ああ、かわいそうだと直感的に思った。人のことを悪く見下すだけでしか、己を保つことができない。そんなん風にしか生きられないのがとても悲しく思える。そんなふうにできているひとたちが、どんなふうに物事を捉えて生きているのか、わたしにはやっぱり理解はできなかった。そう、それは純粋な殺意とでもいえるような鋭利な刃物。実体のないような尖った狂気でこころをえぐり出してしまう。わたしのやわらかな脆い心に、少しずつ侵食するようにその刃物が突き刺さっていく。もうどうにでもなればいい。諦めが渦巻いていた。


 彼はわたしの顎を、その節くれだったごつごつとした指でくいっともちあげたので、嫌でも彼と視線が交わる。顔をしかめれば、彼は少し満足そうに笑った。わたしは彼を睨みつける。彼に捕まったその日から、わたしに自由なんてものは、なかった。流れる沈黙がとても痛い。頭の上に縛られた両手も、鎖で自由を奪われた両足も。


 「何か言う事はねェのか、仏頂面屋」
 「……」
 「いい度胸だな」


 ぺたぺたとカラダを触る不健康そうな男に明らかな嫌悪の視線をむけようが、彼はそれすら楽しんでいるように喉でくつくつとわらった。首を絞めては緩め、緩めては絞めて、ゆるやかな死の拘束を続ける外科医はわたしにとってタチの悪い死神。彼は生きながらえるわたしに絶対的な興味と解剖欲があるだけ。そう、それだけなのだ。彼にとって、わたしとは、その程度のものにすぎない。変わりはいるかもしれない、いないかもしれない。


 さくり、と喉元にメスが突き刺さる。血が重力に従って流れて、そしてまた体内を循環するように流れようと逆流する。
 ああ、生きているかもしれない。と、そう感じる。



(20130122|×|空で溺れる魚の幸福)