唇にやわらかい、そして少しだけかさかさとした感触がする。意識を戻せば目の前に彼がいた。死の外科医、そう恐れられたルーキーの海賊。億を超える賞金首のトラファルガー・ロー。わたしをこんな場所に問込めたまま、彼はにやりと笑みを浮かべた。心臓を直接掴まれるような感覚。握りつぶされたような心臓は、早鐘のようにその鼓動を早める。恐ろしい、そしてそれでいて美しく鋭い輝きを放つ眼光は、わたしの心をずっとえぐっている。不安で不安でしかたないのに、どこか安心するような矛盾に包まれた瞳。


 一体どうして私はこんなに辛い思いをしているのだろうか。彼に、会うたびに辛い。いっそのこと殺されてしまったほうが楽なのかもしれない。そう思うほどに彼は私の心を拘束していた。ぎゅうぎゅうと重りをつけたように、そしてわたしの精神を蝕むように。


 唇が離れたかと思えば急に喉元を圧迫される。う、とうめき声が漏れれば彼は興味深そうにしげしげとわたしのことを眺める。死んでも死なないわたし。殺そうとしても、殺しきれないわたし。その不可思議な原理に興味を持った彼は、たちまちわたしにありとあらゆることを試した。時に首を絞め、時にメスで切りつけ、時に心臓をえぐり出した。目を閉じれば、彼のかさかさとした唇が再び重なる。ほんと最低だ。それでも、わたしは彼のことを。


 うっすらと開けた瞳から、差し込む光。それに照らされる彼は、すこしだけ眩しく見えた。



(20130122|×|空で溺れる魚の幸福)