから、言い寄ってくる男なんて五万といた。私は、母さんと一番初めに付き合っていた男の子供だ。その男は、私が生まれた次の年にはもう殉職していた。物心付いたときには父親の代わりが一人いて、私にいつも物を投げつけてきていた。私はそれからずっと祖母の家で世話になる事になったので、その後の母さんは知らない。だけど稀に私が家に帰れば、知らない男に胸倉をつかまれアルコールくさい息を吹きかけられて腹部を本気で二・三発ほど殴られた。なぜ腹部なのかと言えば、顔を殴れば痣ができてしまい暴力を振るったことがおおっぴらになってしまうからである。その辺はセコイ大人らしい理由だ。もちろんそんな事をされて反撃をしない私ではないので、返り討ちにしてやった。畜生と、呟いている男どものうめき声が頭の中で再生されて、顔をしかめる。思い出したくも無いのに思い出したくない事を思い出してしまった。
 ちなみに私は母さんに似てはいるものの、父さんに似たせいか目つきが悪いとよく言われる。だから、友人と呼べる友人は同期の中でも限られてくる。その一人が、彼ネジであることは言うまでも無いだろう。


 「
 「なあに」
 「オレは、どうやら諦めが悪いらしい」
 「うん、それで」
 どうするの、と彼に問う。彼は、頷いて真剣な表情で答える。
 「お前がオレの事を好きになるまで、少しだけオレの我侭に付き合ってくれないか」
 私は少し考える。
 彼は返答を待っている。
 「もしかしたら、私があなたの事好きになれないかもしれないけど、それでもいいの?」
 「構わない。だが一つ言っておくなら、オレはの事を裏切ったりしない。必ずお前を振り向かせてやるから」


 覚悟しておけ、と一言。
 彼は私に告げると、橋の上から立ち去っていく。
 私は彼の後姿を見送りながら、川の流れに視線を戻した。




 彼のその後ろ姿が、彼の真剣な表情が、彼の最期の一言が、
 私の脳裏に焼きついて離れようとしない事に、ふと気が付いてしまって。
 私はもう、すでに彼に惹かれ始めているようで。
 ああ、恋なのかもしれないなあ、なんて思いながら桜の花びらが散っていくのを眺めていた。










御題提供:鴉の鉤爪





 ヒロインの過去ドロドロすぎるだろこれ^p^
 それにしてもこれは昼ドラの見すぎですかね。どうみてもこれは何か末期だと思うネジ君ごめん。
 2009.03.22



 Please,let me make love to you,if you please. …(どうかお願い、貴女を愛させて)