目覚めれば、びっしょりと寝汗を掻いていた。じっとりと湿っているシャツが気持ち悪くて、私は一度飛び起きる。夢だと知っていても気分が悪く、私は咄嗟に獅郎を探したが珍しく獅郎はいないようだった。ため息をつきながら周りを見渡せば、近くの小さなチェストの上に「任務に行く」と書かれただけの、彼らしい短くて達筆な走り書きのメモが残っている。そのメモを手に取ると、ふわりと彼の香り。彼の残り香はいつも煙草のにおいがして、なんだか苦い大人っぽさが漂っている。ほろ苦くて、でも癖になるような彼が愛用している煙草のにおい。私は一度半身を起こしたけれど、またごろりとシーツに顔をうずめた。残り香がここちよくて、シーツのにおいをいっぱいに吸い込む。シーツをもったままごろりと寝返りをうつ。こうしていると、獅郎に包まれているような気持ちになって、とても穏やかだ。こんな些細な事だけでも、私は。



 起き上がって伸びをする。ぬくぬくした布団から名残惜しく抜け出せば、もはやすでに日が高く昇っていた。ふふふ、と顔がほころぶ。リビングに行けば獅郎が朝ごはんを用意してくれていたらしく、一人分の朝食がぽんと机に乗っている。しあわせとはこういうことなのだろう。日常的な幸せ、毎日いとしい人と過ごせるという幸せがこんなにもおおきな存在になるなんて思ってもいなかったからなんだかとても新鮮だ。



 少し焦げたホットケーキにナイフを入れる。とろりとバターとはちみつをかけて、一口大に切ったホットケーキをもしゃもしゃと頬張る。そういえば獅郎は前の主人のように執拗に私を任務に連れ出そうとしない。来るか来ないか聞くところから始まる。私に選択権がある事なんて初めてだったから、私はなんだか新鮮だった。












 『面倒だろ、お前も』
 『何が?』
 『いちいち俺の言葉で動かなきゃならねェなんてよ、面倒だろっつってんだよ。つーか俺もいちいち指示出すの面倒だし、指示なんてなくてもいいだろ、はい決定―! そう言う事だから、な、任務とか面倒くせぇ危険なもんお前なんかが来ても来なくても俺の力でちょちょいのちょいだ』
 『え』きょとんとした私に、彼は呆れたようにため息をついた。『え?』
 『だーかーらー、何度も説明させんなっつってんだよ。任務なんてもん、お前が来るまでもないって言ってんだ。まーあれだ、来たくなかったら来なくてもいいし気が向いたらついてきたらいい』彼は私の額を軽く小突いた。『自由に決めていいんだよ、てめーのことはてめー自身で決めろってな』
 かっかっか、と大げさに笑う彼を見ていた。私は何だか言われたことが右から左に流れていくような感覚のまま、言葉の意味を本質的に理解できずにいてぼんやりとただ楽しそうにニカッと笑う彼を見ている事しかできなかった。慰めでもなく、同情心でもなく私に接してくれる初めての人間だったっからなのかもしれない。彼に惹かれていたのは紛れもなく事実だったけれど、改めてときめいてしまったというか、なんというか。あんまりにも私がぼさっとしていたものだから、『見惚れてんのか?』と軽口が飛んできた。私は『そうかもしれない、』と答えてくすくすと笑う。一瞬彼がきょとんとして、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。



 『本当に可愛いお姫様なこった』
 『ありがとう、獅郎』






 (ねぇ、獅郎)
 (ずっと一緒にいたいって言ったら、貴方どうするかしら)









 もうすっかり冷めてしまったコーヒーをずるっと啜る。やはり少しだけ苦い。私はこれを獅郎の味だと思っているけれども、やはり少しだけ……苦い。けれども、そんな苦いコーヒーもはちみつをかけた甘いホットケーキと一緒に食べれば丁度良くなることを、私は知っている。この甘い甘いはちみつのような生活も、同じなのかもしれないと感じて、何だか私はぞわりと身の毛のよだつような感触がよぎる。生きることが怖かった、そんな私に光を与えてくれたのが貴方だった。私も獅郎の光になれたら、と独りよがりに頑張ってみたけれど、本当に光になれていただろうか。なれていなかったのかもしれない。一人になると、そんな事ばかり考える。マイナスな私が顔を出して、お前など表面でしか必要とされていないのだと罵っては哂って去っていく。そんな卑しい自分自身の中にあるものが、私の頭に語りかけるのだ。



 (恐ろしくて仕方なかった、でもこういう時あなたはすぐに来てくれるから)












 「獅郎…」



 「よぉ、。お目覚めかい?」
 いつの間にかリビングに獅郎が入ってきていた。私の幻想ではなく、現実に存在している……彼だ。私ははっとして目を瞬かせる。私の顔が自然と綻んだのを見た獅郎が、「全く朝からだらしねぇ面してんなぁ、お前」とわしゃわしゃと私の頭を撫でる。私はそれだけで幸せなのだ。彼のごつごつとしている手は私がふれた中で一番あたたかい手だから、この手から私はいろいろなものを貰っているのだろう。喜びも、優しさも、慈しみも、愛情も、ぜんぶぜんぶ獅郎がくれるのだ。






 「獅郎、」
 「なんだ、
 「あいしてる」



 「バーカ、そんな分かりきったこと今更言ってんじゃねーよ」






















 (20110719:titleソザイそざい素材 ) とりあえず一区切りついたので第一弾でした、人気がありましたら次回も考えたり。